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不安と向き合うVRコンテンツ「TRAIN」|インクルーシブデザイン事例インタビューVol.5

インクルーシブデザイン事例インタビュー第5回は、パニック障害などの理由で電車の乗車が困難な方向けに、乗車を疑似体験でサポートするVRコンテンツ「TRAIN」です。VRコンテンツを制作・提供している、しろさん・シシシさんのお二人にお話を伺いました。

自分自身のパニック障害を克服するためのツールとして生まれた「TRAIN」

-はじめに、「TRAIN」というVRコンテンツの概要と電車に焦点を当てたきっかけを教えてください-

しろ氏:「TRAIN」は電車に乗ることが苦手な人のために、電車に乗る行為を疑似体験できるコンテンツです。
実際に電車に乗ることが難しい方向けに、まずはVRで電車の風景や乗り方や車内に慣れてもらうことを目的としています。

電車に焦点を当てたきっかけは、私自身がパニック障害の治療を受けている間には数多くの日常生活を送るうえでの困難がありましたが、特に電車に乗ることが出来ず困っていたからです。
治療中に少しずつ訓練はしているのですが、うまくいかず悩んでいたところ、シシシさんからVRで訓練するのはどうですか?と3Dでモックを作っていただきました。
私も、VRなら家でも出来る上に、いつでも気軽に訓練が可能であると感じ、コンテンツ作りが始まりました。

お互いに独学からスタートしたVR開発

-お二人はどういう過程でお知り合いになられたのですか?-

シシシ氏:もともと私がUXデザイナーとして働いた際に、UX JAMとかで登壇の機会があり、そのときにTwitterでフォローし合う中になりました。もともとしろさんの作品が好きだったのもあり、何か一緒にやりたいなと思っていたところ、ご病気で悩んでいると伺いました。それをきっかけとしてせっかくだから一緒にやってくださいとお願いしました。

しろ氏:お互いにVRに直接関わる仕事をしておらず、個別にUnityやBlenderを勉強してアプリを作っていました。同時期に同じツールを学んでいたことがきっかけで、1,2年前ごろからアプリ開発の難しさや質問などをお話しするようになりました。

シシシ氏:そうですね、完全にお互い独学でやってて、「どうした方がいいんですか?」「これ困ってます」みたいなやり取りをしてましたね。

「TRAIN」のこだわりは、利用者がその時の体調に合わせてゴールを決められるユーザー体験

-「TRAIN」のコンテンツには様々なこだわりを持って制作されてると思いますが、特徴的なこだわりを教えてください-

しろ氏:「TRAIN」の1番のこだわりは「ゴールを作らない」ことです。
人それぞれにその日の体調にもよって、苦手としていることやできないレベルはかなり変わります。電車を見ることすら苦手な人もいると思います。

そのような場合、コンテンツ側からゴールを設定してしまうと、無理をしてしまう可能性があります。不安なものに慣れていく訓練は段階的に行なっていくため、個々人に合わせた慣らし方が重要で、「その人がその時の体調に合わせてゴールを決める」ことが大事だと思っています。

特に今回のコンテンツは自分自身がペルソナになっているので、私が頑張れるレベルの難易度に設定されています。余裕な人も難しい人もいると思うので、自分に合った使い方をしていただければいいなと思っています。
例えば、「ひと駅分乗ってみる」「安心できる場所を探してみる」などですね。実際の乗り物は乗ってしまうと自分の意思では降りられませんが、VRはいつでも止められるという良さがあります。メニュー画面でもすぐに中断できるようにしています。

乗車体験へのこだわり
乗車体験へのこだわり

N1から設計した3つの特徴

シシシ氏:コンテンツ的な特徴としては3つあります。

1つ目は、今回のプロジェクト自体、ペルソナはしろさんをN1として考え、進行しました。ですのでコンテンツ自体がしろさんの問題を解決するための専用コンテンツとしてチューンアップされています。電車に乗るという文脈の中でもいろんなハードルがあります。ゲートを開けるとか、そもそも駅に行くとか、乗ってから待つまでなど。そのうえで気をつけたところは、制作的にソフトウェアの限界があり、詰め込められるデータ数が限られていることです。要は制作要件ですね。なので全部のハードルは入れられない。その時に、2人でインタビューを通して、どこの部分を優先的にトレーニングした方がいいんだろうかというところを定めて、そこに焦点を当てて制作しました。

2つ目は、しろさんがその空間内で不安を感じずトレーニングが出来るようしろさんにとって馴染みのあるものを散りばめました。具体的には、しろさんが普段愛用している色と形のヘッドフォンをVR空間に浮かべ、不安になった時に音楽に逃げ込めるようにしました。ですので3D空間上でイヤホンに耳を当てると、音楽が流れるようになってます。明るい音楽ともう一つは私がもともとUnityで趣味で作っていた3Dゲームで使われてる音楽を配置させていただき、しろさんにとって馴染みのある、しろさんが好きな曲をセットしたりしています。

最後3つ目は、VR空間の色使いなどです。イラストチックに半分リアルだけど半分イラストレーションみたいな、そんな世界観を構築することを意識しました。リアルなんですが、0.5ぐらいのところで作ることによって慣れていただこうという事です。

