サカナクション_-_コピー__2_

サカナクションと夜の散歩

 学生時代から付き合っていた大学の同期が結婚した。先日、その結婚式に行ってきた。同じサークルの内でのカップルだったので、同期や先輩が招待されていた。軽い同窓会みたいで学生の頃に戻った気がした。

 式が終わった19時過ぎ、二次会はなかったので、サークルのメンバーで二次会に行く事になった。お酒が進み、みんな互いの状況報告をし始める。結婚して子供を産んだ先輩、起業して仕事に追われている同期、彼氏ができた後輩。大学を卒業して各々、変化をしていた。

「で、お前は最近どうなの?彼女できた?」

 きた。最も聞かれたくもない質問だった。少し見下したような感じな同期。彼女もいない事を知っているクセにこの手の質問はホントに意地が悪い。

「まだだよ」

 僕はそっけなく返事をする。

「なんだよ。全然変わんねえなお前は」
 
 笑いながらビールを飲む同期の言葉が胸に刺さる。確かに僕は何も変わっていない。彼女も未だにできないし、仕事も給料が全然上がらない、やりたいことは中途半端で何も手つかずだ。周りが前に進み続けているのに、僕は止まったままだ。この場いる自体が恥ずかしかった。

 目の前には、飲みかけのハイボールがある。現実を受け止めきれずに、僕はハイボールに手を伸ばした。

 三時間後、僕は酔いつぶれてしまった。終電前には電車に乗る事ができたけれど、途中下車して駅のトイレで吐いてしまったので終電を逃してしまった。
 中央区にある某駅から、江戸川区にある自宅まで道のりは約11キロ。タクシー使うのもいいし、どこかのビジネスホテルに泊まることも考えた。でも余計な出費は抑えたかった。

「歩くか」

 酔い覚ましも含めて、歩いて帰る事にした。京葉道路を道なりに歩けば家に着く事ができる。家に着くころにはすっかり酔いも覚めているだろう。

 夜の秋風が気持ちいい。深夜の東京の街を歩くことなんて珍しい経験だ。さすがに何も考えずに歩いているのも寂しいので、音楽を聴き始めた。この夜の散歩にぴったりなのは、サカナクション意外考えられない。

 サカナクションは夜をテーマにした曲が多い。歌詞に”夜”のワードが何回も出てくる。エレクトロな曲調と文学的な歌詞が、サカナクションの世界観であって、夜に聴くのが最もエモーショナルだ。最初に聴きたかったのが『ユリイカ』だ。今の僕の心情をサカナクションと共鳴したかった。

いつ終わるかな 風が吹く度 生き急ぐ 生き急ぐ
いつ終わるかな 意味もないのに 生き急ぐ 生き急ぐ
いつ終わるかな 壁が立つ度 生き急ぐ 生き急ぐ
いつ終わるかな 意味もないのに 生き急ぐ 生き急ぐ
「ユリイカ」作詞・作曲 山口一郎

 気が付けば、東京に住んでもう6年になる。地元に就職せずに、東京を選んだのは、きっとやりたいことが東京にあると夢を見ていた。若いうちに何かを成し遂げたい気持ちがずっとあった。その気持ちを利用され怪しいビジネスを3回も勧誘された。勧誘されている半ば、怪しいビジネスだと分かっているのにも関わらず片足を突っ込んだのは、生き急いでいたかもしれない。東京の街で僕は意味もなく溺れていた。

 亀戸駅を過ぎ、酔いも覚めつつ周りを見渡すことに余裕が生まれた。だけど、呑酸がまだ喉に残っている。ふと、ビルのショーウィンドーに疲れた僕が映る。

映し鏡 ショーウィンドー 隣の人と自分を見比べる
そう それが真っ当と思い込んで生きてた
どうして 今になって 今になって そう僕は考えたんだろう?
どうして まだ見えない 自分らしさってやつに 朝はくるのか?
「アイデンティティ」作詞・作曲 山口一郎

結婚した同期、起業した同期、子供が生まれた先輩、彼氏ができた後輩。僕はずっと何もせずに指を加えたままだ。なのに、それで同じステージに立ちたいというのは、とても愚かだと思った。こんな僕に朝はくるはずもない。
 歩いて2時間が経とうしていた。いよいよ荒川を渡る。荒川を渡れば、江戸川区だ。
気が付けば今日が満月である事を忘れていた。お気に入りの『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』が流れる。

バッハの旋律を夜に聴いたせいです こんな心
バッハの旋律を夜に聴いたせいです こんな心
月に慣れた君がなぜ 月を見ていたのはなぜ
僕の左手に立ち 黙ってる君の顔を思い出したよ
「バッハの旋律を夜に聴いたせいです。」作詞・作曲 山口一郎

この曲は恋愛の曲であるとボーカルの山口一郎がラジオで言ってた事を思い出した。ふと、ナイトプールで出会った女の子の事を思い出す。なかなか連絡がとれずこのもどかしい思いに僕はここ1か月、悩まされていた。なんだか泣きそうだ。もうすぐ夜の散歩が終わりを迎えようとしていた。『さよならはエモーション』がこの散歩のエンディングだ。

さよならはエモーション
僕は行く
ずっと涙 こらえ こらえ
忘れてたエモーション
僕は行く
ずっと深い霧の 霧の向こうへ
AHシル
ヨルヲヌケ
アスヲシル
ヒカリヲヒカリヲヌケ
「さよならはエモーション」 作詞・作曲 山口一郎

 感傷的に浸るのはもう終わりにしよう。人がどんなステージにたとうが、僕は生き急がない。だらしなくていい。涙をこらえて溢れたっていい。人の言葉なんて気にする必要なんてない。
 2時間半かけて家に到着した。夜の散歩が終わった。足の疲れが一気に出てきた。昨日脱ぎ捨てた服が僕を迎えていた。ただいま、と僕は呟いてスーツを脱ぎ捨て、そのまま眠りについた。

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