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『おめでたいヤツらとチョコレート』

「なぁ、仁藤。俺、あさって、のえる先輩に告白しようと思う」

 バイトの帰り道に肉まんを食べながら、ふと悠二が言い出した。白い吐息は肉まんの熱とともに、怪獣の火炎放射みたいに勢いよく現れた。俺は啜っていたコーヒーで舌を火傷した。
「お前、どうしたよ。明後日ってバレンタインじゃん」
 俺は冷気で火傷した舌を冷やす。
「バレンタインだからこそだよ」
 悠二は淡々として答えた。明後日は日本中の男子たちがざわめく日。その日に肉まんを食べているこいつは、サークル内でも三指に入る美人の、のえる先輩に告白しようとしている。
「勝算あんのかよ?」
 舌の痛みが少しずつ引いてきたので、俺は冷静さを取り戻した。
「なにが?」
「何がって……。のえる先輩にチョコレート貰えることだよ」
「ねえよそんなもん」
「はあ!?」
 悠二は二個目の肉まんにかぶりついた。チョコレートも貰えるかどうかわからないのに。相変わらず、言動がわからない。
「だいだいさ、日本のバレンタインっておかしくない? なんでチョコレートあげるの?」
「そ、それは、昔、チョコレートの販促の為に色んなところが広告を出し始めたからだろ?」
 先日の講義でそんな事を言っていたのを俺は思い出していた。説は定かではないが、なぜチョコレートなのかという具体的な理由は分かっていない。
「そう! ようするに、日本のバレンタインは広告の戦略によって独自の文化として根付いちゃったわけ。本来はバレンタインは男性も女性に贈り物をするんだぜ? どうして、日本は女性から貰うっておかしくないかい?」
「まあ、それも広告の戦略だし。しょうがなくないか?」
「俺が不思議なのは、どうして男性たちが、女性から施しを受ける前提なのかって思うのよ」
「何が言いたいんだ?」
「おごりが過ぎるんだよね、男子たちは。どうして女の子から貰えるって高を括ってんの? 貰いたいのなら自分からあげればいいじゃん。その方が気持ちがいい」
 童貞のお前が何言ってんだ、と思わず言葉が出そうになった。以前もこんな事があったので、俺は黙って聞くことにした。
「それでさ、チョコの数=モテる奴って男ってそれでマウント図ろうとするじゃん。チョコの数だけで、男の価値決めるってつーなっての!」
 負け惜しみにしか聞こえないと思ったが、共感はできる。確かに、チョコの数だけで男の価値を決められるのは心外だと思う。たくさんチョコ貰っても食え切れなきゃ世話ないし。
「あと、ホワイトデーも意味わかんないよね。貰ったからお返しするって。日本らしいけどさ、なんで常に男が上からなのと不思議に思うんだよ」
「言いたいことは分かった。つまり、お前は世界基準で、のえる先輩にプレゼントを渡して告白するってことでいいか?」
「うん。どうせもらえないのなら、自分から渡して告白する」
「すげぇな。てか、なんでそんな事思ったんだ?」
「姉ちゃん見て思ったんだよ」
「姉ちゃんって、確か社会人2年目の?」
「そう。たまに電話してくんだよ、バレンタインが気が重すぎるって。どーでもいい上司や同僚になんでチョコレート買わないといけないかってぼやいてた。それで思ったんだよね、チョコレートをねだることは」
「なるほどな」

 俺はコーヒーを啜って考えを巡らした。バレンタインって女性が一番苦労するイベントだと思う。夜更かしして、手作りのチョコレートを作って、眠い目をこすりながら、勇気を出して好きな人に告白して、社会に出たら好きでもない人たちに気を使って義理チョコ渡すっていうのもしんどいなと思う。そんなことも知らずに、男たちはチョコレートをもらえるかどうかってソワソワするのも、おめでたい生き物だなって、男ながら思ってしまう。いつのまにか、コーヒーの苦味が強くなって気がした。

「それでさ、相談なんだけどさ」
「なに?」
「のえる先輩に何あげたら喜んでくれると思う?」
「お前、言ってることと、やってる事が全然違うぞ!」
「頼むよー。仁藤、新しい彼女できたじゃん! そういうセンスが俺にはないって知ってるだろ?」
「甘えるなっ! そんなの自分で考えろよ、姉ちゃんいるんだから、訊けばいいだろ?」
「だって、それは恥ずかしいじゃん」
 急に照れ始めた悠二を見て気持ち悪くなったので、俺は一発、悠二の尻に蹴りを入れた。
「……その様子だと、リサーチはしてなさそうだな。じゃあ、少しキザっぽいけど、バラの花3本あげるのはどうだ? 花を貰って喜ばない人はいなさそうだし、色は……黄色にしたほうがいい」
「なんでバラ3本なの?」
「あげる本数で意味合いが違うんだよ。1本は〝一目惚れ〟、2本は〝二人だけ〟、3本は〝告白〟という意味だよ」
「なんで、黄色?」
「……黄色は〝あなたに恋しています〟って意味だから。赤だと、〝あなたを愛しています〟という意味だから、そっちのほうだとキザすぎるだろ? さすがにのえる先輩も引くと思うから」
「詳しいね?やったことあるんだ」
「もっかい蹴ろうか……?」
「ウソウソ! 冗談! わかった、サンキューな。やっぱお前に相談して正解だったわ」
 悠二はポケットから何かを取り出して俺に渡した。チロルチョコだった。
「なにこれ」
「お礼だよ。たまたま買っていたしあげる。一足早いバレンタインってね!」
 思わず吹き出した、悠二からチョコレートをもらうなんてなんか変だ。
「やっぱ、面白いなお前」
 俺はチロルチョコをすぐに口に運んだ。ポケットに入れていたせいなのか、すぐに口の中に溶けて消えていった。



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