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「似合う/似合わない」じゃなくて「自分に似合っていく」のだという話

もう8年くらい前になるでしょうか。

僕が当時働いていたお店にたまにいらっしゃっていたお客様のなかで、パイプを吸われる初老の男性がいらしたんです。

あるとき、僕がこの男性に「パイプかっこいいですね。僕も嗜んでみたいんですけど、さすがにまだ分不相応な感じがして・・・。何歳くらいからならサマになるモノなんでしょうね?」というお話をしたことがあるんですね。

すると、この男性は「20歳だろうが50歳だろうが、フリーターだろうが社長だろうが、初めて吸うときに似合っている人なんていないよ。」とおっしゃるんですね。「それはそうかもしれませんね。」と僕が納得していると、続けて「今、どれだけパイプや葉巻が似合っている人だって、初めて吸ったときはオドオドしながらおぼつかない手つきで吸ってるモンなんだ。それが10年、20年と続けていくうちに、気づいたら呼吸をするように自然と吸えるようになる。例えばバーテンダーをやっていたら、20代でも老舗のバーなんかで格好よく飲めるでしょう?でもバーに馴染みのない人からしたら、ロマンスグレーの老紳士がやっているバーに20歳そこそこの小僧がいくなんて想像もつかないと思うよ。何事も身の丈にあわないなんてことはない。身の丈にあわないものがあるとしたら、それは心持ちだけなんだ。気持ちで引け目があったら似合うものも似合わないからね。似合うとか似合わないじゃなくて、そこに自分から近づいていけば、自然と自分に似合っていくものなんだよ。」と丁寧に諭してくださいました。

このお客様の言葉は僕がバーテンダーを10数年続けているなかでも特に心に響いた言葉でした。それはパイプとかバーとかお酒とか仕事道具とか、あるいはファッションとか車とか家電とか、そういうことを超越して、人の営みすべてに通ずることだと感じたからです。

話は変わりますが、僕はもともとシャツ、ベスト、ネクタイといういで立ちで仕事をしていました。あるとき、ひょんなことからユニフォームを変えようということでジャケットを羽織るようにした時期があったんですね。すると馴染みのお客様から「ジャケット似合わないね。前の方がよかったな。」というお声を頂戴したんです。たしかに、僕はもともとジャケットが似合う体格ではないという自覚がありました。ユニフォームで予算の問題もあるのでオーダーメイドにするわけにもいかないですし、既製品ですからジャストサイズでもない。ファッション的にみたら、たしかに似合っていないのかもしれない。でも、不思議と半年くらいずっとそれで仕事をしていたら、皆さんそれに慣れてきて「ジャケットも引き締まった感じがあって高級感出るからいいね。」なんていう話まで出てくるんです。その後がまた面白くて、さらに1年くらい経ってから諸事情あってまた前のユニフォームに戻すことになったのですが、この1年の間に新しく来るようになったお客様がこぞって「ベスト似合わないですね。ジャケットの方がいいですよ。」っていうわけなんです。その1年間に初めて来たお客様にとっては僕のジャケット姿が当たり前なので、今度はベストに違和感があって似合っていないと仰るんですね。ベストやジャケット、どちらが僕に本質的に似合うかという問題はさておき、結局のところ人は慣れで他人の似合う/似合わないを判断しているんでしょう。それと同時に、僕もずっとジャケットを着続けることで、少しずつ自分にジャケットが合ってきていたとも考えられます。似合う着こなしをしたり、着崩れない動きやケアを身に着けたり、体型すらもそこに合っていくのかもしれません

僕はよく恋愛相談をされたりするのですが、たまにある質問で「彼/彼女に自分が釣り合わない」とか「相手に劣等感を持ってしまう」とか「異性に対して自信を持てない」というものがあります。その気持ちは確かによくわかります。憧れの、好きな人に対して自分がどうしても似合っているとは思えない気持ちは誰もが持つ感情でしょう。その不安こそが相手に対する気持ちの大きさでもあると思います。

しかし、いっぽうで僕がパイプの男性から教わったように、人と人もまた、お似合いとかお似合いじゃないなんてものはないはずなんです。もし似合っていないとするならば、それはきっと本人の心の中で「自分にはあの人との恋愛は似つかわしくない」と諦める気持ちがあるからです。それでも相手を思う気持ちがあれば、一緒にいるなかでお互いを大切にしていれば、きっと自然と2人の関係はお互いにとって「似合っていく」のではないでしょうか?

時間、そして経験とはそれくらいその人のなかで確実に糧になっていきます。繰り返すうちに良い所、悪い所に気づいて修正したり伸ばしていくこともできます。

なんでもそうなのですが、もしいまあなたが「これは自分に似合っていないな」とか「まだ分不相応だな」と思ってしり込みしていることがあるとしたら。ぜひ明日からでも一歩踏み出して挑戦してみてください。1か月後、半年後、1年後、3年後・・・きっと、それは少しずつあなたに似合っていくはずです。

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takumi

いただいたサポートは将来自分のお店を開店するための開業資金として大切に貯めさせて頂いております。いつの日か皆様とカウンター越しに出会えることを祈って―。