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元歯科衛生士の編集者が過去を振り返って再発見した「コミュニケーションのイロハ」

こんにちは。コンセントでコンテンツストラテジストをしている古市弘子です。主にクライアントのコミュニケーション戦略策定支援やコンテンツの企画編集を担当しています。

15年近く編集やライティングの仕事に携わっていますが、実は私、20代の頃に歯科衛生士をしていた経験があるんです。衛生士免許を取って働き出したものの、「やっぱり自分は物書きを諦められない」と思い直し、たったの1年半で出版社に転職してしまったのですが…。

先日、同僚と雑談していた時のことです。
「そういえば歯科衛生士の仕事にも、何か編集的要素ってあるの?」 突然こう聞かれて、ドキッとしました。そんな風に考えたことなど一度もなかったからです。

編集者と歯科衛生士は全く別世界の仕事だと無意識に思い込んでいたけれど、何か共通点はあったのかなあ…。
何気ない一言をきっかけにあらためて考えてみると、そこにはあらゆる「コミュニケーション」に通じる多くの共通点があることに気づきました。

「お説教」から「価値ある情報」へ

歯科衛生士は、お口の中の健康を維持する予防歯科の専門家です。虫歯や歯周病になってから治療するのではなく、悪くならないように予防する大切さを患者さんに理解してもらい、生活習慣が変わるように後押しするのがミッション。歯石取りや歯磨き指導もその一環です。

当然ながら、喜んで歯医者に来てくれる患者さんは少なく、困りごとを解決するために仕方なく来院する方が大半。そんな相手に、求められてもいない予防の話をどうやって切り出すか…。新米衛生士の私にとって、とてつもなく難しく、心臓バクバクの瞬間でした。

「今、仕事が忙しいんで、歯磨き指導とか結構ですッ」と会話を打ち切られたり、「俺のこと何も知らないアンタに、上から目線で言われる筋合いない!」とド直球で叱られたり(今思い出しても冷や汗…)。
そもそも聞く気のない患者さんに「予防は大事ですよ」とどれだけ言っても、思いは一向に届きません。今思い返せば、自分の話に興味のない相手を振り向かせるにはどうしたらいいのか悪戦苦闘する毎日でした。

…あれ? これって、コンテンツ作りでやっていることと一緒じゃない!?

コンテンツを作る時は、発信者側が言いたいことを、思わず相手が受け取りたくなる形に料理するにはどうしたらよいかを考えます。その切り口を探し出すのが「企画」であり、編集の仕事の醍醐味です。
同じように歯科衛生士は、ともすれば一方的な「お説教」になりがちな話を、いかにして患者さんに役立つ「価値ある情報」として受け取ってもらうかが腕の見せどころ。当時の私は未熟でしたが、患者さんの信頼が厚い先輩たちは共通して、一人ひとりに合わせた巧みな話術で相手の心をグッと掴んでいました。

思わず相手が聞きたくなるテクニックとは?

歯科衛生士の先輩方が実践していたテクニックをあらためて思い出してみると、今の自分がコンテンツを作る時に心がけていることとあまりにも一緒でびっくり!
いくつかご紹介しますね。

1. 相手を知る・観察する

自分の土俵に相手を引き込みたいなら、まずは相手のリサーチから。
たとえば、患者さんの持ち物に目を配って「このキャラクターお好きなんですか? 私も集めてます!」と声をかけてみたり、汗のかき方や拳の握りしめ方を観察して緊張状態を把握したり。
こんなふうに相手の興味関心や困りごとに迫っていくのは、コンテンツ作りにおいても企画の糸口を探る第一歩。相手を知ることは、コミュニケーションの「接点」を見つけ出すヒントになります。

2. 相手に「!」を提供する

「自分には関係ない」と思い込んでいる相手を振り向かせるには、先入観をひっくり返すようなサプライズが必要です。
コツは相手の興味関心と結び付けること。美容にこだわっている患者さんなら「よく噛んで食べるとアンチエイジングになるってご存じですか?」とか、糖尿病の持病がある患者さんなら「実は、歯周病の治療が糖尿病の改善にもつながるんですよ」などなど。
「知らなかった!」「すごい!」「このままじゃヤバイ!」など、無表情な相手から何らかの感情を引き出せたら第一関門はクリア。ターゲットに「(ちょっとは)自分にも関係のある話」だと認識してもらえた証拠です。

3. 言いたいことを欲張らない

相手が興味を示してくれたからといって、言いたいことをあれこれ詰め込むのはNG。今日はこの話だけ持ち帰ってもらえればOKとゴールを絞り、その他は思い切ってそぎ落とす勇気が必要です。
専門用語やカタカナ用語、細かすぎる説明も、馴染みのない相手にとっては理解を妨げるノイズになりかねません。自分と相手の間にある前提知識や認識の違いに配慮して、丁寧に嚙み砕いて伝えること。これは相手に快くメッセージを受け取ってもらうための「誠意」でもあります。

4.相手好みのシナリオを描く

何を、どんな順序で、どんなふうに伝えるべきかは、相手とタイミングによって変わるもの。
論理的な説明を好む患者さんもいれば、歯の模式図を見ただけで難しそうだと敬遠する方もいます。「このままだとこんなに悪くなっちゃいますよ」と危機感を煽った上で改善方法を伝えた方がヤル気になる場合もあれば、逆にそれだとゲンナリしてしまう場合も。
だからこそ「誰に」「何を伝えて」「どう変化してほしいのか」を整理した上で、一人ひとりに合った伝え方を工夫することが大切です。

永遠に続く「伝えること」の探究

記憶をさかのぼる中で見えてきた、歯科衛生士と編集者の共通項。それらは何もこの2つの仕事に限らず、相手を引き付け、動かすために行う「コミュニケーション」すべてに通じる大事なポイントといえそうです。

自分の話を聞いてほしければ、相手の身になって考えること。相手を動かしたければ、どうしたら相手が動きたくなるかを考えること。半人前で辞めてしまった歯科衛生士ですが、その仕事の本質がコミュニケーションそのものだったことに、今さらながら気づきました。そして、あの頃と変わらず今もなお、私は伝えることの難しさや奥深さと向き合っているんだな…と痛感しました。

まだまだ道半ば。これからも編集者として、一人の生活者として、より魅力的で面白いコミュニケーションを探究し続けたいと思います。