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青春小説|『水曜日の放送当番』

<ChatGPTによる紹介文>
「水曜日の放送当番」は、中学生の主人公が学校の放送委員になったことから始まる青春小説です。

彼は毎週水曜日に放送室で紙山さんと一緒に放送業務を担当し、それが学校生活の中での特別な瞬間となります。天気予報を見逃して遅刻したり、突然の豪雨と雷に見舞われるなどの出来事が展開されながらも、主人公は放送室で紙山さんとのおしゃべりを楽しむことができます。

学園もののパニック漫画さながらの緊迫感と、青春の情熱や友情の絆が心温まる物語として描かれています。読者は彼らの成長や小さな喜びに共感し、ほっこりとした温かい気持ちに包まれることでしょう。
ーーChatGPT





ここから本編がはじまります



『水曜日の放送当番』


作:元樹伸

青春小説シリーズ⑤『水曜日の放送当番』


第一話 嵐の予感


 今朝の降水確率は90パーセント。空には重そうな曇りが広がっていたのに、僕は傘を持たずに家を飛び出した。水曜の放送当番に遅刻しそうだったので、テレビで見た天気予報の結果をすっかり忘れていたのである。

 今年の春、中学に入学した僕は率先して放送委員になった。小学校では清掃時間に音楽を流す係だったので、放送室にある機材の扱い方はよく知っていた。昔取った杵柄で顧問の先生にも頼られ、毎週水曜日には放送当番を任された。

 遅刻だ、遅刻だ、と叫びながらまっすぐな田んぼ道を十分ほど走り続け、時間ギリギリで学校にたどり着いた。

「天野くん!」

 放送室に入ってすぐ、透き通った美しい声の紙山さんに名前を呼ばれた。彼女も同じクラスの放送委員で、水曜日の当番だった。

「良かった。もし来なかったらどうしようかと思ってたよ」

「ごめん、うっかり寝過ごしちゃったんだ」

 この中学では、登校時間が終わる十分前から校内に音楽を流す。部活の朝練終了の曲であり、同時に他の生徒を教室に促す合図にもなっていた。

 一九八三年はコンパクトディスク、いわゆるCDが世の中にまだ普及し始めたばかりで、世間的ではあまりよく知られていなかった。

 そのため放送室にはCDを再生するプレイヤーが存在せず、流す音楽は馴染みのアナログ盤レコードか、カセットテープが主流だった。

 それでも紙山さんは「私って機械音痴だから」と、放送室の古い機材を触ろうとせず、実際にコンソールの前に立つのは専ら僕の役割になっていた。

 彼女はアナログ盤のレコードをプレイヤーにセットすると、いつも通りコンソール前の席を譲った。

「じゃあ後は天野先生にお任せしますね」

 紙山さんは機材に詳しい僕を先生と呼ぶ。だけどそれは放送室の中だけの話で、教室にいる時はほとんど口を利いたことがない。つまり紙山さんとは放送委員であること以外に接点が何もなかった。

 それでも水曜日はここに来れば彼女とおしゃべりを楽しめた。だから放送室は僕にとって特別な空間、もっと大げさに言えば聖域だった。

「これで朝の任務は完了だね」

 校内に音楽が流れ、紙山さんが胸を撫で下ろした。寝坊助な僕が早起きをして毎週放送室に来ているのは、この笑顔を見るためかもしれなかった。

「夕方から嵐だって聞いたけど、帰りの当番はあるのかな」

 紙山さんがレコードを仕舞いながら尋ねた。というのも放送当番には、朝だけではなく放課後にも仕事がある。下校時刻になったら蛍の光を流し、校舎に残っている生徒を校門の外に送り出すのだ。

