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この時代にあえて“超長尺”ブランディングをするべき、たったひとつの理由

こんにちは。小巻 仁と申します。今年の4月から今のチームに参加してコピーライターやクリエイティブディレクターをしています。
このチームは“ブランドエンゲージメント”というコンセプトに重点を置いて仕事をしています。そのコンセプトとは

あなたのブランドしか提供できない体験をニュートラルに考える。
それが生み出す顧客とのエンゲージメントが何より強いと知っているから。

というもの。平たく言えば「そのブランドにしかできないコミュニケーションができれば、強いつながりがつくれるんだよ」といったところでしょうか。

このコンセプトにこれまでのお仕事を照らし合わせて、自分なりのブランドエンゲージメントとは何か、と考えてみたのが今回の記事です。


|この短尺時代にあえて“超長尺”

僕はコピーライターを軸に仕事をしてきたつもりですが、振り返るとこれまでの仕事の8割以上はムービーつまりプランナー寄りの仕事でした。
(そういうコピーライターがたまにいます)

そんなCMやムービー多めの仕事を振り返る中で「これはそのブランドにしかできない仕事だったな」と思った印象的なものが2つ思い浮かびました。
それはどちらも10分を超える“超長尺”動画のお仕事です。

このTikTok時代に、バンパー6秒時代に、YouTubeショート縦型時代に、スキップ&スクロール時代(造語)に、10分?と思われるかもしれません。

はい、確かにそうですね。見る気しませんね。でも長尺です。
今回は長尺のお話です。それが僕なりのブランドエンゲージメント手法なのです。
なんですかそれは?なぜそんなことが言えるのでしょうか?

|結論:長尺は”強い軸”があるブランドにしかできない"選ばれし手段"だから


です。
結論を先に言えば、超長尺動画は「ちょっと提案してみよっか」というノリでカンタンにできるものではありません。

他には真似できない、既に確立されたブランドイメージや唯一無二のフィロソフィー、積み上げてきた実績や自信など、どこかにゆるぎない″強い軸”がないと、提案すら成り立たない「選ばれしコミュニケーション」なのです。

なんとかよい切り口を見つけて、スパッと切れのよいコピーやコンテンツに仕立て上げるのが通常のコミュニケーションであるとするなら(普通はこっち)、(苦労して)強い軸を見つけて、濃密なコンテンツに仕上げて、唯一無二のブランド体験にするのが超長尺です。

簡単には見つけられないブランドの軸を粘り強く見つけ出し、誰がどう見てもそれがブランドの強みだと伝わるように仕上げるのは、とても大変な作業です。でもそれができたとき「おお、これがブランドか」という確かな手応えがあります。

では具体的な事例を挙げながら、なぜ普通の短尺よりも超長尺がいいのか、どうやって強い軸を見つけて超長尺動画をつくるのか、をお話していきます。

|ファンの想いを次の世代につなげた“地上波最長CM”

ひとつめの事例はCDとして担当したFINAL FANTASY VII REMAKE(以下FFVII R)というゲームのお仕事です。このゲームは今から26年前の1997年に発売された、シリーズ7作目にして現在も不動の人気を誇る伝説的タイトルのリメイクということで、制作発表時から大きな話題になっていました。

(26年越しのリメイクにファンの期待は最高潮)

「ビッグタイトルらしくド派手な提案をしよう」ということでアイデア出しをスタート。その時点で「7にちなんで地上波最長7分CMなんてどうだろう」という超長尺の種になるアイデアが営業から出たりして、長尺の提案を念頭に置いて企画作業が進行していきました。

いろいろ正解を探りながら考えていく中で、当時全盛だったバイラルムービー的なおもしろ系や、開発者が出てくる裏話モノ、生配信CMや、タレントを複数使う超豪華なコミュニケーションなど、たくさんのアイデアを出しましたが、7分ももたせられるようなコンテンツはどれも成立できず企画作業は難航。ちょっとしたアイデアでは7分もの超長尺はつくれなかったのです。

アイデアが四散してブレていく中で、とにかく絶対にやらなくてはいけないことを決めなくては、ということになりました。FFVIIというブランドのことを皆が真剣に考え直した結果「やはり97年当時、社会現象にもなっていたファンの盛り上がりこそFFVIIが持つ一番の資産だ。これを一番大切にするべき」という大事なことに改めて気づきました。
(思い返せばこの時がブランドの″強い軸”にたどり着いた瞬間でした。)

当時のファンの熱い想いは今もまったく冷めておらず、リメイクに誰もが期待を寄せていました。その反面、それを知らない若い世代がこのゲームを手に取ってくれるか、というのがリメイク作品の大きな課題だったのです。

