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それでも続くよどこまでも
感動的な瞬間や歴史的な1日、絶望するタイミングは誰にでもある。
ただ、そこでは決して終わらない。映画なら、そこでは幕を閉じても、子供が生まれたなら、次はオムツや食事の問題と向き合う必要があるし、人を殺してしまったのなら、捕まったり、裁判の瞬間にスポットがあたるけれど以降、罪を償い、その事実と向き合い続けるほかない訳だ。
例えは極端だけど、卒業式でどんなにドラマチックに悲しく泣いたって、次の日
「分かったこと」は分かるのか
「分かりました?」と聞くことは多いし、聞かれることはもっと多い。自分自身が相手に対して、きちんと伝えられているのかという確認するために聞いていたし、バイトで家庭教師をしていたなんかは、しょっちゅう聞いていた気がする。一方で、聞かれることも当然あった。お互い、なにか伝えたいことがあって、それを相手に思うように伝わったかどうか知りたい、という意図だと思うけれど、散々聞いてきたくせに、自分のこのことと
もっとみる残る物語と残らない物語と
むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは・・・なんて続いていくのはよくあるやつで、ああアレね、と聞いている側には分かる。桃が流れてきて、鬼を倒しに行くやつだ。誰もが知っているはずだけど、どうしてこの話はみんなが知っているんだろう。
いや、むしろ、「むかしむかし」から、今に至るまで、数えきれないほどの物語が人々の中で語り続けられてきて、本屋に限らず、ネットを探
「誤解を恐れずに」を添えるとき
誤解を恐れずにいうと、というフレーズがあるけれど、すごく迂遠な言い回しだ。誤解を恐れていないのであれば、そもそもつける必要はないし、誤解を恐れているのであれば、発言しないほうが良い。
でも、全く意味のない言い回しなのかというと、別にそうでもない。「誰もが正しく理解してくれるとは思えないけれど、一定程度の人にはきちんと伝わるはずだと感じている。だから、今から私が発言することをよく考えてほしい」