『印度更紗』を、ぜひ読んでほしい。

以下の文章は誰かを貶めたり罵倒したりする意図で書かれたものではありません。作品中には現代からみると不適切な表現がありますが、差別に賛同・助長する目的はありません。ご容赦ください。

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外出自粛で暇なひとへ、ぜひ読んでほしい本がある。

印度更紗』だ。

作者は泉鏡花氏。代表作は『高野聖』や『夜行巡査』、『夜叉ヶ池』など。
明治時代の幻想作家として有名で、中島敦氏や三島由紀夫氏、芥川龍之介氏も影響を受けたそう。某漫画では可愛らしいウサギ好きの少女になっていたが、男性である。ちなみに彼女の異能はおそらく『夜叉ヶ池』から来ている。

この話をおすすめする理由は一つだけ。

この話が大好きだからだ。

そもそも泉鏡花氏の文章が私は大好きだ。憧れてもいる。言葉のリズムとか、話の運び方とか、ぱっと見たときの文字の配列とか、最高だと思う。
表現も美しい。彩度の高い日本画見てる気分。言葉で絵を描ける、と私は初めて知った。

けれども、美しさは、夜の雲に暗く梢を蔽はれながら、もみぢの枝の裏透くばかり、友染の紅ちら〳〵と、櫛巻の黒髪の濡色の露も滴る、天井高き山の端に、電燈の影白うして、揺めく如き暖炉の焔は、世に隠れたる山姫の錦を照らす松明かと冴ゆ。 (『印度更紗』より)

一部抜粋してきたが、これだけでも文章の流麗さがわかっていただけると思う。夜、婦人が部屋に入ってきただけのシーンだ。女性が立っているだけの、それだけの描写だ。この1文だけで、1枚の絵が完成している。その上この1行が特別なわけではない。他の全ての文章がこの美しさを保っている。
1行の絵画を繰り広げて、話が展開していく。文章の絵巻物のようだ、と常々思っている。

しかも声に出して読んだ感触はキャンディだ。コロコロ口の中で言葉が転がって、たっぷりの甘さを残して溶けていく。リズミカルで大好き。古語のよな文体でとっつきにくいかもしれないが、1回声に出して読むと面白いくらい頭に入ってくるから、ぜひ試してみてほしい。

正直合わないひとには合わない文体だと思う。不慣れだとわかりにくいし、ちょっと鬱陶しく思う方もいるかもしれない。でも、食わず嫌いしないで読んでみてほしい。好きなひとはどハマリすると思う。

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さて、ここまで文体について書いてきたけれど、肝心のあらすじについて紹介しようと思う。ずぶの素人の私の自己解釈だし、おかしな点もあるかと思う。ご了承いただきたい。

とある婦人が鸚鵡(オウム)を相手に語る。
「ある外国の館に仕えている青年が、鸚鵡の言葉を聞いて泣き崩れた。鸚鵡が喋ったのはたった一言、『港で待つよ』。今まで一度も涙を見せなかった彼はなぜその一言で泣き崩れたのか?」

まあ言ってしまえば、「婦人がオウム相手にお話を語る」の一行。それを大体1万字前後に膨らませたもの。ざっくり30分くらいで読める。
ね、難しくないでしょ?

登場人物はたった1人、婦人だけ。婦人の話を聞くだけの話。シンプル! 内容が簡単とは言わないけれど、ものすごく難しいわけではない。婦人の話に出てくる人物もそう多くはない。

この婦人が可愛いんだまた。よく馴らしてあるオウムに話しかける美人さん、というだけで愛らしいのに、この婦人、ごっこ遊びのようにものを動かす。登場人物を人形やら本やらに置き換えて、椅子に戻って、「これで揃った」と…かわいい。あと多分ここの置き換えがラストに関係してくる。

ネタバレになるから深くは話せないけれど、私はこの話の終わり方がとても好きだ。好きすぎて言葉がなくなるくらい好きだ。でも話せない。あの感覚を、何も知らないまっさらな状態で味わってほしい。

…あんまりこう言いたくはないけれど、最悪内容がわからなくてもいい。私もこれだけまとめるのに3回は読み直した。毎回文章に心地よく酔わされるので筋を拾うのに苦労する。美文ってお酒なのかもしれない。

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家で過ごす時間がとても多い今、空き時間の使い方は様々だ。新しいものに手を出してみたいとか、新ジャンルを開拓したいとか。けれど外にはいけない。自然とインドアなものが増えていく。

その中でも「読書」は手軽な趣味だ。家から一歩も出ないで、いろんな世界を旅できる。新しい世界を知ることができる。

「読書」と一口に言っても色々ある。積ん読を消費したり、ちょっと難しい本を深堀りしてみたり、今まで読んだ本を読み返してみたり。この世には星の数ほど本があり、手にとって読むものは限られている。

その中に、『印度更紗』を加えてほしい。泉鏡花氏の他の著作にも興味を持っていただけたら私は嬉しい。でもまずは、この一編を読んでみてほしい。


あなたの30分を、私にください。


一個人の紹介でした。


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