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#読書感想文

死神の精度を読んだ

死神の精度を読んだ

パラパラと読み進められる評判通りの名著でした。死神の人間らしさに惹かれながら、その仕事ぶりを見守る。

最初の対象者は地味目の女性。何かに触発されて迷走し始めた時はついつい自分と重ねてしまい、ハラハラしてしまった。自分も死期を意識した時にとんでもない選択をしてしまうのではないか。しかしもしかしするとその選択は悪くないのかもしれない。伊坂先生ならではの結末に考えさせられた。

次の対象者はヤクザ。憎

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時ひらくを読了

時ひらくを読了

三越本店を舞台に置いた6人の作家による短編集。逆に三越が出てくること以外共通点はないのかもしれない。

子供の頃引越しの多かった私はいつものお決まりの外食の思い出や、今は小さく感じる公園の遊具といったエピソード的な、日常の中に思い出と呼べるものが少ない。親と話す時以外、幼少の頃を想起することはないかもしれない。

そんな私だが、主人公が家族の思い出を反芻する第一話で危うく涙を流しそうになった。少年

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偶然の祝福を読んだ

偶然の祝福を読んだ

博士の愛した数式のイメージそのままに、勝手に癒やし系の小説だと思いこんでいた。冒頭から失踪者の話で戸惑った。

次の盗作も不穏な空気を漂わせ、最後に一撃喰らわされた。ラストを読んだ直後に思わず冒頭を読み返した。

ドロリ。心の壁を粘度たっぷりの何かがつたう様な感触が読みながらずっとそこにある。主人公の飼い犬のアポロの温もりが愛おしい。

個人的には時計工場で時計に向き合う主人公の姿、そしてその席に

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傲慢と善良を読んで

傲慢と善良を読んで

※ネタバレで始まります

なんで作者は読者が真実ちゃんを嫌いな状態で第一部を終わらせたんだろう。そう思いながら後半を読み始めたはずなのに、気付いたら立ち直り始める主人公を見守っている自分がいた。

傲慢と善良の塊だったはずの真実ちゃんの物語。幼くて頼りなく、とてもじゃないけど共感できそうにないと思った。逃げた後の行動も身勝手だと思った。けれども彼女の視点から物語が紡がれると時間が溶けていった。引き

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正欲

正欲

書き出しから好みど真ん中だった。世間の既定路線からはみ出してしまっている者の生きづらさが鋭く、しかし粘り気なく描かれている。主人公の一人は自分がはみ出していないと思ってる側の人間なのも良い。

クリスマスの季節に恋人がいない人の居心地の悪さを濃縮して伸ばしたのだが、不思議とすっきりとしている。登場人物達の中で深く感情が渦巻いているのに対し、時間は機械的に進行している様に見せているからかもしれない。

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