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ゆっくりゆきちゃんのトリッパ

ゆっくりゆきちゃん ゆっくりおきて

ゆっくりがおを ゆっくりあらい

ゆっくりパンを ゆっくりたべて

ゆっくりぐつを ゆっくりはいた

ゆっくりみちを ゆっくりあるき

ゆっくりけしきを ゆっくりながめ

ゆっくりがっこうの もんまできたら

もうがっこうはおわってた

・・・これは谷川俊太郎さんの
「ゆっくりゆきちゃん」というおはなしの一節です。

この後ゆっくりあわてて(?)
学校から帰ると、
なんとうちで娘が3人生まれていた、
という、すさまじいまでのゆっくりぶり。

リズミカルで、読み聞かせにはぴったりのたのしいお話です。 
こどもだけでなく、おとな心にもさりげなく響いてくる、
ふしぎで奥深いわらべうたにも思えます。

そして、「ゆっくりゆきちゃん」と口ずさむたびに
いつも決まって思い浮かぶのは、
同じ名前の、ぽーっとしていて、競争心もない、ほたほた歩きの子供の頃のわたし。

おとなになった私は、と言うと…
周りに迷惑をかけるレベルだった生来の要領の悪さをなんとかしなければ、と
いつも少しでも早く効率よく無駄なく、をよしとするように刷り込んでしまったようで
子育ても仕事も家事も、何でもかんでも急ぎがち。
思えば、わが子も知らず知らずせっかちに育ててしまったかもしれません。

うまく言えないけれど、
たとえば、いつもは車で通る道をゆっくり歩いてみたら、車窓を流れる動画では目に留まることもないような美しい小径や、落ち着けそうな古い喫茶店を見つけるかもしれなくて。
そんな出逢いを大切にしたいはずなのに、
実際は毎日車に乗って、ついつい先を急いでしまう。
そんな感じに近いでしょうか。

先日の打ち合わせの前に、
銀座のある器屋さんに、借り出しの相談をしに行っていました。
十分余裕のある時間に着いたのですが、
年配のお店のかたが一つ一つ、いとおしそうにとても丁寧な説明をしてくださり、
そのあと器をとりわけ、伝票を書く所作もひとつひとつ流れるように優美に丁寧になさるのです。
その仕草にうっとりと見とれているうち
いつしか打ち合わせぎりぎりの時間になりそうに。
焦りました。

それでもなんとなく、無粋に話を途中で止めたりは出来なくて、
なのに約束も気になり、気持ちは引き裂かれて、
せっかくのお話もついつい上の空になっていました。

* * *

そう、こんなことを書いていたら、
以前にも、同じようなことがあったのを思い出しました…。
まだ駆け出しの頃に、有名な料理研究家の先生のお宅に伺い、
器のしつらえをさせて頂いたのですが、
お料理ひとつずつが、1時間半から2時間、たっぷりかかるのです。

その後、出来上がるたびに
ゆっくりとカップボードからさまざまな優しい色のリネンを選ばれてテーブルに広げ、「どうぞ」と料理を出されます。

ほかのスタッフは、あまりの予定外な時間のかかり方に、
自然光の行方などが気になる様子。
それでもその日の主役は先生の料理で、
早くしてくださいとも言えず、
そのうちに日も翳り、部屋のテーブルの上では光量が足りなくなって、
急遽お庭に出て撮影することになりましたが
そのときも、なぜかいやな気はしませんでした。
頂いたラザニアの味が、
生まれて初めて食べるほどおいしかったせいかもしれません。
庭で撮った写真の料理も、なんともいい雰囲気でした。

* * *

結局、先ほどの器のお店の方は、
わたしが打ち合わせにすこし遅れるかも、という電話をこっそりしていたのに気づかれたようで、
その後すごく頑張って急いでくださり、なんとか5分遅れで着くことが出来ました。

時がたって余裕が出来てきたら
いつかあんな風に丁寧にゆっくりと、
物事にあたれるようになれるのだろうか。
自信はまだありません。

急がない人を否定したり、自分は手早いと優越感を抱いたりするのでなく
全てに丁寧に向き合う人たちに対して
むしろ尊敬や憧れを抱きながら、
この先もしばらくは相変わらずばたばたと
せわしなく暮らしていくような気がします。

そんなことがあったせいでしょう、
「ゆっくりゆきちゃん」を思い出し、
ゆっくりなにかをしたくなって
夕食の材料のほかに目に付いた、牛の胃(ハチノス)を買って帰りました。

ハチノス1枚分は4回茹でこぼし、よく洗ってから、水気を切り一口大に切り分けます。
オリーブ油大さじ1でみじん切りのにんにく1片分、玉ねぎ1/2個分と一緒に炒め、
かぶるほどの鶏がらスープとローリエを加え、とろ火で煮込みました。
30分位したら、すりおろしたトマト大1個分を加え、さらに柔らかくなるまで気長に煮ます。
しゃばしゃばしていた煮汁がとろりんとしてきたら、そろそろ出来上がり。
バジルソースと塩胡椒を好みの量混ぜて、仕上がりにもう一度オリーブ油をさっと。
バジル風味のトリッパです。

そのままワインにも合いますが、ごはんにかけたり、パスタのソースにしたり、
細かく刻んでガーリックトーストにのせてもいけます。
一日たつとまたおいしくなります。

たっぷり時間のある時に、のんびりした心持ちで取り組むと、普段忘れていたことをポン、と思い出すことも。

ゆっくりゆきちゃんだったはずのわたし。
いつしかせっかちな癖がついてしまったけれど
変わったふりをしているだけのような気もしています。

実は歩くのだけは時折、昔のままにものすごく遅くなり、休みの日など、よく家族にあきれられたり。
ゆっくりというより、のろいに近いかも。

時間がたっぷりある年頃が、そのうちやってきたら
子供の頃のように日がなのんびり歩いて
ばたばたしていた頃には見えなかった、宝物のような景色を見つけるのを楽しみにしておこうかなと思うのです。
そう、あと少しです。

#note  #料理 #ゆっくりゆきちゃん #谷川俊太郎 #トリッパ  

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