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「睡眠」と私の夜の旅

「ふわ、もうこんな時間‥」

机の上に置いてあった時計はすでに、午前2時頃を差していた。会社から帰宅して、帰りに買った酎ハイと裂くチーズを口に放り込みながら、やけ酒してたら、これだ。

(あーぁ、また明日も寝不足か)

私は、社会人一年目の女だが。
新卒で会社に入って以来、マトモに睡眠が取れなくなってしまっていた。

って言っても本当の不眠じゃない気はするけれど。だって、あれでしょ?不眠症って。朝まで眠れないとか、あーゆーやつ。

それじゃないから、まぁ‥‥
大丈夫でしょ。

そう思って、入社式の後今までずーっと放置してきた、この問題だった。しかし、遂に今日仕事中に居眠りしてしまい、上司に注意されてしまったのだった。


「A、お前。居眠りとはいい度胸だな!!」


それは、今日の午前中の会議の時のこと。

私は、一生懸命資料を見て会議に参加していたはずだったのだが、気付けばそのひと言で飛び起きていた。会議に参加しているメンバー全員が、私の顔を見ている。説明していた、私達のチームのリーダーの男性は、こちらを物凄い顔で目を見開いて睨みつけていた。

顔は真っ赤で、今にも飛び掛かりそうな勢いだったのだが、それを周りの社員が一生懸命止めている。

「あ、あの‥‥」

「すいませ‥‥」

私は、その状況で一気に、心臓が縮み上がったような思いがした。脇をスーッと冷たい風が通り抜け、同時に鳥肌が止まらなくなってしまった。

(やってしまった‥‥)

顔が青ざめていくのがわかったが、言葉がつかえて出てこなくなった。

「なんだよ、声がちぃせぇなぁー」
「なんか言うことねぇのか?」

男がそう詰め寄ってくるが、
しばらく思考が停止してしまい、何も言い返せずにいた。

しばらくして、

「すみません」

というと、ようやく日常に戻っていった。


「はぁ、ただいまぁ」


ついつい、手元のスマホで検索してしまうことが癖になっているような気がする。

寝る、という作業は一種強迫になっている気がして。寝るという当たり前の行為が出来ない自分を、自分が責めている気がする。

寝なきゃいけない、と世間では言われている時間を四角い型だとすると、当たり前にスポッと収まれない。

寝る前から、「寝たーい」って。
駄々っ子みたいになって、死ぬほどジタバタして、例の型におさまれずに疲れ果てた。

そうして、仕方なくベランダから静かに月を見るのだ。

寝たいという気持ちと、
明日仕事があるという状況が、良くも悪くも私を
不眠の闘技場に連れ出してしまう。

その中で、私がキョンシーみたいに、両手を前に突き出して、身体の体重をまえにやってふらふらしていた。

「寝たい、あー寝たい。誰か、あたしを寝かせておくれ‥‥」

パジャマで、息絶え絶え。鼻の穴からは、鼻水がぶらーんって垂れてる。今時、何処かの幼稚園児しかしないような格好をしてる。

あーぁ、恥ずかしい。
我ながら、、、一応あたし成人女性ぞ?


