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SS『ひまわり畑で追いかけて』

君を殺すのはひまわり畑がいいと思った。

だから、僕は君があの日道端に死んでいた鳥を埋めた場所に沢山ひまわりを植えた。毎年毎年、水やりをして、一際大きなひまわり畑を作っている。

今日もひまわりたちの様子を見に来た。君を殺すのは2年後だ。早く来て欲しいと思うけれど、このひまわり達はその後も咲き続けてくれるのか不安であった。僕の身長を超し、君がここに来たら見えなくなってしまうだろう。

街から外れた丘に広がる黄色は僕の愛の形だ。君が生まれた時から僕は君を愛している。ずっとずっと、隣にいた。揺れるひまわりは少し恐ろしくて、僕すらも飲み込んでしまうだろう。もう飲み込まれているのかもしれない。でも、この世界に僕が居られたのはこのひまわりを育てるという義務があったからだ。

黄色が君を包む日を楽しみにしていた。
初めて植えたのは10年前だ。君の余命が宣告されたあの日、君はひまわり畑が見たいと言った。馬鹿なこと言ってるんじゃない、と怒ったこともあった。でも全ては無駄な事だ。死ぬのならその時少しだけでも幸せになれるようにしなければ。

僕は今日君を殺す。

空は水色から青に変わり、宇宙を感じさせる。雲は僕らのことなど知ることも無く、自分の居場所を主張していた。車椅子を押しながらたわいのない話をする。

この石垣昔あいつが壊したよな。

ここの水すっごく綺麗だよね、藻が流れるの見るの好きなんだ。

あそこのお地蔵さんあんなにちっちゃかった?もっと怖いもののように思えたのにねぇ。

君との会話はいつでも楽しかった。見てる世界が違うことがわかって、共有してくれることに感謝を覚えた。昔は君の言葉が理解できなくて悲しませてしまったけど、僕は君が綺麗だと言うのならそれでよかったし、君が怖いと言うなら守ろうと思っている。

君の言葉は僕を生かしてくれた。

あの蝶々が飛び回ることで世界が変わるというのなら、僕の人生を変えたのは明らかに君だった。君以外は変えることのできない人生を歩めたことを僕は幸せに思う。

大好きだった。

丘の上まで君の体重を感じながら車椅子を押し続ける。僕らから少し離れた後ろにはお医者さんが居てくれる。息子も娘もその孫も僕らをただ見つめてくれている。僕は君とこの空間を作れたことが嬉しくて、少しだけ涙を流した。君は前を向いているから気づかない。

大好きだった。

髪のなくなった首筋も綺麗で、華奢な肩がよりいっそう華奢になってて抱きしめたくなった。でも、早くあの場所まで連れていかなければ。風が僕らの頬を撫でる。生暖かくて気持ちの良いものじゃない。だけど、この風こそ僕らの人生だ。

開けた場所に出た。やっと、君にこの場所を見せてあげれる。

大好きなの。

君がそう言ったひまわりは僕らに向いて黄色を主張している。僕らはここにいると。君のくぼんでしまった目が潤むのがわかった。僕は地面に膝を着いて、君のヨボヨボの手を握った。まだ熱を持っている。それが嬉しかった。

一秒一秒君のことを記憶に刻み込みたかった。なのに、涙が溢れて止まらない。脈が弱くなる。菜穂子と呼んでも僕の名前はもう呼んでくれない。車椅子の中で小さくなる君は、もうどこか遠いところを見ていた。

「大好きだ」

君に一番言いたい言葉を捧ぐ。君はハッとした顔をして、僕を見た。僕を真っ直ぐ見た。

「賢司、私も」

ひまわり畑の真ん中で、僕は君を殺した。大好きだという言葉で君はあの世に旅立った。君は僕を殺した。殺してくれてありがとう。

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