翼をたたんで風に乗る

ある晴れた冬の日。わたしはゾウを見ていた。初めて来た動物園だけれど、とても広くて気持ちがいい。そろそろ次に行こうか、と歩き出したとき、黒いかたまりが、コンクリートでできた低い建物の中に吸い込まれて行くのが見えた。

カラスだ。低空飛行で建物に入って行ったらしい。でもあんなスピードで?何処かに通り抜けられるんだろうか。わたしは誘われるように後を追ってその建物に入った。

中に入ると、そこはとても暗かった。トンネルのようになっている。木々の葉ずれの音や、小さな子どもたちの声が遠ざかってゆく。まだ午後いちばんの陽射しで外が明るかったせいか、目が慣れるまでに時間がかかる。一歩踏み出すとわたしの足音が反響する。ここはどこなんだろう。ほんとうにカラスはこの奥にいるのだろうか?ちょっと緊張してきた。わたしは、暗さと反響する足音のせいで、夢の中に入っていくような気分だった。

急に視界が開けた。明るい。大きな部屋だ。足元から下半身の高さくらいまでの分厚いコンクリートの壁で仕切られていて、奥には行けない。その向こうに細身の人間がひとり通ることができるくらいの間隔で黒い金属の棒が横一列に立っている。棒の向こうに干し草がふわっと積まれているのが見える。わたしはほっとして、思わずため息をついた。そこは、なんてことない、ただのゾウ舎だった。

晴れた日中なので、ゾウはみんな外にいるのだろう。わたしは檻に近づいた。すると突然、干し草の真ん中からばさっと音がして、カラスが飛び出してきたのだった。

カラスは干し草の真ん中から飛び立ち、慣れた様子で棒の隙間をするっと抜け、わたしが入って来たのとは反対側の通路から、あっという間に外に飛んで行ってしまった。

わたしはびっくりして、しばらくカラスが出て行った通路を見ていた。

翼を広げると、きっと檻の隙間は通ることが出来ない。鳥は飛び立つときには翼を広げるものだと思っていたけれど、違うんだ。手品を見た時みたいに、頭の片隅にぷわっと不思議な色の泡が浮かんだ。

ひとりになりたくてここに来たのだろうか。お気に入りの場所かもしれない。檻の中にゾウがいる日も遊びに来るのだろうか。ゾウとカラスってどんな話をするんだろう。

なんだか邪魔をしてしまったみたいで申しわけないけど、たしかにここは落ち着く感じがする。いいところ、教えてもらっちゃったなあ、と思いながらせっかくなので、ひと休みしてから、わたしはその場所を後にした。

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