夏が好きな理由『日記:2024.3.20』
今日は暖かかった。
といっても外には出ていないから、世界の本当の気温は肌で体験していない。いつもより1時間早く起きて、いつもより1時間早く太陽の光を浴びたからかもしれない。
私は夏が好きだ。
夏生まれだからだと思ってきたけれど、極度の寒がりのせいかもしれない。雪国生まれ雪国育ちなのに、冬はとても嫌いだ。
夏から秋に移行する辺り。季節の変わり目。
うちの家族は揃いも揃って風邪をひく。気温の変化に耐えられないからだ。
寒いとなんの気持ちも湧かない、何もしたくない、何も出来ない。もし自分がロボットなら、ガソリンを入れたいとも思わないし入れてくださいとも言わないし、充電機能があったとしてもコンセントを差す前にコンセント前で倒れると思う。
それくらい、寒いのが苦手だ。だから私は夏が好きだ。あっちぃあっちぃ言いながら項垂れる夏が好きだ。
でももう1つ理由がある。春が嫌いだからだ。
寒がりなので、1番嫌いなのは冬だ。春は気温もばっちりだし、段々暖かくなっていくのを見届けるには良い季節だ。だが春の持つ雰囲気が嫌いなんだと思う。
春は出会いと別れの季節だ。
入園式・入学式・入社式、卒業式、クラス替え。新しいクラス、新しい先生、新しい教室、新しい課題。
私は1年前まできっちり学生生活を過ごしていたから、春は正月よりも新しい年が始まる感覚が強かった。
小・中学は人見知りで、クラス替えをする度に母に抱き着いていた。もうあのクラスに戻れない、友達と一緒じゃない、よく知らない同級生がいる。こんなのを1年に1回行なって、最高のクラスだったクラス替えしたくないと泣き、繰り返していた。
大人はどうなのか。
私は年下から見たら大人なのかもしれないけれど、同級生の社会人や、たくさんの年上の方から見たら私なんてまだまだ未熟者のお子様、何も出来ない餓鬼である。
大人は、春は出会いと別れの季節だと思うのだろうか。
確かに、年度が変われば目標が変わったり、担当が変わったり、異動があったりするのかもしれない。でも、するのかもしれない、だけで確定演出では無いのだろう。
春は出会いと別れの季節だが、年度による、みたいな感じなのだろうか。
働いていない私は、出来るだけ春から遠ざかって生きていきたいと思った。少なくとも日本は、春が全ての始まりだとでも言うように動いてしまう。
外に出てしまえば最後、始まりが近付いている。
明日が怖い。
明日は1歩踏み出す日に自分から設定してしまった。
始まりを、自分で決めた。やりたくないものに向かう私は、どうも今日一日調子が悪い。小学校の時にサボりたいと思えば自然とお腹が痛くなっていた時と同じだ。私は体調をコントロール出来る。
でも私は大人。
大人の階段を嫌でも登らされているのだから、もう偽腹痛を起こすことは許されないのかもしれない。
私は明日、大人に近付く。
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