「台風の時は先生が代わってくれて、当番は先に帰されたみたいだよ」

「そっか」

 レコードジャケットを棚に戻しながら、紙山さんが遠い目をして呟いた。

「でもなんで?」

「んーん、別になんでもないよ」

「ふーん……それにしてもまいったな。家に傘を置いてきちゃったんだ」

 本当は理由が気になったけど、しつこい奴とは思われたくなかった。だから僕はすぐに話題を変えて、天気の話でお茶を濁した。


第二話 大雨警報


 授業が終わって数学の教師が去った後も、担任の向井先生は教室に戻って来なかった。時間を持て余しているとそこに染川くんが来て、手にしていた漫画本を僕に見せびらかした。

「じゃーん、これがデビルマスクの豪華愛蔵版だ!」

「すごい、買ったの?」

 デビルマスクは巷で人気のプロレス格闘漫画だ。連載が終了した今も名作と呼ばれ、衝撃の最終回がファンの間で語り草となっている。

「これまで未収録だった伝説のエピローグも入ってんだぜ!」

 クラスでも飛びぬけてガタイのいい染川くんは、プロレスが好きでデビルマスクの大ファンだ。僕も漫画が好きなので、彼とは気が合った。

「また先生に取り上げられるぞ」

 うしろの席で本を読んでいた原町くんが顔を上げてつぶやいた。

 彼の言う通り、染川くんは普段から、学校にお気に入りの漫画を持ち込んでは先生に没収されるという日々を過ごしていた。なのに彼は、胸を張って得意げに言った。

「だけど今日は、ぜってーばれない自信あっから!」

「その台詞、聞き飽きたし」

 もう聞く耳は持たないと、原町くんが読書中の本に視線を戻す。

「何を読んでるの?」

 本にブックカバーがかかっていたので何気なく聞いた。彼はすぐに「水喜コウ」と答えた。ただそれは本のタイトルではなく、作家の名前だった。

 水喜コウは若者を中心に人気の作家で、サイエンスフィクションとラブコメが融合した作風がファンに支持されている。原町くんは純文学作品ばかり読んでいるイメージがあったから、僕は意外に思った。

「へぇ、たまにはそういうのも読むんだね」

「まぁね」

 クールな原町くんが、平常運転でぶっきらぼうに答える。

「なぁ、オレのデビルマスクも、ブックカバーしとけば先生にバレないんじゃないか?」

 染川くんが自信満々で言ったけど、僕と原町くんは同時に首を横に振った。

 ゴロゴロゴロ……

 遠くの方でかすかに雷の鳴る音が聞こえる。窓の外を見ると、真っ黒な雲が空を覆っていた。やはり天気予報が言ったとおり、雨はこれから降り出すみたいだった。

「今の雷だよな?」

 窓ぎわに移動して外を眺めると、暗闇に閃光が走った。

「きゃあっ!」

 近くにいた女子が驚いて悲鳴を上げた。風も強くなってきて、大きな雨粒が窓を叩き始めた。やがてバケツをひっくり返したような豪雨になり、教室が騒然となった。

 ビカッ! バリバリバリッ!

 幾筋もの太い稲妻が雨を切り裂き、真っ黒な天空を駆け抜けた。

「すげー、まるで光の龍だ!」

 染川くんが興奮して叫ぶ。他の男子たちもそれに乗じて騒ぎ出した。

「雷くらいではしゃいで。男子ったらバカみたい」

 さきほど悲鳴を上げた女子が、迷惑そうに男子を非難した。他の女子たちも騒がしい男子に軽蔑の視線をむけた。

 そんな中でも、紙山さんだけは自分の席で黙々と本を読んでいた。これだけの騒音に晒されているのにすごい集中力だ。それに彼女は、放送室で読書が好きだと話していたから、読書家の原町くんとも話が合うような気がした。今だって騒いでいる男子を他所に読書を続けているのは、紙山さんと原町くんの二人だけだった。

