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『ラ・カモーラⅠ』|アストル・ピアソラの楽曲を演奏するにあたって その①

アストル・ピアソラ専門の木管四重奏団『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリバンドマスターのぴかりんが、演奏家目線からピアソラの楽曲を考えていきます。
3月17日(水)に大阪梅田のザ・フェニックスホールで開催する第10回定期公演に向けて、しっかりと楽曲を見つめ直していきます。

「ラ・カモーラⅠ」は聴けば聴くほど面白い!

ピアソラの晩年の傑作といえる作品群「ラ・カモーラ(La Camorra)」は「Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」の3曲で構成されています。その中でも特に「Ⅰ」はピアソラの作品の全てを投入したような旋律・進行・構成となっています。

バッハから続く対位法、五度進行による転調、マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンなどジャズ由来のモード、そしてアドリブ、タンゴのリズム。
これを「パッション」という言葉ひと言でまとめるにはあまりにももったいないと思うのです。

聴くたびに発見があって、そして、演奏するたびに発見があります。こんなところにも、あんなところにも、という風に様々な宝物が隠されている。そんな楽曲なのです。

『クレモナ』の演奏に当てはめるならば、一度、それぞれのメンバーひとりに焦点を当てて聴いてみてください。次に別の誰か。そして(例えばその二人を)組み合わせてみたときに、異なる複雑なかたちの歯車が絶妙なバランスを保って噛み合わさって前に進んでいることを体験していただけるのではないでしょうか。

巨匠の横綱相撲だからこそ、初心者から楽しめる!

むしろ『リベルタンゴ』や『オブリビオン』よりもよほど、「はじめまして、ピアソラ。」というピアソラ初心者の人に、音楽をもって彼の作品の魅力を伝えるならば、この曲が最適なのかもしれません。
前述のとおり、ピアソラの全てを内包しているからです。
そして、聴き終わったときにはおそらく「これは、もう一度聴きたい」と強く感じるのではと思います。巨匠の絵画を見たときに、美術館を出て、「あ、もう一度見たいな」と思うように。
そう思ったら、もうその時にはあなたは「ピアソラファン」への道を着実に一歩踏み出すはずです。

実際のところ、この曲が終わるとすぐに「Ⅱ」に進むので、「Ⅰ」の感動というのは押し流されがちかもしれませんが。

ピアソラファンにとっては…聴けば聴くほどピアソラを感じると思います。パリ(ピアソラは)以前の楽曲の危うさはもはやどこにもないですし、『アディオス・ノニーノ』以降の好戦的な雰囲気から、横綱相撲のような余裕感があり、わたしたちはこの音楽に安心して身をゆだねることができるのではないでしょうか。

ピアソラはさまざまな編成を経て、最後にはバンドネオン・ピアノ・ヴァイオリン・エレキギター・コントラバスの五重奏に落ち着きます。このキンテートが一番洗練されていて、ピアソラ自身もこの組み合わせの最良の「響」や「バランス」を知っていたのだと思います。

そのため、この「ラ・カモーラⅠ」は聴けば聴くほど、ピアソラの音楽観のなかに引きずり込まれていくような錯覚を起こします。

どれだけエキサイティングな演奏をしていても決してスリリングではない。『クレモナ』の演奏もそうありたいと思っています。

冒頭部から出すグルーヴは技術的にかなり難しいです。

もはや前奏というよりも、突然本題、というくらいのグルーヴ(音楽のとめどない流れを作るノリのこと)で進んでいきます。楽器を鳴らす前のブレスから、もう「言いたいこと」は始まっています。このためには奏者全員が「音楽を前に進めたい」と思い続けないといけないので、うまく行けば途中の大きなフーガまで一気に前進できます。うまく行かなければ…一小節間しかない2拍子でなんとか次のブロックに進んでファゴットが立て直さないといけません。

dmoll(二短調)の響きの中で展開される「調性のない旋律」

しっかりとした足取りの四拍子から、テンポが遅くなり、ファゴットのメロディに移ります。一応ニ短調の指示がありますが、モードを彷彿させるようなとらえどころのないメロディラインが続き、そのままemoll(ホ短調)に行きつきます。もはや調性は問題ではありません。ファゴットはアドリブのような楽譜ですが、しっかりと他の3人が伴奏を作っています。そのままメロディはソプラノサックス、そしてフルートに受け継がれますが、フルートの中低音域の美しさをぜひ聴いていただきたい!と思います。

『クレモナ』のフーガ(対位法)の面白さはこの曲でお楽しみください。

ファゴットのベースラインから積み重なるフーガですが、ホルン・ソプラノサックス・フルートの順に積みあがっていきます。もうこの時点では4人で演奏しているようには感じられません。それぞれのパーツがそれぞれの共通点として組み合わさったときに、音楽がどんどん盛り上がってきて、一気に世界の見晴らしがよく、そして急き立てられていきます。

オアシスのような部分で。

そんな通過地点の中に突然オアシスが生まれてきます。今まで調性を感じることなんて滅法なかったのに、突然五度の進行が出てきます(ソ→ドファシ/ミラレ)。こうなると和声感のある音楽がいかに安定しているかをわたしたちは改めて感じます。荒々しい砂漠に突如出てきたオアシスのように心が温まるような部分です。ホルンのメロディで、またうすい靄がかかります。音楽がどんどんと移り変わり、確実に前に進んでいることを改めて感じます。

フーガが戻り、そしてファゴットソロ、ソプラノサックスソロ。

また新たなフーガが始まり、ファゴットのソロまで瞬く間に進みます。わたし自身このソロは得意なリズムや音の配列が続いているので、楽しみに演奏しています。最後のソプラノサックスの大ソロでは、みーこのテクニックをふんだんに使っています。その裏で実はわたしたちほかの三人は「pp→p→mf」と吹き方を変化させています。ぜひ、こちらも注目してみてください。

3月17日にはこの曲を一番最初に演奏します

演奏会の始まりは、みんなが緊張するものです。はじめましての人も、いつもの皆さんも、すべてのお客さまを一気にピアソラの音楽に、そして『クレモナ』のステージに引き込みたいと思うのです。
公演のチケットはこちらからお願いいたします。

現在、大阪の各駅にてわたしたちの演奏会のポスターを掲示していただいています!

1月18日時点のわたしの見解です。


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