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全体主義こそ暴力の原因―映画【ヤジと民主主義】舞台挨拶レポあり

こんばんは、烏丸百九です。

本日は岸田首相が演説時に何者かに襲撃されるというショッキングな事件が起きてしまったばかりですが、丁度北海道で限定上映されている「ヤジと民主主義」の劇場版を見てきましたので、今回の事件と絡めて少し感想を論じてみたいと思います。

「ヤジと民主主義」は、北海道では札幌シアターキノで4/17にも再度上映されるので、興味のある方はこの機会に是非ご覧下さい。

「ヤジと民主主義」をご存じない方のために、簡単に内容を解説します。

2019年参院選において、安倍晋三元総理が札幌市内で応援演説した際、複数の聴衆から消費税や年金問題などへの批判や異議が上がりました。
しかし、こうした「声」を上げた人たちのうち少なくとも9人が警備中の警官に強制的に排除されました。原告のうち、安倍に対して「ヤジ」を飛ばした大杉さん桃井さんは、元札幌市長の上田弁護士を中心とする弁護団と共に、排除を不当として北海道を訴え、2022年3月に札幌地裁は道側に計88万円の賠償命令を下し、原告側の完全勝利で終わりました。
一方、道(というか北海道警察)は判決に対し控訴し、裁判は高裁へと継続することになりました。高裁判決は今年の6月に下される予定です。
これらの一連の問題を、HBC北海道放送のディレクターである山﨑監督長沢監督がまとめたドキュメンタリーが「ヤジと民主主義」であり、2020年にテレビ放送され大きな反響を呼んだことから、今回映画版に再編集されて公開された……という運びです。

あと、今回は山﨑・長沢両監督と上田弁護士による舞台挨拶があり、劇場は満員御礼の賑わいとなりました。
舞台挨拶レポについては、少し迷ったのですが、あまり大きく公表すべきでない情報が入っていることもあり、有料限定公開とさせていただきます。記事をご購入頂いた皆様も、内容の転載などはどうかご遠慮願います。
記事単体で購入しますと、後で返金申請も可能です。


★映画レビュー:「ヤジ」と「暴力」は対立する

まず一番に言いたいのは、映画中でも反論されている通り、特に山上容疑者の安倍元総理銃撃事件に関して、判決のタイミングの問題だと思うのですが、「ヤジ排除事件に勝訴判決を出したために警備が手薄となり、事件の発生に繋がったのだ」という理屈が全くの誤りであるどころか、むしろ実態は真逆だということです。

札幌地裁はこれについて「被告側(道警)に立証責任がある」としたが、大杉さんが指摘する通り道警はほとんどこの適法性を立証できなかった。同地裁は判決でこう述べている。
《警察官らの行為は、原告らの表現行為の内容ないし態様が安倍総裁の街頭演説の場にそぐわないものと判断して、当該表現行為そのものを制限し、また制限しようとしたものと推認せざるを得ない》
繰り返すが、当時の警察対応の中には適法と認められた行為も僅かながらある。大杉さんはこれを引き「街宣車への接近阻止は適法とされているし、別に警察が萎縮する必要はない」と指摘、「地裁判決で警察が萎縮しているのだとしたら、そもそも法の要件を満たさない排除を行なったのが悪い」と言い切る。

劇中でも指摘されていますが、道警は「叫ぶ大杉さんに夢中になって安倍総理の警備そっちのけで大集合する」というコントじみた醜態を晒しており(本当にコントみたいな編集をされているので、思わず笑ってしまうのがまたコワい)、そもそも要人警備の基礎を踏まえていなかったことは明白なのですが、「ヤジや抗議を排除しなかったから暴力事件が起きた」は論理が逆で、実際は「ヤジや抗議を排除するような社会だから暴力事件が起きている」のです。

