裏側の世界

ーアニキ、アニキ、お呼びですか。

ーおう、来たか。

ーへい、遅れてすいやせん。それで話ってなんすか。

ーお前もそろそろ自立する頃だろ?だから、俺達の仕事について、もう一度話をしておこうと思ってな。

ーマジっすか、あざっす、マジリスペクトっす。

ーまずは、おさらいだ。俺達は誰のために働いてるか分かるな?

ーへい、ニンゲンっす。

ーそうだ、苦しんでいるニンゲンを助けるのが俺達の役割だ。ならば、ニンゲンを助けるために俺達は何をしなければならないか覚えているか?

ーへい、最初はニンゲンをこちらの世界に招待しやす。魅力的に感じられるように、明るくて楽しいイメージを植え付けるんすよね、アニキ?

ーああ。天国、極楽浄土、ジャンナ、呼び方は何でも構わないが、ニンゲンが思うままに暮らせる世界を夢に見させる。 そうして、無闇に死を恐れなくなったところで、こちらの世界へお連れする。分かったな?

ーへい、バッチリっす。でもアニキ、お連れする時に抵抗されたらどうするんです?

ーその時は俺たちが持ってる鎌でニンゲンの首を掻っ切ってやるのさ。だから俺達は人間から死神とか悪魔なんて呼ばれて忌み嫌われる。全く不名誉極まりないな。ニンゲンのためにしているというのに。ニンゲンは抵抗するだけ苦しみを覚える。その苦しみから断ち切ってやるのが俺達の役目なのさ。

ーかみさまーとか、てんしさまーなんて、もてはやされてみたいんすけどね。

ーまあそう言うな。ニンゲンは勘違いをする生き物だからな。自分の小さいモノサシだけで、何でも見極めようとするから、間違いばかりが起きるのさ。

ーニンゲンに本当のことを教えてあげればいいんじゃないすか。そしたら抵抗もされずに済むんじゃないすか。

ーそれはダメだ。

ーなぜです?

ー“あくまで”死神だからさ。俺達は死を司る立場にある。天使、つまり生を司るのは隣の部署のヤツらだ。同じ会社なのに、こうも人気に差が出ると、ちょっと面白くないけどな。

ーそうっすよ、ヤツらにあんなおっきい顔させとく必要ないじゃないっすか。ヤツらの方がアコギな商売してるらしいですし。

ーああ、やつらは命を安売りし過ぎる。まるでバナナの叩き売りだ。やつらは生み出すことしか考えてないし、ニンゲンは嬉々として子を育み、その生に疑問を抱くことを恐れる。結果、ニンゲンは増加するばかり。ニンゲンが増えれば苦悩も増える。俺達の仕事も増えていく一方だ。

ーアニキ、俺ちょっと自信がなくなってきやした。そもそも、どうしてニンゲンは生まれ、そして死ぬんでしょうか。

ーそれは俺にも分からん。なんたって社長の命令に従ってるだけだからな。社長はこの業界では神と呼ばれていてな、昔から生と死、創造と破壊、静と動、隆起と沈降、隆盛と衰退、享楽と苦悩、その他諸々の相対するものにご執心でいらっしゃる。社長はこんなことも言っていた。「相対にして総体。相対するものこそこの世で最も尊く、唯一にして絶対の意味をもつ」と。

ーアニキ、難しい話は苦手っす。社長は何がしたいんでしょう。

ー社長はおそらく、自分の罪を隠したいんだ。

ー社長、前科持ちなんすか。初耳っすよ。

ー大きい声を出すな。社長は昔この会社を設立するに当たって、競合しそうな他社を潰しにかかったそうだ。その会社の顧客、つまりニンゲンを何人も殺してな。

ー今やってる仕事は罪滅ぼしってことっすね。

ー享楽と苦悩の均衡を保ちながら、生と死の循環を維持するのが、俺達の企業理念だ。それは社長の想いでもある。

ーへい、覚えておきやす。

ーさあ、荷物をまとめろ。次の転属先は、たしか日本支社だったか。うまくヤれよ。

ーへい、ニンゲンのために頑張ります。ありがとうございやした。

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