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”やらねばならない”のみだと燃え尽きる⁉  ー『職務要求、職務資源、バーンアウトとエンゲージメントの関係』

こんにちは、紀藤です。本記事にお越しくださり、ありがとうございます。
さて、本日ご紹介の論文は、「職務要求-資源モデル(JD-Rモデル)」と呼ばれる理論についてです。

「強みの活用」の論文でも頻繁に登場するこの理論は、ぜひ抑えておきたいと思いました。2004年発表のJD-Rモデル初期の論文(14000以上の引用がされている良論文!)を読み解いてまいりましょう。納得度が高く、興味深い内容でした。

<ご紹介の論文>
『職務要求、職務資源、それらとバーンアウトとエンゲージメントの関係:多標本研究』
Schaufeli, Wilmar B., and Arnold B. Bakker. 2004. “Job Demands, Job Resources, and Their Relationship with Burnout and Engagement: A Multi‐sample Study.” Journal of Organizational Behavior 25 (3): 293–315.


10秒でわかる論文のポイント

  • バーンアウト(燃え尽き症候群)と、ワークエンゲージメントという概念がある。この両者を予測するものが「職務要求と職務資源」である。

  • 本研究では4つの職業グループ(合計1698名)を対象にそれらの関係を調査した。

  • 結果、バーンアウトとワークエンゲージメントは負の関係にあり、バーンアウトは職務要求が高まる・職務資源が不足すると起こりやすくなることがわかった。

バーンアウトとエンゲージメント

さて、心理学の世界では、「ポジティブな状態」はあまり人気がありませんでした。なんと2000年以前ではネガティブに関する研究が、ポジティブの約15倍ほどだったとのこと(!)。しかし、ポジティブ心理学が立ち上がった2000年ごろから、バーンアウト(ネガティブ状態)→エンゲージメント(ポジティブ状態)へと、焦点が少しずつ変わってくる流れも生まれてきました。
しばしば耳にする、バーンアウトとエンゲージメント。そもそもどんな意味なのでしょうか?

バーンアウト(燃え尽き症候群)とは

バーンアウトとは、1970年代に提唱された、「精神的に疲弊した状態」を表す言葉です。元々は、「人と関わる仕事(サービス業や福祉など)」において始まった言葉ですが、それに限らず多くの仕事で使われるようになりました。バーンアウトには以下、「情緒的消耗感・脱人格化・個人的達成の低下」の3つの次元があります。

(1)情緒的消耗感(Exhaustion)
仕事を通じて情緒的に力を出し尽くし、消耗してしまった状態のことです。バーンアウトの代表的な特徴です
(2)脱人格化(Cynicism)
仕事全体に対する無関心やよそよそしい態度(割り切った対応や名前を呼ばなくなるなど)です。精神的なエネルギーが枯渇した状態でそれ以上の消耗を防ぐための防衛反応だと考えられます。
(3)個人的達成感の低下(Personal accomplishmentの低下)
職務に関わる有能感、達成感のことで、情緒的消耗、脱人格化によりパフォーマンスが下がると、成果や達成感が得られなくなります。

このバーンアウトの測定するには、MBI-General Survey (Maslach Burnout Inventory,1996)を活用します。

ワークエンゲージメントとは

対して、ワークエンゲージメントは、バーンアウトの対極にあるものと考えられています。以下、「活力・熱意・没頭」の3つの次元で説明されます。

(1)活力(Vigor)
仕事中の高いレベルのエネルギーや、精神的な回復力、仕事に労力を投じる意欲、困難に直面したときの粘り強さなどです。
(2)熱意(Dedication)
意義、鼓舞、誇り、挑戦といった感覚を特徴とし、バーンアウトの情緒的消耗感や脱人格化と正反対な要素です。
(3)没頭(Absorption)

自分の仕事に完全に集中し、楽しく没頭することで、時間があっという間に過ぎ、自分から仕事を切り離すことが困難であることです。(フローと呼ばれる状態にも近いとされています)

ワークエンゲージメントの測定には、ユトレイヒト・ワーク・エンゲージメント尺度(UWES)という尺度が用いられます。

職務要求と職務資源

さて、このバーンアウトとエンゲージメントを予測する概念が、職務要求(Job-Demand)と職務資源(Job-Resouce)です。どのような種類の仕事でも、この2つの要素があります。そしてこれらを統合したモデルが、職務要求-資源モデル(JD-Rモデル)(Demerouti, Bakker, Nachreiner, and Schaufeli ,2001)とされています。

職務要求

職務要求とは「仕事上、しなければならないこと」のことです。当然ですが、どの仕事でも何かをしなければなりません。仕事から、身体的・心理的・社会的・組織的な側面から明示的・非明示的に何かを求められます。そして、身体的にも心理的にも何かしらの努力をするわけです。

たとえば、飲食店のホールスタッフなら「身体的に料理を運ぶ」「オーダーをとる」「シフトに入る」などは身体的な努力・要求になります。あるいは「笑顔でいる」「仲間と協力する」「時間的なプレッシャーに対応する」などは心理的な努力になると言えそうです。

職務資源

職務資源とは「仕事上の要求に対し、物事を成し遂げるためのリソース」です。たとえば、業績のフィードバック、同僚からの支援、上司からの支援、自律的に働く、意思決定に参加するなどです。ちなみに、職務資源の正式な定義は以下のとおりです。