見た人なら解るかと思いますが、大杉さんも桃井さんも、特定の党派に所属していない「普通」の市民で、事件があるまでは社会活動家でさえありませんでした。

社会不安が極限まで高まっているのに、それをマトモに発表する場がなく、デモを忌避し、政治的発言を封殺し、ヤジを攻撃するような社会では、圧力に耐えきれず「爆発」してしまう人間が出るのは当然のことで、だからこそ「警察の横暴」にせよ「統一教会の暗躍」にしろ、平素から批判して市民にストレスをかけないようにする必要があるんですが、そうした活動を政治家が(意図的に)サボっていることが、暴力の発生する社会の土壌を作っています。

更に言ってしまえば、こうした「暴力」は日常的に行われていることで、突然「危険なテロリスト」がどこかから降って湧いたわけではありません。我々の社会は既に「暴力」を許容し、賞賛するような危険な状態に陥っているのです。

暴力を否定するのは当然のことですが、勇ましく「テロは許されない!」と言い、警察権力を強化しても、結局はより社会の全体主義化を加速させるだけであり、市民が自由な言論でガス抜きが出来るような状態は実現しません。
大杉さんは控えめに「僕が抗議したのは安倍的なもの」と述べていましたが、ここで言う「安倍的」とは要するにファシズムのことであり、政治家の悪口を言ったら警察に逮捕されるような社会のことなのは明白でしょう。

言ってしまえば、「ヤジ」と「暴力」は民主主義上対立しているのであり、直感的には「そんなバカな」と思われるかも知れませんが、より自由に「ヤジ」を飛ばせるような社会こそ、「暴力」を否定し、市民がより自由で気軽な政治参加を行える社会と言えるのではないでしょうか。

忖度だらけの日本のテレビメディアの中にあって、この映画が「市民的自由」の観点からどれだけ重要かは、今更強調するまでもないでしょう。

★「ヤジと民主主義」シアターキノ舞台挨拶レポ

舞台挨拶の様子。
左から、「ヤジと民主主義」山﨑監督、長沢監督、弁護団の上田代表弁護士。
舞台挨拶の様子。
左から、HBC世永聖奈アナウンサー、「ヤジと民主主義」山﨑監督、長沢監督、弁護団の上田代表弁護士。手前のモザイクは観客のみなさん。
「TBSドキュメンタリー映画祭」の「ヤジと民主主義」紹介ページ。サインいただきました。
「TBSドキュメンタリー映画祭」の「ヤジと民主主義」紹介ページ。

舞台挨拶では、山﨑・長沢両監督と上田弁護士が、本作制作にかけた思いや、自身で作品を鑑賞しての感想を述べました。

「あまり公表すべきでない情報」ですが、自慢したいので書いてしまいます。
なんと偶然にも、私の隣に大杉さん本人が座っていたため、「映画の(実質)主役と一緒に映画を鑑賞する」という、滅多に出来ない体験をすることが出来ました。大杉さん、にこやかにご挨拶いただきありがとうございました。
誤解されたらイヤなので一応書きますが、シアターキノは自由席制のため、本当に全くの偶然で、個人的に友人というわけではないです(ある理由で面識だけはあったのですが……w)。

上映中は、道警の「コント」シーンで大杉さん本人も爆笑するなど、内容に反して穏やかなムードが漂っていました。

舞台挨拶では、山﨑監督が「会社と警察との関係上、難しいところもあった」、長沢監督が「未だに(道警本部に)行くと塩対応をされる」などの実情を吐露。マスメディアと警察の微妙な緊張感について興味深い情報を提供いただきました。道警のように大規模なのに不祥事だらけの組織だと、情報提供を受けつつ批判しなければいけないので、特にやりにくいだろうな……と思います。

上田弁護士のコメントでは、「(原告の)若者二人は素晴らしい!」と褒めちぎり、大杉さんが照れる場面もありました。でも(見た人なら解るかと思いますけど)本当に大杉さんと桃井さんでなければ恐らく絶対に成立しない裁判だったので、この二人が札幌にいたのは何かしらの天命ではないかと思います。

安倍元総理も、この時深く反省して警備体制を強化していれば、ひょっとしたら殺されずに済んだかもしれないのにと思うと、運命の皮肉を感じてしまいました。

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