「先生を呼んでくる!」

 しびれを切らせたのか、クラス委員の藤咲さんが声を上げて立ち上がった。するとその時、教室のスピーカーから校内放送が流れ始めた。

「全校生徒の皆さんにお知らせします。先ほどこの地域に大雨警報が出ました。警察からの要請もありましたので、全校生徒は全員下校を中止し、校内に待機してください。繰り返します。全校生徒は下校を中止して、雨が止むまで校内に待機してください。後のことは担任の先生の指示をよく聞いて行動してください」

 こんな緊迫した状況にも関わらず、僕は放送を聞きながら密かに興奮していた。

 何故なら学校でこんな緊急事態に遭遇するなんて、まるで学園もののパニック漫画みたいなスリル満点の展開だったからである。


第三話 男子VS女子


 緊急の放送が終わるや否や、男子たちが次々と不満を漏らし始めた。

「先生の指示に従えって言っても、肝心の担任がいないんですけど」

「あーあ、早く帰ってテレビで夕方ワンワン観たかったのに」

「うるさいな、今はそれどころじゃないでしょ?」

 女子も負けじと、男子にむかって文句を言った。

「うるさいのはどっちだよ。雷くらいで悲鳴上げやがって」

「なんですって?」

 先陣を切って騒ぐ見崎くんが女子を敵に回し、戦争勃発の空気が漂った。

「全員、席に戻ってください!」

 一触即発の危機を察したのか、藤咲さんがみんなにむかって指示を出した。女子はすぐに従ったけど、見崎くんと数名の男子は動こうとしなかった。僕と染川くんは自分の席に戻り、この緊迫した状況を見守ることにした。

「別にいいじゃん。担任が来るまでは自由時間だろ?」

 見崎くんに挑発され、藤咲さんが「いいから席に戻って!」と大きな声を出す。

「委員長の方がうるせーし!」

「ひっこめ藤咲!」

「委員長だからっていい気になるなよ!」

 待っていましたとばかりに、他の男子たちも一斉に口を開いた。

「な、なによ……」

 藤咲さんが容赦のない罵声に言葉を失うと、それまで読書をしていた紙山さんがスッと立ち上がり、見崎くんを睨みつけて言った。

「ちょっと見崎くん、いい加減にしなよ!」

「うるせーな、紙山はすっこんでろよ」

「これ以上騒いだら先生に云いつけるからね!」

 紙山さんが男子を相手にひとりで戦っている。彼女は実家が本屋の藤咲さんとは仲が良かったから、黙って見ていられなくなったのかもしれない。

 こうなったら放っておくわけにはいかない。そう思って奮起しようとした時、後方でガタンッと椅子が動く音がした。振り返ると原町くんが立っていた。

「見崎、いいから座れよ」

 原町くんが眼鏡を上げながら静かに言った。彼とは小学校からの付き合いだけど、こんな風に女子を庇うのは初めてかもしれなかった。

「原町、女子の味方すんのか?」

「読書の邪魔だって言ったんだ。無駄に声がでけぇんだよ」

 女子の味方と言われてカチンと来たのか、原町くんは見崎くんを睨みつけた。

「てめぇ、やんのか?」

 見崎くんがたちまち原町くんに詰め寄った。僕は咄嗟にマズイと感じて、後先考えることなく彼らの間に割って入った。

「待って待って、二人とも落ち着きなって!」

「あ?」

 すぐ目の前で見崎くんに凄まれた。この分だと最初に殴られるのは僕かもしれなかった。

「おいおい、雷くらいで大騒ぎすんなよなぁ」

 でもその時、自分の席でデビルマスクを読んでいた染川くんが顔を上げて、この険悪なムードを一変させた。

「何だよ、最初に騒いでたのは染川だろ?」

 彼の手のひら返しに拍子抜けしたのか、見崎くんが力なく抗議した。

「あれ、そうだっけ?」

 染川くんは気に留めない様子で、ふたたび漫画を読み始めた。

「んだよ、みんなクソ真面目だな」

 一気に敵が増えて分が悪いと思ったのか、見崎くんは渋々席に戻っていった。僕はほっと息をついて、持つべきは友だと心の中で感謝した。

「原町くん、助けてくれてありがとう」

 見ると、紙山さんと藤咲さんが原町くんの席の前にいた。原町くんは「助けてないし」と否定したけど、紙山さんの中で彼の株が上がったことは言うまでもなかった。

 数分後。担任の向井先生が職員会議から戻ってきて、すぐにホームルームが始まった。

 校内放送の通り、生徒は雨足が弱くなるまで下校禁止となり、僕たちは学校に閉じ込められることとなった。ただ体育祭が近かったから、生徒の多くは放課後も残って準備をする必要があった。

