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【知られざるアーティストの記憶】第16話 空白の時間、マリは自分のアファメーションを取り戻した

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第3章 彼を待つ時間:入院3クール目

第16話 空白の時間、マリは自分のアファメーションを取り戻した

マリにとって、自分の声だけが聞こえる時間が訪れた。それはもちろん、彼にとっても同じことであった。公園でハグを拒まれて呆然と彼の後姿を見送った後、マリは4,5日の間、あまり記憶もないほどに自分を生きられない苦しさの日々に沈み込んでいた。マリは愛について悩んでいた。

(前略)
彼は
「思ってくれていることはわかった」
って言った
私の思いは
わかってくれた
受け止めてくれた
それで いいではないか
彼が私の思いを受け取った
その事実は この地球上で変わりはしない

彼が入院中に
何を思い
退院して再会できたときに
2人の気持ちがどこにあるか
それはわからない
2人の関係は進展するのか
この距離を保ったまま重ねられてゆくのか
退けられるのか

それでも かまわないではないか
彼が一度 私の気持ちを受け取ってくれた
だけでも

「マリの言葉」:ノート『恋』より

2021/6/14 「恋07」

マリは彼の留守中も、毎朝の気功を欠かさなかった。気功を始める前には必ず「アファメーション」を唱えた。アファメーションは、自分のなりたい姿や状態について、「私はこうなりたい」と願望の形で唱えるのではなく、「私はこうである」と言い切りの形で宣言する言葉だった。マリは彼の2クール目の入院中から、
「今回の入院を経て、彼の病気は寛解します。」
転じて、
「私はワダさんの身体的苦痛を取り除きます。」
などのアファメーションを唱えるようになっていた。3クール目の入院前には、
「あなたの物を何か身につけて気功をしたいから、ハンカチとか何か小さなものを一つ私に貸してくれませんか?」
とお願いしてみた。マリは気功をエネルギーワークと捉えていたので、そうすることで入院中も彼のエネルギーと繋がり、アファメーションのエネルギーを彼に届けられると考えたのだった。しかし彼からは、
「そんなことは、しなくていいです。」
とそっけなく断られていた。

気功のアファメーションで
あなたのことを言うのをやめました
アファメーションは
祈りというよりは
自分の意思の宣言
あなたの意思を私が決めて
宣言するのはおかしい
あなたのアファメーションをするのはあなた自身
私は私のアファメーションををして
私自身の人生を生きているべき
やっと気がつきました
うん 初めの一歩
大きな一歩

私はあなたのアファメーションをする替わりに
毎朝あなたのポストに向かって
「おはよう」
と 心の中で あいさつをしよう

いったん炎となって燃え上がってしまった気持ちを
また
暖炉の中でくすぶる豆炭の火へと戻す
水をかけて急に消そうとしたら
心が壊れてしまうから
少しずつ
送る酸素を減らして
そっちの方向へと向かっていく
あなたが戻ってくる頃には
あたたかい豆タンとして
あなたをじんわりと温められる一人の隣人に
なっていられるように

「マリの言葉」:ノート『恋』より
2021/6/15 「恋08」

(前略)
あなたはただ ひっそりとして
そこに不在であるだけなのに
すごい存在感なのである
私の観念にどっしりと居座っているのだ

あなたは恐らく私の人生で
もっとも輝き放つ人
魂が求むる人であるが
私とは縁遠い人なのかも知れない
あなたのそばには行かれないけれど
あなたの人生を邪魔しない
あなたの人生の負担にならない範囲で
あなたの健康と夢の実現に
少しでも 力になりたい
ああどうか 私を使ってほしい
あなたの構わない範囲で
あなたの体と心のエネルギーの循環に
私の体と心を どうか使って下さい
できることなら
あなたと一つになりたいのです。
               マリ

「マリの言葉」:ノート『恋』より
2021/6/18 「恋09」

ノートの中でマリは大きく葛藤していた。これらの言葉は彼に伝えられることのない、マリの独りよがりの心の叫びだった。

今朝 あなたの夢を見た
あなたの住んでいる家は今とは違ったが
私の家からの近さや位置関係は同じようで
集合住宅の管理棟のようなところだった
あなたの家のシャッターが開けられ
重機が来て
中のスチールの棚などを潰して運び出して行った
あなたはどこかへ引っ越していくようで
黙々と
荷造りをしていた
私に何も言わないで いなくなってしまうのかと
いたたまれなくて
泣き叫んだ
「行かないで」

感情を引きずられる夢だった

「マリの言葉」:ノート『恋』より
2021/6/21 「恋11」

この夢には彼だけでなく、彼の弟も出てきた。この夢は特に印象的で、時とともに薄れていくのが常である中、この夢はなぜかいつまでも色褪せなかった。今となってみると、この夢のほぼ一年後に、彼はこの世を後にしてあの世へと引っ越していったのだ。もしかすると、彼の潜在意識が私の夢に別れを言いに来たのかもしれない、とも思える夢だった。

  *  *  *  *  *  *  *

一言解説:彼が不在の4週間という月日の、時間経過と、静けさと騒がしさを感じていただくために、「マリのノート」から駄文をたくさん引用することをお許しください。


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