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【続いてる写経 947日め】〜浮遊感にひたれる『音楽が鳴りやんだら』

気分転換に手にした、図書館で借りてきた小説『音楽が鳴りやんだら』
読んでみたら、好物の”バンドもの”でした。
筆者の高橋弘希さんと世代が被るのもあり、洋楽好きにはグッとくる内容。バンドや、音楽のめり込み経験ある人には、お勧めしたい一冊です。

お話は、私立大学に通う21歳の福田葵が主人公。幼馴染と組んだバンド”Thursday Night Music Club"(略称:”サーズデイ”)でメジャーデビューを目指し、ライブハウスで地道な活動をしていました。
そんな折、大手レコード会社のスカウトマンが、”ベーシストの交代”を条件にメジャーデビュー契約を持ちかけたことから、バンドの運命は回り始めるのです。

”サーズデイ”は順調にサクセスストーリーの道を歩むものの、その成功には多くの困難や別れと痛みが伴います。成功への容赦なき選択を強いられ、自分の音楽は何かを掴もうともがく、葵の苦悩が痛ましく描かれるのです。

とは言っても、小説全体には生々しさよりも、どこか軽やかさと浮遊感があります。

その理由に、主人公・葵の風貌について特徴が明示されないことがありそうです。他のサブキャラは見た目や生い立ちなどの書き込みが細かい割に、主人公がいちばん”ふわっと”してます。

さらに、彼が書いた曲や詩も直接的には描かれないのです。
記号的に述べられるバンドやミュージシャンの名前や楽曲名が、”サーズデイ”の音楽の特徴を表現し、読者に想起させるようになっています。

さらに、コンサートシーンやインタビューの時に語られる重層的なモノローグは、”サーズデイ”を読み手が紐解き、作り上げるヒントになっています。
想像の余地を大いに残してくれているのが、この小説のとても心地良いところかと。

また、葵の思考を通して語られる音楽観に、ハッとさせられるものがいくつもありました。例えば、

「小鳥の囀りより、ラブ・ミー・テンダーのほうが心を打つだろう、動物の鳴き声より、移民の歌の方が心を揺さぶるだろう、虫の合唱より、ダンシング・クイーンのほうが切ないだろう、つまり世界より作品のほうが優れているのさ」

『音楽が鳴りやんだら』p360より引用

ああ、そうかもしれない。
鳥の囀りや波の音に心現れても、心を震わすというのとはちょっと違う。
自然の音は豊かだけれど、心に流れる音はクラシックだったり、歌謡曲だったりポップミュージックだったりロックだったり。
何か「意味が与えられた音の連なり」に思います。

音楽という”人が作りしもの”こそが、心に焼き付いて消えることがない刻印なのです。

ストーリーを通じて、一緒に人生と時代を歩んでくれる音楽の大事さ、思い出させてくれるのです。
ロックに対する愛情を感じる、素敵な小説でございました。

先日、早逝した仲間のHくんにも、読んでもらいたい小説だったな…。


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