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童心にはトラウマ?な大海赫・作『メキメキえんぴつ』

『あのとき、この本』を発端とする絵本開拓の一環。

本の情報

作者: 大海赫
タイトル: メキメキえんぴつ
発刊年: 1976年
作者のプロフィール: 1931年東京生まれの児童文学作家。早稲田大学第一文学部仏文研究科卒業後は、大家の縁から学習塾を経営。教え子たちのリクエストがきっかけで童話を書く事に。芥川龍之介とスウィフトをルーツとし、人間心理の暗部をフォーカスした作品が多い。作者自らイラストも兼任している。

概要

お化け、大地震、飢饉、戦争に脅かされないのんびりとした日常では、こわーいものは本当になくなったのでしょうか?「━わたしには、そう思えません。いや、こわーいものは案外私たちのそばにいて、襲い掛かると気をじーっとまっているのかもしれません」

本書はデビュー作『あなたのエラサはなんポッチ?』や代表作『メキメキえんぴつ』を含む全5篇を収録している。マイナーな作風と挿絵で「幻の童話作家」と呼ばれ、「賞には縁がない」と語っていたが、本書が28年ぶりに復刊された2005年には日本児童文芸家協会より児童文化功労賞を受賞した。

各エピソードのレビュー

1.メキメキえんぴつ

塾に通いつつ成績が伸び悩む少年が女の人にもらったのは、不思議なメキメキえんぴつ。言葉は発しないが自ら紙に書くことで、「えんぴつをかじるな!」「えんぴつのしんをとがらせろ!」「いっしょうけんめいべんきょうしろ」、ついには「いうことをきかないとさしころすぞ!」と彼を脅迫することで改心させる。

大人が読めば教訓的な話に見えても、子供が読めば世間一般の価値観を押し付けられる不条理と捉えられるかもしれない。"ちっぽけな知恵・才能を鼻にかける愚かな人間”を軽蔑する作者はそんな大人たちよりも少年の側に立っていそうだ。そして現代の義務教育も多かれ少なかれ無言のメキメキえんぴつなのだ。だからこそ、この話はホラーとして未だ普遍的なものがある。

2.チョコリッキー

父親の"立派なお医者さん"というスタータスが重荷の少年が、花壇に咲いたカンナをちぎって捨てている。そこに突如現れた耳の変に大きい男が『チョコリッキー』を食べさせて、彼を大人のお医者さんにしてしまう。彼を待ち受けていたのはかつての知人が知人でなくなる完全な孤独であった。

女の子とお医者さんごっこをすれば”へんないたずら”、先生は彼を糾弾して顧みない。"ぼく、おとななんかじゃないよ!"も通用しない。本人が当然のように権威を行使する「人間」「医者」「先生」といった社会的地位が風刺されている。不可逆なオチも容赦がない。

3.アップルパイのつくりかた

誕生日を迎えるお母さんのためにアップルパイを作りたいナスオが、友達のマメコに相談して、指標となる最適な硬さの"耳たぶ"を探すというもの。戦後の話に比べたら数段マイルドな話だろうが、子供の真剣な質問に対して質の悪い冗談を吹き込む大人は風刺対称かもしれない。

逆に彼らの頼みに押されて、ゴリラとの接触を許すという、子供にとっては寛大で、大人にとっては問題ありな従業員も登場する。耳たぶを触る行為が、やる側にとっては些細なことでも、やられる側がそうと受け取るとは限らない。

4.トーセンボー


取り壊し予定の廃ビルから抜け出てきた大男たち"トーセンボー”が、通りかかる街の住民にトーセンボーする。秘密を知っているのはアユムひとりで、関係が一蓮托生なので彼は脅迫できるがされている状態でもある。理由や信憑性がハッキリしない不穏さが求心力。

無理矢理通ろうとする住民たち、「このビルをぜったいにこわさないとやくそくしろ!」というトーセンボーの言い分に聞く耳を持たない警官隊、プレゼントの魅力に屈して彼らの秘密を漏らすアユム、人間の利己性が全編にわたってぎっしり描かれている。

脅迫や暴力を手段に用いるトーセンボーのやり口だって身勝手だろう。だからこそ救いのないエンディングは作中最も強烈に映る。星新一に引けを取らない作品だと思う。

5.あなたのエラサはなんポッチ?

ロクロ―なるお化けが扮した"エラサ計"で、少年や動物たちが続々とエラサを計るというもの。単位が"ポッチ"という響きから人を食ったイメージが先行するが、これは"乗る者の謙虚さ"を計っていた。動物たちは擬人化の"手法"以上に擬人化された"存在"と言えそうだ。

『どんなエライ人でも、自分のエラサを冷たく評価できない者は、蛆虫にも劣ります』という、地上のエラサの指標に真っ向から疑問を叩きつけた"会心のデビュー作"。

全体としての感想

絵本紹介がきっかけで作者の本を初めて手に取ったが、体裁が絵本というより普通の児童書という意味で、『あのとき、この本』で取り上げられた絵本の中で最も異色ともいえる。

しかし、イラストが表現上極めて重要なパーツなのも確か。子供にしても動物にしても一般的な"かわいい"とは対極的なデザインはすこぶる強烈で、読み手次第では不条理なストーリー性と相まってトラウマじみた余韻すら残すかもしれない。

彼が最も敬服している人に芥川龍之介やスウィフトを挙げているが、文章よりもイラストを見ている方がよく伝わってくる。筆に勢いが乗った1970年代のエッセンスが凝縮された代表作の一つだろう。

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