 ちなみに僕と原町くんは応援歌作りの担当で、替え歌と歌詞を書いたプラカードを作るのが目下の任務だった。


第四話 紙山さんと原町くん


 ホームルームが終わって作業場の美術室に移動すると、僕と原町くん以外は誰も中にいなかった。

「さて、ぼちぼちはじめようか」

 応援歌の歌詞はすでに二番までできていたので、今日はそれを書き込むプラカードを作る予定だ。床に大きな厚紙を広げていると、後からやってきた紙山さんと藤咲さんに声をかけられた。

「お疲れさま、何か手伝えることある?」

 藤咲さんの問いかけに原町くんが、「どうかな?」と答えてこちらを見た。僕はせっかく来てくれた紙山さんを帰したくなくて、咄嗟に頼みたい用事を考えた。

「そうだ、紙山さんは切り絵が得意なんだよね。だったら掲示板の装飾をお願いしてもいいかな?」

「うん、いいよ」

「あと委員長はペン字検定が三級だから、掲示板に歌詞を書くのを手伝って貰えると嬉しいんだけど」

「オッケー。でもどうして私が三級だって知ってるの?」

「放送当番の時に私が教えたの」と僕の代わりに紙山さんが答えた。

「放送当番って放送室で二人きりになるんでしょ。何か楽しそうだね」

「ちょっと藤咲さん!」

 藤咲さんに揶揄われて紙山さんがムッとした。僕は少し恥ずかしかったけど、紙山さんと一緒に冷やかされるのなら嫌な気分じゃなかった。

 人手が増えて時間に余裕ができた僕と原町くんは、さらに応援が盛り上がるようにと三番の歌詞を考え始めた。ところがすぐにアイデアが枯渇して、頭が冷えるまで彼女たちの仕事を手伝うことにした。

「花を作ってるの?」

 紙山さんが色紙を切っているのを見て、僕は聞いた。

「秋桜だよ。時期的にもいいでしょ?」

 うちのクラスは桃組だから、プラカードの装飾に薄紅の秋桜を飾るのだという。原町くんは藤咲さんの下書きをマジックペンでなぞり、僕は紙山さんの秋桜を指定通りに貼り付けた。気づけば四人は床の厚紙を中心に身体を寄せ合っていて、紙山さんの横顔が僕の顔のすぐ傍にあった。

 ピカッ、バリバリバリッ!

「きゃあ!」

 急に雷が落ちて、藤咲さんが原町くんに抱きついた。彼女は、「ごめんなさい!」と言ってすぐに離れたけど、原町くんの耳は真っ赤になっていた。

 その後も作業は続き、やがて原町くんがふと顔を上げて、「例のやつ、明日には返せるから」と紙山さんに言った。彼女も身体を起こして「読み終わった本だから焦らなくても大丈夫だよ」と返答した。

「それって原町くんが教室で読んでいた小説のこと?」

 蚊帳の外にいた僕が尋ねると、原町くんが「まぁな」と短く答えた。原町くんとは小学校からの付き合いだけど、彼は自分と同じく女子と関わるのが苦手なタイプだと思っていた。だからそんな人が紙山さんから本を借りるなんて、まさに青天の霹靂と言えた。

