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振付家と劇場支配人 掌編小説

この作品は史実をもとにしたフィクションです。

「どうだろうか、バレエが盛り上がっているいま、人気のあるダンサーたちを一堂に集めて一つの作品を作るというのは」

「それは良い考えです」

「そうだろう。大スターたちが同じ舞台で踊るんだ。成功したら劇場支配人としてこんなに嬉しいことはない」

かくして4人の大輪の花と言えるダンサーが集められた。
カルロッタ・グリジ、ルシル・グラーン、ファニー・チェリート、そしてマリー・タリオーニである。タリオーニはロマンティック・バレエを代表するダンサーであり、バレエ作品において初めてつま先で立ったと言われる。

「いやはや、振付家としてやってきて過去にこのような例は思い出せません。
一人ずつ踊る順番について、まず最も年長でキャリアも長いタリオーニが最後ということには誰も異論はなかったのですよ。ではその前は誰にするかという話になった途端、グリジとチェリートが揉め出しましてね、お互い私が踊ると言って一歩も譲らず、稽古が進まないのです。支配人、私はもう困り果てているのですよ」

「そうか。それは確かに困ったことだ。だがこの作品はなんとしても完成させ、上演に漕ぎ着けたい。なんと言ってもスター・ダンサーたちが4人揃って、一度に同じ舞台に現れるのだからな。
ではこういう考えはどうだろうか。登場順が決まらないのなら年長の者が決めて良い、ということにしては」

スターの共演は今も昔も変わらぬ興行のアイデアの一つである。
ちなみにグリジは1819年、チェリートは1817年生まれであり、僅かだがチェリートの方が年長であった。

「支配人にいただいた妙案を彼女らに伝えますと、一転して互いに譲り始めたのですよ。おかげで稽古を再開できました」

「そうか、それは良かった」

こうして1845年、バレエ作品『パ・ド・カトル』が初演された。作品名は4人の踊り、或いは4つの踊りを意味する。本番ではグラーンが最初に登場し、グリジ、チェリート、タリオーニの順に踊ったとされる。このオリジナルキャストによる上演は4回のみであった。
なお当時の振付は舞踊譜として記録されることなく失われてしまったため、現在上演されている同名の作品は1941年に再振付・構成された現代版である。

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