このブランドだけの本当の歴史と現在を、奇をてらわずにとことんリアルに描いてみよう。

ということでブランドの強い軸をもとに、アイデアの方向性が決まりました。
通常の企画作業とは趣向を変え、CMプランナーよりも長尺が得意で、かつ世代ごとの心情をきっちり描けるドラマの監督とタッグを組みました。プレゼンも通常の企画コンテではなく、挿絵入りのストーリーコンテをつくって臨みました。

(提案コンテ抜粋:ストーリーと想像の余白を残す挿絵で構成)

この提案に、クライアントの皆さんもかなり前のめりに乗ってきてくれました。当時のファンを熟知した意見や、セリフやタレントのイメージ、攻略本などの小物に至るまで、細かいアイデアをたくさん出してくれました。

脚本は何度も書き換えが必要になり、かなり大きな修正もたびたびありましたが、その中で気をつけたことはただ1つ。とにかく“ユーザーの想いを絶対に裏切らない”という最初に気づいた強い軸をブラさないこと、それだけです。

(脚本抜粋:撮影直前まで推敲を続けること全17稿)

それに注意しながらお互いのアイデアをなるべく否定せずに飛ばし合うことで、ブランド側とユーザー側の双方が納得する脚本ができあがり、撮影も無事に成功しました。

“7分CM”の予定がまさかの

撮影素材をつないでみた監督から驚きの連絡をもらったのはその後で、7分どころか14分の超大作が出来上がっていたのです。ユーザーの想いをしっかり次の世代につなげる物語にするためには、テンポよく削っていくよりも“しっかり見せる尺”が必要だったのです。

(”地上波最長7分CM”のクライマックスシーンより)

最終的に「地上波最長7分CM」は予定通り完成し、24時間テレビで1回きりのオンエアをしました。さらにCMオンエア後にweb限定で14分の完全版も公開することになりました。(TVCMはわざわざ録画してくれた視聴者さんもいたそうで、ビッグタイトルにふさわしい話題化に成功しました。完全版は翌年のACCでブロンズ賞を受賞することができました)

© SQUARE ENIX 
CHARACTER DESIGN: TETSUYA NOMURA / ROBERTO FERRARI
LOGO ILLUSTRATION:© YOSHITAKA AMANO


このお仕事は7分という通常ではありえない長尺を出発点にしていましたが、そのおかげで大事なことが2つ分かりました。
ひとつはそのブランドにかなり強固な軸がないと長尺は成立しない。
ということ。
もうひとつは語るべき強い軸がある場合は、削りすぎると逆にもったいないものになってしまう。つまり中途半端な長尺はイマイチになる。
ということです。

初めて10分を超える超長尺を制作したことで、かなり特殊かつ唯一無二のコミュニケーションができました(めちゃ大変でしたが)。ファンの想いがブランドの″強い軸”となって、世代を超えた深いつながりをつくれたという手ごたえがありました。

もうひとつはまったく異なる“強い軸”が見つかった事例です。

|さまざまな部署の想いをひとつにした自社ブランドストーリー

こちらは大鵬薬品のPRムービー、いわゆる会社紹介ムービーの案件です。この仕事は競合コンペがスタートで、ずっと使い続けている会社紹介のムービーを刷新したい、というオリエン内容でした。

(大鵬薬品コミュニケーション・スローガン)

大鵬薬品は栄養ドリンクのイメージが一般的かもしれませんが、古くから経口抗がん剤のパイオニアとして地位を築いてきた歴史があります。そのチャレンジングな歴史や中核技術、最新の研究や、投資活動など、さまざまなユニークさをひとつの動画に組み上げていく作業でした。

大鵬薬品にしかできないブランドムービーをつくるべく、社内外で医療に詳しいチームを結成し、1から勉強して臨みました。

研究所ヒアリングで実感したブランドの想い

チームで勉強し、クライアントの技術担当の方にもヒアリングをして何とか長尺のストーリーをつくり、プレは獲得することができました。しかし大鵬薬品の中核となる「システイノミクス創薬」という技術はとても難解で、研究所に再度詳細なヒアリングをさせてもらうことになりました。

研究所のご担当者はとても良い方で、分かりやすい技術の説明はもちろん、物腰は柔らかく、でも確かな熱を帯びた口調が印象的で、がん研究への想いや、その技術に舵を切った当時の役員の英断、現在の国際的な地位を築くに至った経緯など、いろいろなことを語っていただきました。

(システイノミクス創薬:難しい技術を分かりやすく解説)

このヒアリングをきっかけに、ぼんやりとしていた大鵬薬品らしさの正体のようなものが掴めた気がしました。それは自分たちがやってきたことに対する“信念と誇り”です。

言葉は月並みですが、独自路線をブレずに進み続けてきた人たちだけが語れる、ゆるぎない落ち着きのようなものからそれを感じました。FFVII Rの時にファンの熱狂を軸にした時と同じような“これは強い軸になりそう”という感覚がありました。

