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トラウマを抱える人のためのカウンセリング:応用編前編―トラウマを抱えるクライエントが来た時に―


トラウマ」という言葉は、日常会話でも聞くことができるほど一般的な言葉です。しかし、トラウマの影響や対応、支援の実際についてはまだまだ知られていないと感じます。
トラウマとはどのようなものなのか。また、トラウマを抱えるクライエントに対してどのようなアプローチをすることができるのか。
全3回に渡って、トラウマを抱える人のためのカウンセリングついて解説していきます。
2回目となる今回は、トラウマを抱えるクライエントが来た時に、カウンセラーにどのような構えや取り組みが求められるのか解説をしていきます。

※この記事は、全3回のシリーズの2本目(応用編前編)です。

前回は、トラウマによる影響について解説をしていきました。
今回は、架空の事例を通して、クライエントへの支援を考えて行きます。


こんな主訴のクライエントが来たときは…

架空事例概要

クライエント
20代女性 Aさん

主訴
過呼吸が起こる、抑うつ的で動けない時がある、頭痛、腹痛などの症状が出る。

●生活状況
週2-3回のアルバイトで生計を立てている。フリーター。一人暮らし。

●経過

中学、高校の頃より、学校を休みがちな生活をしていた。大学進学を期に親元を離れて生活をしていた。大学在学中は、ある程度友達はいたが、1年間の休学期間を経て卒業に至っている。卒業後は、地元に帰ってきて、一時的に両親と同居をしていたものの、父親と折り合いが悪く、母親の計らいで家の近くに一人暮らしをしている。アルバイトは週に2-3回ほどで、それ以外の大半を家の中で過ごす。精神科には、中、高、大学と時々受診をするが、薬があわずに中断することが多く、精神科受診は継続しない。


初回面接のポイント

トラウマに関連する主訴の初回面接で注意することは、トラウマの病歴をききすぎないことです。なぜなら、トラウマの病歴をききすぎると、フラッシュバックが起こり、面接後に調子を崩したり、治療から脱落する可能性もあります。そのため、初回の面接では、『トラウマに見出しをつける』程度の聞き方をします。自分に起こったことを話しづらそうにするクライエントには、「必要最低限のことだけをききますね」と声をかけ、必要最低限のことを尋ねます。自分の苦しいことを話しすぎるクライントには、「今日の所は、ここまでで大丈夫ですよ。話しすぎて苦しくはありませんか?」と話を止めることも必要です。


過呼吸について知っておきたいこと

トラウマの病歴があるクライエントには、過換気症候群の既往歴があることが多いのです。過換気症候群は、パニック症と重複することもありますが、両者は違う病態になります。過換気症候群は、過呼吸を頻繁に繰り返す状態です。パニック症と違い、その日のうちに何らかの強いストレスがかかっていることが多いです。特に、トラウマの病歴があると、身体感覚に対する鈍さ等の症状(アレキシサイミア傾向)があり、そのストレスを一定期間感じないということが起きます。そのため、強いストレスがかかった直後ではなく、時間的には数時間たった後に過呼吸が出現するということが多いです。
例えば、学校で先生に強く叱責された後、夕方の授業中に突然息苦しくなり過呼吸が出現するということが起こります。このような場合、フラッシュバックが生じている場合もあります。そのため、過換気症候群への対応を伝えることも必要ですが、フラッシュバックの特定とその治療も考える必要があります。

パニック症は、突然の不安の発作が繰り返し起こる病態です。過換気症候群と違い、発作中には「死の恐怖」を感じることが多いです。また、発作は、少なくとも発症の初期には全く予想ができない場面で起こります。
そのため、「いつ、どこで起こるかわからない」という予期不安が生じます。そして、バス・電車などの「すぐに助けを呼べない」という閉鎖された空間に対する恐怖(広場恐怖)が生じることが多いです。
さらに、発作が生じることが怖いために、自分の身体感覚に対する過敏性が症状として出てきます。このような、「死の恐怖」、広場恐怖、予期不安、身体感覚への過敏性などは、過換気症候群ではほぼ出現しません。


感情の問題

発達性トラウマでは、感情調節の困難が生じます。そのため、感情の問題が生じます。人によっては、不安・怒り・抑うつなどがころころ入れ替わるように感情が不安定な状態になりますが、抑うつ的な状態が慢性的に続く方もいます。これは、トラウマの反応としての虚脱(低覚醒)が慢性的に生じている状態です。

