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リスキリングという新たな市場は魅力的か?


こと大企業において、今後リスキリング (reskilling)の重要性がますます認識され、そして資本投下対象となりそうです。つまりコンサルティングファームやスタートアップにとっては次なる市場成長になるかもしれません。本稿では、成長するであろうリスキリング市場は十分に魅力的かどうかを考えてまみす。

まず、リスキリングとは

リスキリングとは、仕事上で必要な技能を獲得するための学び直しのことです。これまでも多くの企業で行われてきた年次・職位別研修は、基礎的なマナー・論理的思考・会計などが主な学習対象だったのに対して、リスキリングは、デジタルツール・データの活用法やアジャイルチームの運営法、または特定機能の専門知識 (e.g.,製造、SCM、マーケティング、営業管理等)が主な学習対象とされています。リスキリングは最近は新聞紙面でも見かける言葉になってきました。

リスキリングへの注目が高まる背景

ではなぜ近年、リスキリングという新たな言葉が登場し、そして重要視されつつあるのか。その理由はおよそ次の点にありそうです。

1. DXの流行

まだ多くの企業でDXは、DXという名目でのSaaSを使ったBPRなど…つまり単なるIT化やレガシーな基幹システムの刷新にとどまっていますが、同時に(簡易な)システムの内製化や、各部門でデジタルツールの活用を前提としたビジネスの再構築の必要性がすでに謳われています。伝統的な大企業がこの変革を成し遂げるためには、社員のITリテラシーおよびITツールへの習熟が必要となります。

経産省の「デジタル時代の人材政策に関する検討会」でリクルートワークス研究所から報告されている資料は、DXの推進のためにリスキリングが必要であると明確に提案しています(文献1; 下画像)。

リスキリング_1

また、コンサルティングファーム各社が発表しているDXレポートにも、DXを成功させるための要素として、リスキリング・人材への投資が挙げられています。(文献2-4; 下画像は文献3)

リスキリング_2

2. メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ

これも近年、日本企業の成長の限界を打破するための方策として議論されていますね。メンバーシップ型雇用とは、職務・業務を指定せずに一括採用し、その後のキャリアは会社の采配で決めるような従来の日本型雇用制度です。一方、ジョブ型雇用とは募集する職務等を指定し、その要件にあった人材を採用する (社内異動の際も、いわゆる旧来の社内公募のような形でマッチングするプロセスを踏む)制度のことです(文献5, 6)。

企業がジョブ型雇用を導入する際の第一ステップは全ての役割の職務分掌を明確化することですが、次に来るステップは採用・社内異動・リスキリング制度の整備になります。

ジョブ型雇用のもとでは、例えばマーケティング担当が人事部の一存で物流部署に異動し、物流業務はOJTで学ぶ…ということは少なくなり、専門性の異なる部署移動の際は、専門性を身に着けさせる教育機会を提供することが企業側により求められるようになります。

3. アジャイルトランスフォーメーションの流行

日本ではあまり聞かない言葉ですが、実は海外ではアジャイルトランスフォーメーションという経営改革手法が現在ブームとなっています。これは、ソフトウェア開発分野で一般化したアジャイルという概念およびスクラムなどの手法論を企業全体の経営にも活用しようという試みです。官僚的組織から脱却し、変化の速い時代に生き残れる組織へ変革することを主眼としています。

アジャイルトランスフォーメーションの世界的な流行は、去年以降MBB(マッキンゼー・BCG・ベイン)が相次いで日本語での論考を出していることからもわかります (文献7-10)。

ちなみにベインが最近出版した本では、BCGとマッキンゼーが支援したとされる某オランダ企業をアジャイル変革の失敗事例として冒頭で紹介するという、なかなか味のあるポジショントークが展開されていました笑(文献10)。

リスキリング市場の今後の見立てと魅力度

今はまだ浸透期

今は、リスキリングという言葉を浸透させ重要性を社会に認知してもらうために、リスキリングは重要だよ!という記事を、それを仕掛けたい企業…リクルート、電通などが出しているフェーズです(文献11)。

今後ウェブ講座が乱立しそう

そして重要性が認知されだすと、雨後の筍のように『DX人材育成コース』というオンラインコースを提供する会社が増えるでしょう。

リスキリングはデジタルスキルの低い社員になんとかして最新ツールを活用してもらったり、IT・システム関連の議論についてきてもらうことが当面の目的になるので、広く浅く、システムアーキテクチャ(特に基幹システムまわり)、データ整備と活用、プログラミング、ネットワーク、リスク、開発手法の概念(Agile, DevOps, etc.)、ノーコードツールの活用などなどをトピックス的に紹介するようなコンテンツ (total 20hr) 位が妥当なラインになるでしょう。海外だと(米) edX, Alison, Coursera, (独) University4Industry あたりに該当するかと。言語の壁のおかげで海外のビデオコンテンツをそのまま使う企業は少ないため、日本語で同様の内容を提供する中小企業 (スタートアップ)が今後いろいろと参入してくるでしょう。