睡眠という文字の形の化け物が、私の手を引いて走り出す。それを、私は止める時間の余裕がなかった。

あっ、と何か言葉を発しようとする前に、君は主導権という名の鉄の掟で私の手をぐるぐるに縛り付けて、ものの見事にスピードを上げた。

__待ってて

「楽しいことが、いっぱいあるんだから」

そういう、睡眠の顔は何か悪なきものを追い求めている良いに見える。目は、はっきりと見開かれていて、胸は一定のリズムで上下している。

だけど、私を捉える手足が、少しばかり引き攣っていて、無理やりにでも、こちらに関心を向けようとしているのはなんでだろう‥と思った。

「ね、ねぇ‥‥」

屋外なのか、私の夢の中の室内と呼ばれるような場所なのか本当はわからない。そんな中で、私はキミに呼びかけた。

「本当は、寝たいんじゃない?」

そう呼びかけた途端、
それはいとも簡単にこちらを振り返る。

「え‥‥」

無意識に、ズボンの裾を握りしめた手がハラリと落ちていた。睡眠と書かれた文字の顔は、陰で埋もれていて何も見えなかった。

「どう思う?」

それは、それだけ言ってまた前を向いた。

一方私はというと、こんなことを、聞くんじゃなかったとか。今からどうやって話を繋げよう、とか。

そんなことを、色々ぐるぐる頭の中で考えている間に、キミはあっけらかんとした声で言う。

「寝たいわけ?君は」

軽くわざと間延びさせたような声。
見えないけれど、睡眠から伸びた左手が私の手を優しくさすった。

一瞬気を抜いたら、触られていることすら忘れてしまいそうだった。

頬を撫でる生暖かい風が妙に気持ちよかった。
私は、彼の言葉に、首をカクンと零れ落ちさせるように軽く傾けると、彼はふふって笑った。

__じゃあ、手を握っていれば良い

それだけ言って前を向く。
私は、ボーっとした頭で何も考えられず、彼の言う通りに手を重ねた。

その手は冷たく何の感情も感じられない。
だけど、その手は、いつも冷静沈着で、多少のざわつきをものともしない落ち着きがあった。

(気持ちいい‥)

言葉にしているつもりが、言葉にならない。
あまりの、身体の重さに、首が釣られてついてきて、頭ごと体というレールから脱線させる。

その時に、首の骨がパキッと乾いた音を立てる。

(お話しにならない。寝たいと思ってるのに、こんなことするから起きちゃったじゃない)

自らの手が、乾き切った肌に触れて、僅かな体温にようやく自らの意識があることを確認する。そのことに、少しの安堵とそして少しばかりの苦痛を伴う。

__寝たいの?本当?

貴方がそうやって笑う。

2人で座った浜辺が、西陽に照らされていた。
自らの顔に打ち付ける真っ赤な太陽が、あまりにも眩しかったから、君の顔が今度は太陽の陰に隠れて見えなかった。

(嘘なわけないじゃない‥‥、本当に決まってる)

あまりの眠さに、少しイラッとしてそう思う。
もう言葉にする気力すらなかったから、私は君の手を握りながら、伝われとだけ願った。

__ふーん‥

君の声は、熱気を含んだ生暖かい空気だ。
いくら、離れてとせがんだところで、身体中にピッタリと張り付いて離れない空気。

(汗がポタポタ垂れてきて、足の裏がベトベトするなぁ。目を閉じても気持ち悪さが消えない)

睡眠は、私の言いたいことが分かったのか、それ以上は言わず、砂で手遊びをして遊んでいた。

隣で、無遠慮に砂を描く音が聞こえる
私は、その音が耳につきつつも、関節の裏を無意識に掻いた。その時、さっき爪に入った砂が、膝の裏の皮膚押し付けられてちょっと痛かった。

私は、そのまま彼に体を委ねる。
私は頭を、彼の膝に押し付けるようにして、わざと寝息を立て始めた。

__本当に、寝たかったんだ

それをみた彼は、そう言って茶目っけたっぷりに笑うと、私の身体に何かを振りかけてから、、、

__バイバイ

と言って、私の目を何か大切なものに触れるようにして、ひとつ、ひとつ、閉じた。

私は風を感じながら‥‥、
「睡眠」
キミの胎内に飲み込まれてく。

真っ暗な世界。
そこは、上も下も横もなくて。
人が何度でも死ねる世界で。
意識をすれば、どこへだって行ける世界。

並行に並行を重ねて、決して交わらないという。
こわいこわい世界に、向かうのだ。

(気持ちいい、あたたかい、どこにだっていけるような気がする)

裸足になった足を水に浸して、ある程度の川幅の川を水を掻き分けて進む。波及した水の紋章は、綺麗に円を描き、到達点にきて消える。

ふふっ

ぽちゃん ぽちゃん

ふふっ

ぽちゃ ぽちゃ


最初はあんなに、ここに来ることを拒んでいたのに。いざ来たら、心地よくて堪らない。

微かな人の笑い声と、
水が滴る音すら、私がこの地にしばらくいたいと思ってしまう理由には充分すぎるくらいだった。

私は、暫くその川に浸かっていた。
気がついたら、周りにいっぱい睡眠がいて、黒い文字で黒いオーラを纏った睡眠という文字に囲まれていた。

『おやすみ〜』

彼等の鳴き声を最後に、私は眠りに落ちた。

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