つながる道、つながる街、つながる私

緊急事態宣言下になってからのもっぱらの趣味は、歩くことだ。

家から駅までの道を、歩く。駅から会社までの道を、歩く。通勤の駅から一駅分離れた駅まで、歩く。正直ちょっと疲れたりもする。けれど、不思議と心地よい気持ちになる。

歩く時間を確保するために、少し早い時間に起きる。7時台の街並みは、車通りも少なく、少し静かだ。朝日が徐々に上がっていくのを、体の表面で浴びる日の角度で文字通り体感していく。少し汗をかくと気持ちがいい。足は疲れているはずなのに、なぜか軽く感じてくる。

歩くことで、景色をみる時間が増えた。電車やバス、タクシーで移動をしていると一瞬で過ぎ去っていく街並みが、歩くとゆっくりと眺めることができる。

歩くと、道がずっとつながっていることを体感できる。東京の春日通りをまっすぐ歩くと、池袋から大塚を過ぎ、後楽園にたどり着く。そこから坂を上り、下ると、上野までたどり着く。池袋と後楽園と上野が、同じ道の上に在るということを理解すると、不思議な気持ちになる。

道はつながっている。当たり前かもしれないが、理論上、国道沿をずっと歩いていけば、その線に沿った街であればどこにでもいくことができる。

自分の生活範囲を離れた土地に訪れると、その土地のことを自分ごととして感じられるようになる。初めて地元を出て訪れた街は、名古屋だった。名古屋の街は、東京に比べ地図が四角い、と感じた覚えがある。

その土地で、友人ができる。そうすると、また訪れる理由ができる。ニュースで名古屋が出れば、ああここか、と思うこともできる。近くに友人がいたな、とも思う。

足を運ぶことで、初めて自分ごとになることもある。この経験は、日本だけに限らない。

初めて行った海外の国はアメリカ。その次はフィリピン。そしてマレーシア。渡航する前は、どこか遠い国のように感じられた。だけど、一度訪れたあとは、友人ができ、顔馴染みができ、好きな場所もできる。

匂いや、喧騒とした車の音だって、今や思い出だ。テレビで見るたびに、ニュースを目にするたびに、自分の隣で起きた出来事のように感じる。そうした親近感を生んでいる源泉は、人であり、街であり、経験であるように思う。

一度訪れた場所のことを近くに感じられるのであれば、もしも世界中の至る所まで隅々に歩けば、全て自分ごとにできるのではないか、とふと思う。

ラッセルは幸福論の中で、自分の内面ではなく、外界に目を向けることが幸福につながることを説いた。外界と触れること。そうすることで、自分自身が拡張される。自分が今いる範囲ではなく、少し広く物事を捉えることができるようになる。

いま、外に出ることを自粛をしなければならない時代にいる。出たくても出れない、とまでは正直なっていないけれど、少なくとも外に出づらい空気がある。仕事も、不要不急であれば家にいるように求められている。

実際、何不自由なく日常を過ごせている。でも、やっぱり生活の範囲が、狭くなった。経験できる範囲が、狭くなった。自分ごととして捉えられる範囲が、狭くなった。

そうなることで、外の世界の出来事が、どこか他人事のように思えてしまう。どんなに感染者が増えても、自分は大丈夫だと思ってしまう。今、苦しんでいる人の顔を思い浮かべることは、私にとって正直難しいことになってしまった気がする。

誰かと、何かとつながっていたい。外の世界を感じていたい。外に出て、景色、匂い、空気、温度、なんでもいい。何かと物理的につながっていることを実感したい。つながりを実感することで、生きてるって感じられる。

歩くことは、一歩一歩つながりを確認することだ。

だから私は、歩く。家から駅までの道を、歩く。駅から会社までの道を、歩く。通勤の駅から一駅分離れた駅まで、歩く。正直ちょっと疲れたりもする。けれど、不思議と心地よい気持ちになる。

歩くことで、道がつながる。街がつながる。誰かとつながる。世界とつながる。そして、自分の範囲が拡張される。

もしかしたら、物理的でなくてもいいかもしれない。バーチャルでもいい。大切なのは、つながることだと思う。外の世界があることを知ることで、いま自分が生きていることを実感する。

つながる道。つながる街。つながる私。誰かと、何かと、どこかとつながることが、こんなにも自分に影響を与えていたのかと、簡単につながれない時代にいるからこそ、繋がりの大切さを感じることができる。

再びつながれるようになったら、何をしようか。あらゆる道を歩きたい。まだみぬ国へ訪れたい。そして、世界に触れたい。そうなる世の中になるまで、今は我慢しよう。

インターネットがある時代。家で何かとつながれないわけれはない。だけど、私は何かと肌でつながっていたい。その時がきたら、とても嬉しい気持ちになるだろう。だから今は、目の前の道に沿って、歩くことにしよう。