感情の問題と気分の問題は、その持続時間で区別されます。特に。発達性トラウマと双極性障害との異同でこの点は重要になります。
「感情」は、1日のうちで変化することが多いものです。一方、双極性障害の診断基準で見られる「気分」は、軽躁エピソードで4日以上、抑うつエピソードで2週間以上継続している必要があります。また、発達性トラウマのクライエントは、抑うつ的な生活の中に、突然、元気になる期間というものがあります。この状態が非常に軽躁エピソードと混同されがちになります。この「元気な期間」において、クライエントは、本質的には「不安」を感じているのですが、その不安を完全に抑え込むことができるので自覚できません。また、双極性障害の軽躁エピソードでは、「睡眠欲求の減少」が見られますが、トラウマのクライエントは慢性的な不眠に陥っています。そのため、この「元気な期間」においても、「眠りたいけど、眠れない」などのように、睡眠欲求が生じていることが多いのです。


睡眠の問題

慢性的なトラウマ反応がある場合は、睡眠の問題を抱えているクライエントが多いです。睡眠前は、身体的なリラックスをするため、フラッシュバックが誘発されやすく、睡眠前に過覚醒状態が生じ、慢性的な不眠になる方が多いです。一方、慢性的な抑うつ状態(虚脱)が生じている期間に、動けなくなり、ずっと寝ているといった過眠傾向にあるクライエントもいます。

不眠症に対する認知行動療法が有効な場合もありますが、睡眠衛生指導のみではなかなか睡眠障害は改善しないことが多く、本質的にはフラッシュバックなどの侵入症状や過覚醒に対する介入が必要な場合が多いです。


身体症状の問題

トラウマによる過覚醒・低覚醒の問題は身体症状として出現することがよくあります。特にACE研究の中では、ACEのスコアが高いと、線維筋痛症、慢性疼痛、慢性疲労症候群、顎関節症、過敏性腸症候群などの身体疾患の発症リスクが上がることが分かっています。そのため、クライエントが様々な身体症状を訴えることが少なくありません。

そして、その中には、はっきりとした診断名がつかない身体的不調もあります。身体的疾患の背景に安易に心理的な要因を想定することは、よくありませんが、クライエントの状態を理解する上で、身体症状の把握や、カウンセリングによってその症状が変化しているかどうかを考えていくことは重要になります。


一人暮らしかどうか

発達性トラウマと呼ばれる親との関係で生じるタイプのトラウマの場合、親と同居しているかどうかという点が非常に重要になります。
レジリエンスが高いクライエントの場合、高校卒業の時点で、実家を出ている場合が多いです。そして、一人暮らしを始めると親の影響が少なくなり、少し健康的な生活になっていることが多いのです。また、その間に、恋人などができ自分自身の家庭に対して、「自分の家はおかしいんだ」と何らかの気づきを得ている場合があります。

家族内にトラウマの加害者がいる場合、この加害者との同居をどう対応するかが大きなポイントになります。例えば、虐待やDVなどの場合は、同居を解消するように何らかの措置を行う必要があります。一方、明確な虐待とは言えない場合で、クライエントが成人している場合は、なかなか同居を解消するように対応できない場合もあります。その場合は、家庭内で、親との心理的距離を確保できるように生活を整えることが必要になります。具体的には、自分の部屋を確保し、その部屋には、クライエントが苦手だと感じる人が入ってこないようにするなどです。


カウンセリングの経過 ①

カウンセリングでは、最初にトラウマの影響についての心理教育をしていくことから始めました。現在の感情を過去の体験と結びつけて理解するように促していきました。例えば、クライエントの、抑うつの背景には、「自分には価値がない」「自分は何もできない」という考え方がありました。そして、「どうしてこのように考えるのか?」と二人で話し合っていくうちに、小さい頃から父親に、「お前は、馬鹿なことばっかりする」と何度も叱責されてきたことを話してくれるようになりました。

その一つ一つに、セラピストは、「苦しかったですね」と共感していきました。そして、『本当に、自分はそのとき、悪かったのか?』について、一緒に考えていきました。最初は、自責的なクライエントでしたが、セラピストに共感してもらううちに、「きつかった」と自然と口に出せるようになっていきました。そうする中で、自然と「自分は、間違ってない」という感覚がでてきました。