「お、ここにいたか。水曜当番、仕事だぞ」

 プラカードが完成した頃、放送委員会の中村先生がやって来て、僕と紙山さんに声をかけた。窓の外を見ると雨は止んでいて、僅かだけど晴れ間が覗いていた。


第五話 二人への疑惑


「全校生徒の皆さん、足元に気をつけて下校してください」

 校内に蛍の光が流れる中、紙山さんがマイクにむかって原稿を読み上げていた。彼女の声は相変わらず美しくて、さっきからモヤモヤしている僕の気持ちでさえ癒してくれた。

「天野くん、大丈夫?」

 アナウンスが終わり、紙山さんが原稿から顔を上げて聞いた。

「えっ?」

「何も話さないから、具合でも悪いのかなって」

 たしかに紙山さんと原町くんのことが気になっていて、さっきからずっと上の空だった。だから僕は我慢できずに聞いた。

「紙山さんと原町くんってさ……じつは前から仲良しだったの?」

「えっ、どうして?」

 突然過ぎる質問に、紙山さんが目を丸くして聞き返した。

「だって二人とも読書が好きだし、さっきも本の貸し借りをしていたから」

「でも原町くんとはあまり口を利いたことがないの。だから仲良しかって言われると違う気がするけど」

 だったらどうして彼女は原町くんに本を貸すことになったのか。そもそも普段から交流がないなら、紙山さんが彼の好きな作品を知ることもなかっただろう。

「じゃあ何で原町くんに本を貸すことになったの?」

 面倒くさい奴と思われる危険を冒してまでさらに突っ込んで聞くと、紙山さんが口ごもった。

「それはその……」

「あ、嫌なら無理に答えなくてもいいけど……」

 急に事実を知るのが怖くなって、あわてて質問を撤回した。

「嫌とかじゃないんだけど、ごめんね」

 室内に気まずい空気が漂って、間もなく蛍の光が終わろうとしていた。

 やっぱり紙山さんと原町くんは付き合っているのかもしれない。

 僕は暗い気持ちのまま曲をミュートにして、回転するレコード盤から針を上げた。

 あれから僕と紙山さんは、一言も口を利かないまま放送室を後にした。重い足取りで鍵を返却しに行くと、職員室の中に藤咲さんと原町くんがいた。

 二人はそろって向井先生の机にプリントの束を置いている所だった。藤咲さんがこちらに気がついて小さく手を振った。

「帰りの放送当番ごくろうさま」

「どうして原町くんがここにいるの?」

 原町くんと藤咲さん。珍しい組み合わせなので聞いてみると、藤咲さんが答えた。

「原町くんにもプリント持つの手伝ってもらったの」

「ということで、俺はもう行くから」

 原町くんはそう告げると、ひとりで職員室から出て行こうした。僕はそんな彼に声をかけるべきか迷っていた。

 原町くんはいつもぶっきらぼうだけど、信頼できる友人だ。だから僕が本気で知りたいと頼めば、紙山さんから本を借りた理由を教えてくれるはずだと思った。

「ねぇ原町くん。途中までだけど一緒に帰らない?」

 僕の呼びかけに彼は振り返り、「別にいいけど」と答えた。それから僕は紙山さんと藤咲さんにも続けて言った。

「良かったら、君たちも一緒にどうかな?」


最終話 雨あがる


 学校帰りの田んぼ道。僕たちはぬかるむ泥の上を四人揃って歩いていた。

 僕は結局、紙山さんのあの言葉を信じることにした。彼女は放送室で「原町くんとは仲良しじゃない」と答えてくれた。だったら紙山さんの気持ちを無視してまで、本を貸した理由を知る必要などないと思った。