職務資源とは、仕事の物理的、心理的、社会的、組織的側面のこと で、
(1)仕事上の要求とそれに伴う生理的・心理的コストを軽減する
(2)仕事の目標を達成 する上で機能的である
(3)個人の成長、学習、発達を刺激する
のいずれか/または両方を指す。

研究のプロセス

さて上記にて、本研究で検証する各概念が揃いました。これまでの研究では、以下の事がわかっています。

  • 職務要求(仕事の過負荷や個人的葛藤)、または職務資源の不足(社会的支援、コーピング、自律性、意思決定の関与)がバーンアウトを高める

  • 職務要求が疲労と関連する

  • 職務資源の不足が離職に関係する

この内容を、更に掘り下げて構造的にどんな関係があるのかを、調べようじゃないか!というのが本研究の目的です。

仮説モデル

ここまでのことを踏まえて、本研究は以下のように仮説を立て、モデル化しました。(他にも詳細はありますが、ここでは割愛します)

(a) 職務要求と職務資源は負の関係にある
(b) エンゲージメントとバーンアウトは負の関係にある
(c) 職務資源は燃え尽き症候群と負の関係がある
(d) バーンアウトは離職意向と正の関係がある
(e) 健康問題と離職意向は正の関係にある。

仮説モデル

研究の対象者

オランダの4つの職業グループに対して、アンケート調査を通じて行われました。4つの職業グループの特徴は以下の通りです。

◯サンプル1:保険会社の従業員(381名)
◯サンプル2:労働安全衛生サービスの従業員(202名)
◯サンプル3:年金基金会社の従業員(507名)
◯サンプル4:在宅介護施設の従業員(608名)

の合計1698名でした。
また調査では、各サンプルごとに結果分析をしています。

調査方法

以下の調査尺度を使用し、アンケーと調査をしました。

<バーンアウトとエンゲージメント>
・バーンアウト(MBIーGS)
・エンゲージメント(ユトレイヒト・ワークエンゲージメント)

<職務要求と職務資源>
・職務要求1_仕事量(Karasek, 1985)(例:私の仕事は懸命に働く必要がある」など5項目)
・職務要求2_感情的要求(Van Veldhoven and Meijman, 1994) (例:私の仕事は感情的なものを要求される など5項目)
・職務資源1_タスク(業績フィードバック)
・職務資源2_対人関係(同僚からの支援)(例:必要であれば同僚に助けを求めることができるかなど10項目)
・職務資源3_環境支援(上司のコーチング)

<健康問題と離職以降>
・健康問題(頭痛、心血管障害、胃痛など13項目)
・離職以降(3項目)

研究の結果

各サンプルの分析方法は、構造方程式モデリング(SEM)と呼ばれる方法を使い、それぞれの変数間の関係を統計的に分析しました。変数間が色々な影響を与え合うようなので、色んなパターンで組み合わせて、仮説を検証しました。以下、相関分析の結果です。

全項目の記述統計(平均、標準偏差、相関)

そして、これらを調査結果を、仮説モデルに当てはめて検証しました。

結論、仮説のa~eまではすべて支持されています。(一部は部分的に支持)
わかったことをより詳しく見ていきましょう。

わかったこと1:バーンアウトは職務要求と健康問題の関係を媒介する

サンプル1~4すべてにおいて、当てはまりました。職務要求が高まるとバーンアウトに影響を与え、そして健康問題にも影響があることがわかりました。

わかったこと2:エンゲージメントが職務資源と離職意向の関係を媒介する

サンプル1~4全てにおいて、職務資源が高まるとエンゲージメントが高まり、そしてエンゲージメントは離職意向と負の相関があることがわかりました。

わかったこと3:バーンアウトとエンゲージメントは負の相関がある

サンプル1~4において、バーンアウトとエンゲージメントは負の相関(中程度)がありました。
加えて、バーンアウトでは3つの次元(1.情緒的消耗感・2.脱人格化・3.個人的達成の低下)がありますが、研究結果では「3.個人的達成」はエンゲージメントの要素であることが示されました。

まとめ

今回は、強みの論文でもよく目にする「職務要求-資源モデル」についての、調査結果をまとめました。

こう見てみると、たしかに仕事量や感情的負荷が膨大に高まって(=職務要求めっちゃある)、かつ誰からの支援もない(=職務資源がない)状況になると、「もうええわ」となる構造がよーくわかります。

読みながら、新卒で某飲食店に店舗スタッフとして入社したときのことを思い出しました。「24時間365日働け!」という号令とともに、店舗拡大中で社員・スタッフが慢性的に不足していました。かつ、アルバイトさんが休んだら自分が出勤する必要があり、特に助けてくれる人もいない状況で、いわば、「職務要求」の絶望的な膨張と、「職務資源」の圧倒的な枯渇の、魔の相乗効果が現れていました。

結果、お店では「やられる(=ぼーっと死んだ魚のような目になる)」→「ばっくれる(=会社から逃げる)」という俗語が使われていましたが、まさにこれは、「バーンアウト(燃え尽き)」→「離職」のプロセスであったと理解したのでした。

途中、構造方程式モデリングという私にとってはちんぷんかんぷんな数式が出てきましたが、こうしたものを肌感を伴って理解できるようになりたいものだ、と思いました。

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