1ヶ月強というハイペースで進んだ「TRAIN」の開発秘話

-VRの空間に長時間いると酔ったりしないのですか?-

シシシ氏:三者三様と言いますか 私は正直全然酔いませんでした。一方でしろさんは酔うと聞いております。要は「視界ジャック」と言いますが、カメラが勝手に自分の視点と関係なく方向が変わってしまうみたいな、そういうコンテンツだとかなり酔いやすいと聞いていました。自分の意思で視点を動かすコンテンツに関しては酔いずらいと考えています。「TRAIN」も自分で視点を切り替えるコンテンツなので、多少酔いは少ない方かと思います。

しろ氏:まさにその通りで、私はVRでも 3Dゲームでもかなり酔うので、アプリを体験する時は必ず酔うかどうか確認してから使用しています。
自分と同じように動くタイプだと酔いにくいですね。
今回のコンテンツは10〜20分体験するコンテンツなので、とにかく酔わないように気をつけてテストをしていました。

-「TRAIN」には様々な箇所にリアリティを感じる要素が散見されます。どのように制作されたのでしょうか?-

シシシ氏:実はTRAINは東海道線をモデルにしています。私が東海道線沿いに住んでいるのもありますが、徹底的に調査しに行きました。調査というか、現場で写真撮ったりとか録音もしましたし 、周辺のそれっぽい広告などもしろさんに作っていただきました。
制作方法については「Quill」というVRソフトを使用し、まずは簡単に15分ぐらいで白黒のプロトタイプを作り、こんな感じのコンテンツを作ったら役に立つか聞いて、そこでしろさんがいいですねって言ってくれたので、その下書きをベースにコンテンツの中身、グラフィックの中身を詳細に決定していきました。

-ツールなどを活用しながら、二人で進めていかれたのですね-

シシシ氏:15分のスケッチのプロトタイプをTwitterでやりとりし、その日から完成まで多分1ヶ月ちょっとぐらいのスピードで制作していきました。

面白かったのが、やはり人のために作るということですごくモチベーションが上がりました。誰か喜んでくれる人がいるということは、相当のモチベーションになりました。仕事もしつつ育児もしつつ、朝4時20分に起きて出社前の数時間を利用して1ヶ月半、1ヶ月超で制作しましたが、個人的には本当にめちゃくちゃ早いスピードで開発したと思っています。それでお互いのやり取り自体もこういうZOOMを使ったり、shapesXRというVR のプロトタイピングツールがありますが、shapesXRにプロトタイプというか途中まで作った簡易的なモデルをインポートして実際にしろさんをそこにお招きして 、この位置にこういうものがあってこういうふうに楽しむんですけどどうですかね、みたいなことを繰り返しながら作っていきました。

プロトタイプによる評価

-会話を通してイメージが構築されていったという感じでしょうか?-

しろ氏:そうですね。最初に提案していただいたモックの精度がすで高くて、私はこのモックで訓練しようと思っていました。

「モック良いですね!ありがとうございます!早速体験しても良いですか?」と思っていたのですが、「東海道線撮影と録音に行きました」「モデリングと着色します」とどんどんクオリティが上がっていき本当に驚きました。
完成に近付くにつれてこれは内輪で留めておくのは勿体ないので、作品として公開した方がいいのではないかと思い、外に向けて発信するようにしました。

制作風景

「TRAIN」制作中で直面した技術的な問題

-制作中、困難だったり障壁を感じた部分はありますか?-

シシシ氏:大変だったところは、コンテンツを作った多くの時間をモデルのポリゴン数を適切な数に調整することに費やしました。コンテンツをアップロードするデータ数に限界があるのでそれに収めなければいけません。データを一つ一つ点検していって如何に軽くするか、これをひたすら行っていました。そこが一番大変だったところです。

しろ氏:やり取りしている中で困ったことは特にありませんでした。お互いがパニック障害でなくても意思疎通できるのですか?という質問をいただくこともあるのですが、シシシさんには、コンテンツを作るうえでどんなことが苦手で、苦手にぶつかるとどうなるのかを細かくまとめたり、話していく中で丁寧に拾い上げていただきました。
何度もテストを行った中で擦り合わせていったのもありますが、ある程度配慮された形で作られていたこともスムーズに進んだ理由なんだと思っています。

多くの当事者の共感を得たデザインフェスタと海外からの反応

-今回デザインフェスタに出展された際の反響や、反応で何か印象的だったことはありますか?-

シシシ氏: 2つあげると、1つは今回デザインフェスタに出展し、直接触れていただくことで様々な人から「すごい」という声を頂きました。そのような刺激というか反応をもらえたのがとても良かったです。

2つ目は、実は新しく私たちのメンバーに加わってくれた当事者の方が、わざわざ会場まで足を運ばれ、「この様なソリューションは本当に助かります」とか、「欲しいです」と言ってくれたのがとても嬉しかったです。

