「確定事象対策室出向 霧島由紀」第1話

~あらすじ~
 霧島由紀は北海道警察の公安部に所属する警察官である。
 ある日、彼女は署長からの命令で、とある高級ホテルの一室に向かうこととなった。そこに待ち受けていたのは「異能対策課」を名乗る巫女装束の少女と、強面の男だった。彼らは、政府の誇るオカルト機関の一員を自称し、災厄の未来を防止するべく、霧島にある少女に関する潜入調査を依頼する。
 未来視と、少女と、不器用な彼女達の物語は一体どこに行きつくのか。

~本編~
0……
 選択だ、という言葉が霧島の頭の中をぐるぐると巡っている。
 夕暮れを間近に控えた教室の中は、けれど赤々とした光が差し込み、薄暗いということはない。西日が差しているわけではない。これは、そんな優しい光ではない。扉の外からは、不定期に叫び声や人の駆け回る音、そして壁や扉を無作為に叩く重たい音が響いている。直に扉の封も突破されるだろう。そうなれば外にはびこる人性を失くした者達がなだれこんでくる。早くしなければいけないということはもちろん彼女もわかっている。それでも、きちんと覚悟をしてきたはずの彼女の思考は答えを出してくれない。
 鈍い痛みをこらえながら、霧島は長い髪を静かに後ろに流し、呼吸を整える。
 選択だ。避けられない選択。こうなることはわかっていたはずだ。忠告もされていた。何度も考えていたはずだ。だが、言葉ばかりが堂々巡りを繰り返す。疲労と負傷のせいか手が震え、手の中のそれ――銃と弾丸を取り落としそうになる。
 そんな彼女を、教室の真ん中からじいっと眺めながら、少女は蠱惑的な笑みを浮かべた。
「先生はさ」
 囁くような甘い声。首を傾げるようにして、ふわふわと足取りも軽く、少女は霧島の方へと歩いていく。彼女は知らず後退りをしていた。その背が壁に、黒板に達する。近づく少女の姿は、毒々しい光に照らされますます幻想的だ。緑を基調とした学院のセーラー服に、小洒落たバッグ。背中からは黒い小さな翼が顔を出し、桃色のインナーカラーがくくった髪の合間から覗く。わずかに残るそばかすは、少女の幼さを表しているようでもあり、歪さを強調するようでもあった。
 少女はついに教壇を挟み、彼女と対峙する。
 その顔には、変わらず笑みが浮かんでいる。
「いつだって真剣だね。こんなことになって、やるべきことなんて決まっていても、まじめだから色々考えちゃう。先生は嘘をつかないから。……うん、やっぱりそう。先生はさ、悩んでる顔が一番綺麗で、素敵だね」
 その笑みをいたずらっぽく緩ませ、少女は霧島を見上げるように教壇に身を乗り出し頬杖をつく。こんなときに何を言っているんだ、と言いたくなる。だが乾いた喉は、浅い呼吸は、そんな言葉も許しはしない。ここに来るまでに負った傷がじくじくと痛む。脚の傷は軽いが、脇腹の痛みは軽く無視できるようなものではない。折れてはいないと思う。それでも断続的な痛みと出血は、彼女の気力を徐々に削り取っていく。
 選択だ、という言葉が脳裏にこびりつく。この状況を終わらせる手段は手の中にある。自分の選択一つできっと世界は終わる。そんな確信が行動を早めようとし、選べない感情が情けない彼女の体を震わせていた。
 少女の――エソラの目はまっすぐに彼女を見つめている。
 こんな時までも、エソラは可愛らしく、嘘のように完璧な笑顔を作っていた。
「わたしが消えればすべて終わる。きっと悪いことも全部なくなる。だから、ねえ、先生。
 ――わたしを、殺して?」
 弾丸を込めようとする彼女を、拳銃を握り込む彼女を眺めながら。
 エソラは、とても簡単そうに、そう言った。


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