それ以降も投資部門など各所のヒアリングや要素の入れ込みなどを進めていきましたが、どの部署も本当に、がんから人々を救う未来を見据えている迷いのなさが、共通の強い想いだなと感じました。

想いを軸にストーリーを組み上げていく


難しい技術の話を含むので、分かりやすく親しみやすいCGアニメーションの手法をとり、はじめは長くならないようにストーリーを練っていました。しかしこの”強い想い”が軸になると気づいてからは、なるべく端折らないストーリーにした方がきっとうまくいく。途中からそう思いながら脚本やアニメーションを詰めていきました。

(親しみやすく感情移入できるトンマナを追求)

その考え方はクライアントの皆さんも共通に思っていたところで、分かりやすく短くするのではなく、ちゃんと言いたいことをすべて物語に込めて伝わるように。と社内の全員が納得できるムービーを目指して進めた結果、こちらも当初の予想を超える、10分強という超長尺のムービーができあがりました。

ムービーは、大鵬薬品の設立時に資本参加した企業などが集まる会議で、初お披露目となりました。とても好評を得ることができたそうで、多言語翻訳やショート版などへ制作が進んでいます。

(ラストシーンより)

|うまくいく長尺のポイント

以上2つの事例を挙げてきましたが、成功する長尺に共通することは

①ブランドの″強い軸”を見つけること
②みんなの想いを組み入れられるストーリーを練ること
③中途半端に端折らずに想いを伝えきること

というようなことかと思います。
思いつきの突飛なアイデアでは長いストーリーが組み上げられませんし、本当に伝えるべきものが詰まってきた場合、ヘンに尺を意識しない方がうまくいきます。

一番重要かつ大変なのは①をちゃんと見つけることです。とにかくアイデアを考える中でたどり着くこともあれば、偶然のきっかけで確信を得ることもあります。これができた時点で長尺コミュニケーションがうまくいく可能性はかなり高まります。(あとは本当に長尺がお買い上げになるか、これも制作者にとってはもうひとつの大きなハードルになりますが…)

さらに②のストーリーやナレーションを組み上げる技術も必要になってきます。
FFVII Rの時は監督に依頼する前に、ブラしてはいけない大きなストーリーの骨となる簡易プロットを作成して、何度も打ち合わせをして脚本を組み上げていきました(毎回FF談義の終わらない楽しい時間でした)。長尺はとにかく修正が入りまくるのが特徴なので、最初にブレない太いストーリーを意識することが重要です。
大鵬薬品の場合も、あまり細かい心情や描写ではなく、俯瞰で見て大筋がブレにくいストーリーを意識しました。
超長尺の手法に決まった正解はなく、そのブランドの軸によって最適な手法をその都度見つけていくしかありません。
僕の場合は、若手時代の仕事でアニメや特撮モノの脚本をたくさん読む機会があったことや、CMの仕事でも「自分はコピーライターだから」というヘンな意地でナレーションに力を入れて取り組んでいたことが、今になって技術的な下積みとして長尺の仕事に活きているのかもしれません。が、ここはまだまだ探求中です。

|再・結論:この時代に選ばれし手段“超長尺”に挑もう


最近は短尺でサクサク気軽に消費されるコンテンツが主流となり、それを求められているところに、いきなり長尺の提案を持ち込むのは得策とは言えません。

ですが、ブランドに”強い軸”があることに気づくこと、それが長尺コミュニケーションの正体です。それが唯一無二のエンゲージメントのチャンスであることは事実です。

スピーディな認知や理解が求められるのが短尺だとすれば、そういうセオリーや常識をぶっ飛ばして“何が自分たちらしい語り方か”というところから“らしさ全開”でいけるのが超長尺の強みです。

(FF7Rの場合「世代を超えたファンの想い」で魅せることが“らしさ”であり、大鵬薬品の場合は「真面目でユニークな”企業に根づく想い”」を余さず語り切るところが“らしさ”でした)

強い軸を見つけることも、長尺に踏み切ることも、最後までつくりきることもすべてが本当に大変です。どんなブランドにもサクッと応用できるものでもありません。
その代わり、できた時には絶対に真似することができない深いブランドエンゲージメントができる。それが超長尺の強さであり魅力です。

なんか最近似たような切り口の提案が多いな、と思ってきたら。思い切って振り切る手段のひとつとして、超長尺ブランドエンゲージメントはどうでしょうか?

(イケてるエスカレーターにて)

小巻 仁 Komaki JIN 
コピーライター/クリエイティブディレクター
2006年ADK入社。3年間営業マンをやってからクリエイティブに転局。
コピーライターに軸足を置きつつ、いろいろなクリエイティブに挑戦中。
趣味は読書とかゲーム(積読積みゲーまみれ)