 わかれ道が近づいてきた頃、紙山さんが立ち止まって言った。

「藤咲さん、私が原町くんに小説を貸した理由を天野くんにも教えてあげたいの。だってこの中で事情を知らないのは、天野くんだけなんだよ?」

 紙山さんの真剣な眼差しに藤咲さんの顔がこわばった。

「で、でもさ……」

「俺は別にいいよ、天野は親友だし」

 戸惑う藤咲さんの横で、原町くんが田園風景を見つめたまま呟いた。

「わかったよ、原町くんがそう言うなら……」

 藤咲さんが観念したように頷くと、原町くんがふたたび口を開いた。

「じゃあ天野、理由は俺から説明するよ」

 どうして紙山さんが原町くんに本を貸したのか。種明かしはこうだ。

 先日、藤咲さんが実家の本屋で店番をしている所に原町くんが現れた。だけど彼が欲しかった例の小説は在庫がなくて、取り寄せるにも時間がかかりそうだった。そこで藤咲さんは紙山さんが同じ本を持っているのを知っていたので、「貸してもらえるように私から頼んであげようか」と彼に提案したのだという。原町くんは初め遠慮したけど、藤咲さんの猛プッシュによって仕方なく承諾したらしい。

「だけど、どうしてそこまでして委員長が原町くんに?」

 いくら藤咲さんが委員長でも、クラスの男子のためにそこまでするのは不思議だったので聞いてみると、原町くんが頭を掻いてから答えた。

「じつは俺たち、少し前から付き合っているんだ」

 藤咲さんが二人に口止めしていたのには、それなりの理由があった。

「だってクラス委員に彼氏がいるって知れたら冷やかされるでしょ? そうなったら男子がさらに言うことを聞かなくなるじゃない」

 言われてみればそうかもしれない。クラス委員長のゴシップは、男子にとって彼女を攻撃する都合のいい燃料になる。だから僕はこの秘密を誰にも喋らないと、藤咲さんたちに堅く誓った。

 原町くんたちと別れた後、僕と紙山さんは二人で舗装された道路を歩いていた。

「さっきは本当のことを教えてくれてありがとう」

 僕は彼女に感謝の気持ちを伝えた。

「でも本当は……放送室で聞かれた時に答えるべきだったよね」

「紙山さんは悪くないよ。委員長の気持ちも良くわかるし」

「あっ……」

 紙山さんが上をむいて手のひらを天にかざした。僕も一緒になって見上げたら、冷たい粒がポツポツと顔に当たった。

「大変。傘持ってきてないんだっけ?」

 彼女は今朝の放送室でした会話を覚えていて、自分の傘を開くと差しかけてくれた。

「なんだか朝からずっと迷惑かけててごめん」

 僕は情けない気持ちになって彼女に頭を下げた。

「困った時はお互いさまだよ。それに今日は私も助けてもらったし」

「僕が紙山さんを?」

「私が男子に責められた時、原町くんと一緒に立ち上がってくれたでしょ。味方してくれて嬉しかったよ」

 そう言って紙山さんが微笑んだ。考えてみれば、放送室以外で彼女と二人きりになるのはこれがはじめてだった。それも相合傘だなんて。顔から火が出るほど恥ずかしかったけど、僕にはこの場で、どうしても彼女に伝えたいことがあった。

「紙山さん。よかったら今度、お薦めの小説を貸してくれないかな。いつもはあまり読書をしないんだけど、君が好きな本なら読んでみたいんだ」

 勇気を振り絞って、これまで言えなかった気持ちを自分の言葉にして告白した。短い沈黙の後、紙山さんはコクリと頷いた。

「本当はね、天野くんに薦めたい本がたくさんあるの。だからこのあと、私の部屋で本棚を見ながらお話ができると良いんだけど……どうかな?」

「もちろんおじゃまするよ。えっと、それとね……」

「なに?」

 僕は傘を持っている彼女に手を差し出して、遠慮気味にこう尋ねた。

「傘を持つ役目は、僕が代わってもいいかな?」

「うん、ありがとう……」

 紙山さんが頬を赤く染めて呟いた。

 彼女から傘を受け取った後も、雨はしばらく降り続けた。それでも隣にいる紙山さんは太陽のように眩しくて、僕の心にはひとすじの晴れ間が覗いていた。

おわり

最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。

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