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老害になってしまった/小さきアプリ屋の悩み

今はもう、うちには若手しか在籍していないのだが、かつては、「五十歳前後のエンジニア」も何人かいた。

結論から言うと、彼ら五十歳前後のエンジニアたちには、全員、会社を辞めてもらった。

後悔は一切していない。会社の業績に大きく関わり、倒産を防ぐための選択だったから。

だけど、今もなお、継続して悩んでいる。

「シニア・エンジニアの活かし方」について、だ。


私は、社員がわずか6名しか存在しない小さなIT企業から、2000名くらいの大手IT企業まで、数社を転々としてきた。

その全社に共通することだったのだが、エンジニアの平均年齢が三十歳前後で、シニア・エンジニアがいなかった。

私は、未だに疑問で、且つ、自身の不安でもあるのだが、「シニア・エンジニアの行く末」がどうなっているのか、知らないのだ。


私がかつて在籍したあるIT企業では、給与体系が特殊だった。TVCMを流せるくらいの割と大きなIT企業だ。

四十歳までは、ベース給与が年齢給として徐々に上がっていくのだが、四十歳を超えると、ベース給与が容赦なくどんどん下がっていく。

これは、四十歳になったら能力が上がらないだろうしさらには陰りもして、むしろ能力が下がっていくから給与は減っていく、という考え方だった。

これはエンジニアとしては、凄く納得できる仕組みだった。

若いほど、最新技術の習得力は強い。連日の徹夜も、へっちゃらだ(体力的にはで、精神的には病んでいっぱい辞めていくのだが)。

だが、歳を追う毎に、勉強したときの習得量が昔よりも減っていることが自覚できるし、物覚えが本当に悪くなっているし、体力の衰えがひどくて、連日徹夜したらその分、体調不良で連日休んでしまい、ここぞというときの加速が効かなくなってくる。

なのでエンジニアとして、技術職として「能力の対価が下がっていく」のは、納得できたのだが、、、四十歳にもなったら、家庭がある人のほうが多いだろうし、お子さんも大きくなっているだろうし、家族の家計の柱が、年々、給与が下がっていくというのは、生活が不安になる一方だと思っていた。

これはつまり、暗に、四十歳以降のエンジニアは必要ないから、不安のない生活がしたかったら、辞めろや、他所の会社へ行け、と告げているのと、同じではないのだろうか?

実際、三十歳後半になっていたエンジニアが、周囲にそういう不安を口にしていて、最終的には、四十歳を前に、その会社を去っていった。そして、その会社には、シニア・エンジニアがいなかった。


シニア・エンジニアたちは、どこへ行ったのだろうか?


私はかつて、シニア・エンジニアに対する偏見がなかったから、今の小さなうちの会社に受け入れていた。彼らは五十歳前後だった。


うちがアプリ屋だからかもしれないが、プラットフォームなど、最新の技術などが次々に新たに登場するので、本当に毎日のように家で独学していないと業務にならないくらいなので、本当に毎日、口先だけではなくリアルに必死に勉強する必要がある。

これをシニア・エンジニアたちはやらなかった。やらなかったというより、新しい技術の習得が、頭が回らず、できなかったのだ。最新の技術の概念が、全く理解できず、ついには、勉強することをやめてしまって、業務にならないことを、開き直ってしまったのだ。

後から発覚して大揉めしたことなのだが、自分が任されていた仕事を、裏で若手に強引にやらせていた。若手から苦情が上がって、そのことが発覚した。若手に勉強させてやるよ、みたいな感じでやらせていて、その間、自分はWEBで遊んでいたり寝ていたりしていた。


この問題が起きたときに、「シニア・エンジニアの待遇」を厳しくしなければならないという実感を私は初めて得られた。かつてのあの会社の給与体系は、あながちシニアに対する冷徹な仕打ちではないのだろうなって。

エンジニアの全員が、管理職になれるわけではない。管理職と技術職は全く必要な能力が異なる。どちらにも適正が必要だ。エンジニアとしてしか生きられない人は多くいるだろう。

でも、歳には勝てないんじゃないか。現場で若手と肩を並べてエンジニアとして働くのは、現実問題、無理なんじゃないか。

シニア・エンジニアを開発者として使うのは、もううちではやめざるを得なかった。取引先にも凄く迷惑を掛けていた。担当しているはずのその人は技術的な回答ができないし(←若手にやらせていたから)、納期も間に合っていなかった。工程管理もできないし、技術もできていなかった。営業もできないし、本当にもう、会社に損失を生むだけの、老害でしかなかった。


解雇する前に、ひとつだけ、私には案があったので、試みてみた。

結末は、企画・構想の段階で、頓挫したのだが、シニア・エンジニアに若手の教育をしてもらおうと画策した。

うちは小さな会社なので、社内教育の講師として抱えるだけの体力は全くなかったので、外部から生徒を募って、IT学校をやろうと思った。

うっかりしていたのだが、彼らシニア・エンジニアは、一昔前、二昔前の技術しか習得できていないので、最新の技術を若手に教えられなかった。最新の技術が教えられるなら、現場で開発者として活きる。私は焦っていたのだろう。そういう矛盾だらけだった。

経験を教えられないだろうか。「シニアの長年の経験」は大事だ。だけど、IT業界では、それはもう枯れた経験で、今に生きてこない。今と昔ではやり方が全く違うのだ。

シニア・エンジニアに、若手に教えられることは、何もなかった。むしろ、若手から教えられることのほうが、山程ある。

だから逆に、シニア・エンジニアに若手が教えることで、若手が己の技術の理解をさらに深める機会を得る「逆学校」にしようかとも考えた。学生時代の勉強のコツは、それを誰かに教えられるかどうか、なので、シニア・エンジニアに要点や注意点、実用方法など、説明できれば、若手の確かな技術習得の機会にきっとなる。

いや、、、そもそもこの教えられたときの理解力が、シニアは衰えていてヤバイので、ただ若手の貴重な時間をいたずらに奪いまくるだけのような気が多分にして、これは即座に却下した。若手のエンジニアとしての時間は、本当に貴重なのだから。


ともかく、シニア・エンジニアを活かす方法が、もう、私の中には、何もなかった。彼らに説明して、自主退職してもらった。彼らにもちゃんと、自覚があった。もうエンジニアとしてはダメなんだって。忘れられない一言がある。「悔しい」って言っていた。解雇されることがじゃない、「エンジニアとして通用しなくなった自分の衰えが悔しい」って言っていた。それはなんとなく、私にも分かる気がした。

今、彼らがどこにいるのか、私は知らないし、世の中の、シニア・エンジニアたちが、どこへ行ったのか、それも知らない。

世の中には、二十年も三十年も前に確立したシステムを未だに使っている企業は結構ある。それらは、若手が今から勉強する必要が全くない、枯れた技術で構築されたシステムだ。彼ら、シニア・エンジニアたちは、そんなところに集まっていたりするのだろうか?


十年後は、私も四十代だ。私も淘汰されてしまうのだろうか。今から、「エンジニアとは違う別の道」を探さなければならないのだろうか。今いる若手たちは、どうなるのだろうか。このままうちのような小さな会社には、居続けられないだろう。悩みごとが増えていく。

食費入力のみ家計簿アプリ「食費簿」、自慰管理アプリ「アイナーノ」、どちらも御陰様で好調です。より良いアプリ開発に役立てます。