この領域には、現在はビジネス・ブレークスルー、グロービス、Schoo、Udemyなどのビジネス系のウェブ講座に加え、N予備校プログラミング講座、DMM WEBCAMPなどのプログラミング系のウェブ講座が存在します。もちろんnot exhaustiveです。こちらも最近、日経から記事も出てますね。

★ 人材育成コースの提供…市場 (大), 競合 (多):過当競争で大変そう

大企業が自社で教育コンテンツを作り始める

海外ではちょいちょい事例が出てきています。単なる問題解決トレーニングのような基礎コンテンツではなく、それこそDX的コンテンツや、生産管理・マーケなどの専門知識を体系的に教え込むためのコンテンツを自社で用意するという事例です。日本で有名な例では、日立グループは日立アカデミーを持っています。営業部門に限って言えば、SalesforceのmyTrailheadを導入し、既にコンテンツを手作りしている企業も少なからずあるかもしれません。企業体力のある他の企業も、自社に即したコンテンツの整備を始める可能性は十分にあります。動画作成コストが格段に下がりましたからね。

コンサルティングファームがDXを前提とした組織の設計や人事制度設計と絡めてリスキリング用のコンテンツ整備をサポート、というパッケージを提案するのが盛んになりそうです。

★ 自社コンテンツ作成支援…市場 (小), 競合 (少):サービスの型ができれば食っていけそう

企業がリスキリング講座の費用対効果を気にし始め、効果測定ソリューションが登場する

リスキリング講座が雨後の筍のように増えると何が起こるか。経営者としては、投資はしたが効果があったかどうかわからない、という状況に悩まされるようになるはずです。効果測定はコース修了時のテストや満足度調査ではなく、実際の業務にどの程度活かせるか、がポイントですがこれを測るのはなかなか難しい。そしてこの部分にこそ、まだコモディティ化していないノウハウがあります。そこで…

効果測定ソリューション案1

受講者がちゃんと知識を学んだかを試す外部試験は経営者(効果測定をする必要がある人事部)にとっては簡単ですし大したコストもかけずにやれます。テストのレベル感としては、例えばDXであれば「より専門的な外部ベンダーを使って業務を遂行する際に、活動内容を理解し技術的に妥当な、あるいはビジネス上筋が悪くない指示が出せるレベル」の知識の有無を測れるようなものです。中小企業診断士の試験っぽく選択肢とビジネスケースに対する自由回答を組み合わせるテストが適していそうです。

これは結構示唆的で、さっさと幅広いリスキル分野に対応できる認証団体を作るのが良いかもしれません。AIが浸透した2017年に日本ディープラーニング協会が設立されG検定を始めたように。検定ビジネスですね。

効果測定ソリューション案 2

リスキル人材には自主研究として、社内他部署の業務内容をヒアリングさせ、改善に向けたレポートを書かせてみるのも一案です。これは、中小企業診断士の二次試験を地で行くようなイメージです。そして、そのレポートの内容をメンターあるいはコンサルに委託して点数付けさせる。こうすることで、実際の業務に活かせるスキル(少なくとも視点)をどの程度獲得しているかわかりますし、いいアイデアは実際の業務改善にもつながります。

ただし、このようなスキル測定では受講者個人の能力を測っているのか、受講したプログラムの効果を図っているか、単純にはわからないため、ABテストの要領で複数のリスキリングプログラムを異なるグループに対して受講させ、受講者の成績を統計的に分析する必要があります。

この効果測定をコンサルなどがサービスとして提供するのはコンサルの内部コストに見合わないように思います。コンサルティングファームがやる場合は、何社かで人材育成コースの導入を手伝いつつ、市場に存在するコースの格付け表を作った方が早そうです。

★ 効果測定ソリューション…市場 (中), 競合 (少):検定ビジネスは一社総取り


こう考えてみると、リスキリング市場というのは規模的には拡大しそうで魅力的ですが、その需要の多くはコンテンツビジネスに流れるため、人を張ってなんぼの経営コンサルティングファームにとってはうまみを見出しにくい市場になりそうです。

参考文献 (web ページ)

1. リスキリングとは DX時代の人材戦略と世界の潮流 (METI, リクルートワークス研究所)
2. 業種別・企業規模別のDXの状況と課題が明らかに 〜DXサーベイの調査・分析結果から見る日本企業の現状 (アクセンチュア)
3. デジタル革命の本質: 日本のリーダーへのメッセージ (マッキンゼー)
4. デジタルトランスフォーメーションに関するグローバル調査 (BCG)
5. 日本の雇用システムの再構築:総論 (RIETI)
6. ジョブ型雇用の誤解を解きほぐす (RIETI)
7. スピード感ある組織: 日本企業がアジャイルを活用して組織変革を成功させるには (マッキンゼー)
8. アジャイル化の実現に向けた2つの道筋: 2社の通信事業者が用いた組織変革の手法とは (マッキンゼー)
9. アジャイルで経営を変える (BCG)
10. 書籍『AX(アジャイル・トランスフォーメーション)戦略 :次世代型現場力の創造』(ベイン)
11. “DX騒ぎ”に隠された、既存人材リスキリング(能力再開発)の重要性 (電通)