-デザインフェスタ以外でも、Twitterなどで発信されている中で、周囲からどのような反応をもらうことがありますか?-

しろ氏:海外から高い評価を頂きました。

シシシ氏:そうですね。私はアメリカのコミュニティに参加していますが、私が以前から憧れていたアーティストが反応してくれて、「これは素晴らしいユースケースだ!」や「このコンセプトは私もずっと考えたんだけど先にやられたって感じです」、といった声をいただきました。これまでものを作るうえでその方たちを参考にしてきてたので、めちゃくちゃ嬉しかったです。実際に今宣伝とかはせず無料で公開していますが、 今再生回数は4万再生ぐらいで、一人約30秒から1分以上触ってくれています。きちんと見てくださっているという実感があります。

しろ氏:私の場合はLT会に参加したり、noteの記事を書いたりしていると、VRはやはり「ゲーム」という認識が強いなとという印象を受けますが、「TRAIN」を見た方から「VRってこういうことにも使えるんだ」という感想をいただいたり、現在お世話になっている就労支援の方にも見ていただいたりしています。なかなか個人でVRを買うのはコストがかかりますが、「TRAIN」のような練習用コンテンツとしても様々な用途で広まっていくと良いなと思っています。

現状の課題と変化し続ける「TRAIN」の可能性

-具体的に今障壁だと感じていること、こういうコンテンツを増やしたいなど、今後の話を伺えたらと思います。-

シシシ氏:私はとにかくもっと広めていくべきだと感じています。自分一人でコツコツ作っていましたが、作ったものを広めていくみたいな広報のような活動があまり上手ではなかったんです。ただそういった中で今回の「TRAIN」の機会もそうですし、しろさんと2人で一緒に仕事ができたことで、今後はもっと「TRAIN」を広めていく活動もやっていくべきだなというのは個人的に感じていることです。

あとは、このコンテンツがうまく文脈に乗るとめちゃくちゃ注目されるのではないかと思いますが、その文脈というものに乗せていくのが難しいと思います。いくら良いものを制作してもなかなか多くの人の目に触れられない。そういうことをよく感じているので、今後はCULUMUさんもそうですけどもぜひ宣伝というか広めていければと思います。

しろ氏:今回のコンテンツはあくまで1つの事例で、私はすでにありがたく使用していますが、ただ、シシシさんが話していたように日本のVRユーザーが少ないのは気になっています。

強い不安を抱えている方は少なくないと思っていますが、なかなかこのようなコンテンツに辿り着かなかったり、コンテンツ自体も少ないんですよね。
私自身もまだ電車に乗れているわけではないので、もっと訓練する必要がありますし、良いアイデアをもっと多くの人と情報交換していきたいと思っています。

シシシ氏:実際にこのコンテンツ自体は Unity に移植すれば完全なパッケージされたコンテンツになりますが、いかんせん時間が足りていません。あとは、やはり「TRAIN」が同じように困っている方々に広まり、反応があり、求めてくれる人たちが増えれば増えるほど増々自分のやる気も高まり、当然、もっと頑張ろう!という気持ちになり仕事にも打ち込めるので、「TRAIN」を多くの方々に届けたいと思っています。

今後も挑戦していきたいXRの世界と可能性

-最後に、「TRAIN」以外でも、取り組んでいきたいことや展望についてお伺いします。-

しろ氏:今回は、ヒアリングやテストユーザー、UI、広報周りを中心に作業しましたが、今後はもっと 3DやVRを学び、自らコンテンツを作っていきたいと思っています。

シシシ氏:私はこれからこのXRの世界がどんどん普通なものになっていくと思っています。この間もVision Proが出ましたよね。すぐにそのまま一般化するかと言えば私はそうでもないと思いますが、ただ流れは確実に来ていると思います。これまでXR系の技術というのはゲームやビジュアライゼーションなど、割とそういうところからツールとかも発達している側面があります。実は今度MRとかARが普通のものになっていくと、これまで2Dで活躍していたUIデザイナーおよび UXデザイナーが確実に仕事を担っていくと私は思っています。それを早めにやりたいしやっていきたいし、新たな仲間と盛り上げていくことが展望です。


インタビュー後記

今回のインタビューでは、共同開発者の一人であるしろさん自身が、当事者としてペルソナとして参加しながら進んだ「TRAIN」の制作過程をお聞きすることが出来ました。そして、しろさんの経験を非常に丁寧に紐解きながらコンテンツの内容を定めていったシシシさんの存在。そんなお二人の間で息の合った連携プレイがあったからこそ完成したプロダクトだと感じました。今回お聞かせ頂いた、お二人の経験や活動内容、使用したツールなどのお話は、今後のXR業界での制作や、VRコンテンツをゲーム以外にも活用していける可能性を示してくれる、非常に示唆に富んだ内容になっていると思います。

開発者紹介

SHISHISHI
湘南のVR/3DCG/XR Prototyper サービスデザイナー。
https://linktr.ee/mieteinaikoto

しろ
教育系コンテンツのディレクター、UX/UIデザイナー→アプリやwebのUIデザイナーとして日々勉強中。
現在パニック障害・不安障害を抱え、治療や訓練を重ねている。
https://note.com/siro46

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