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もうそんなにいいかなーと思ってたんだけど、カラピンチャに行ってみて、また巡るのもいいかなーと思いました。
またはじめる、ということ
最近、またたばこを喫うようになった。10年ぶりくらい?の再開。
きっかけは、ここ最近よく遊ぶ友達が喫っていて、一緒にいる時に「もらいたばこ」をするようになり、そのままずるずるとなんとなく。
たばこを喫うひとと一緒に過ごしていると、いつもの行動の中に「たばこのための時間・場所」を組み込む必要が出てくる。
わたしは以前の経験があったのでだいたいはわかっている。でも、その少しの時間感覚
よんだり、よまれたり。
わたしは今、本を読んでいない(このnoteを書いているからね)。では、なんなのか、と言うと、今はたぶん本が、わたしを読んでいる時間なのだ、と思ったことについて。
物語やお話、小説、そういうものを読んでいるとき、お話の中で「次の日」と出てくると、わたしも読むのを次の日までのばしたり、そういうことをよくしていた。今でもおもしろい本を読んでいるときには、そうする。
友だちに聞いてみると、「先
翼をたたんで風に乗る
ある晴れた冬の日。わたしはゾウを見ていた。初めて来た動物園だけれど、とても広くて気持ちがいい。そろそろ次に行こうか、と歩き出したとき、黒いかたまりが、コンクリートでできた低い建物の中に吸い込まれて行くのが見えた。
カラスだ。低空飛行で建物に入って行ったらしい。でもあんなスピードで?何処かに通り抜けられるんだろうか。わたしは誘われるように後を追ってその建物に入った。
中に入ると、そこはと
それは突然やってくる
テレビをやめてから、もう数年が経つ。はじめは耳さびしくて、ラジオをつけたり音楽をかけたりしていた。でも本を読むのに邪魔になってしまってから、わたしの部屋では無音の時間がとても多くなった。
ひとくちに無音と言っても、ほんとうになんの音もしないはずはなく、世界は色んな音がして、とてもおもしろい。車が通り過ぎる音、鳥や虫の声、風で植物がざわめく音、だれかの足音。
そんな中でもわたしがいつも、
おもしろい映画を観終わったときの、じぶんの顔ってけっこう好きだな、と思う。映画はわたしを通り抜けて、どこかへ行ってしまった。またね。
「よくわからないもの」をそのまま受けとめて、尊重できるひとっていいなあーと思う。なるべくじぶんも、そうでありたい。