「自分は、間違っていない」という感覚がでてくると、抑うつ的で動けない時間が少しづつ減っていきました。自責的な考えも減り、アルバイトから返ってくるとぐったりして動けなくなることなどが減ってきました。


現在と過去をつなぐこと

トラウマの問題に関する支援でもっとも大切なのは、現在起こっている問題を過去のトラウマと結びつけていくことになります。例えば、アルバイトで失敗してしまったとして、過去に「お前は、馬鹿なことばっかりする」と育てられた人と、そうではない人では、この出来事に対する反応が違ってきます。そのため、現在のクライエントの話を聞く中で、「その考えの元になった体験」を特定していくのです。

認知行動療法やスキーマ療法では、この部分を丁寧に行います。通常、認知行動療法では、現在の出来事に対して、自然に浮かぶ考え(自動思考)、感情、身体感覚、行動などを整理します。その中で、自動思考の元になった信念(スキーマ)を特定していきます。

このように、自分自身の体験を一緒に考える作業を通して、クライエントは自分自身の身に起こったことを整理していきます。そして、『現在の自分が自責的になることは、自分の問題ではなく、加害者の問題なのだ』ということを理解していきます。この部分は、トラウマ・インフォームド・ケアにおける必要な知識の提供になります。


自責とセルフ・コンパッション

トラウマの記憶は、自分自身に深く突き刺さった棘のようなものです。自分ではなかなか抜くことができないのです。そして、その棘は、「自分は無価値だ」のような自責的な形を取ることが多いのです。クライエントがこの自責的な考えを払拭できないことそのものがトラウマの一つの本質的な症状と言えます。その一つの対応として、クライエント自身が自分の体験に共感することがあげられます。これをセルフ・コンパッションといいます。

セルフ・コンパッションでは、自分自身の苦しみに共感していきます。しかし、クライエントは、最初の状態では、自分自身にどう共感していいか分かりません。そのため、セラピストが、どう共感するのかを考えていく必要があります。
例えば、「自分自身に、『親から、馬鹿だと言われると、傷ついたね』と言ってみて下さい」などのようにクライエントに伝えます。自分自身に共感を伝えることで、自責感が和らいでいきます。

しかし、発達性トラウマに代表されるようなトラウマを抱えたクライエントは、「苦しかったね」とすぐに言われても、それを受け取れない状態にあることがほとんどです。
その背景には、『まだ、苦しいことを全部話していない』『表面的な共感では、納得がいかない』などの気持ちが隠されています。そのため、セラピストは、クライエントがどのような言葉を共感してほしいのか、辛抱強く探す必要があります。

例えば、「『お父さんから、お前は馬鹿なことばかりすると言われて苦しかったですね』と自分に言ってみると、どんな気持ちになりますか?」とセラピストが尋ねると、クライエントは「うーん。自分は馬鹿でもいい」と答えてくれました。そこで、セラピストはその場面で何が起こっているのかを再度、尋ねてみました。そうすると、父親がクライエントのことを叱責した後に、母親に対して「お前の育て方が悪いからこうなるんだ」と言っていたことが分かりました。そこで、セラピストは、「今度は、『お父さんに怒られることで、お母さんが悲しいかをしてしまうから、自分が許せなかったんですね』と言われたらどうですか?」と尋ねると、クライエントは、「そうなんです」と涙を流しました。このように、クライエントが共感を受け取ってくれない場合、どうして受け取れないのかを話し合って整理していくことがとても大切になります。


カウンセリングの経過 ②

二回目のカウンセリングのセッションでは、気持ちを落ち着けるコーピングを沢山もつことについて心理教育を行いました。セラピストは、自分の気持ちを落ち着けるための方法を一緒に探しました。
Aさんは、家で動けないときに、まくらを抱きついて毛布をかぶっていると少し落ち着くと話してくれました。そこで、Aさんに、抱き心地がよい枕や、かぶっていると落ち着く毛布を探すように伝えました。

Aさんは、動けないときや、つかれた時に、積極的にまくらを抱きついて毛布をかぶるようになりました。また、その他にも、山や森の風景がうつった動画をみてみる、好きな音楽を聞くなどの方法を使ってみるようにしました。
これらの方法を使うと、問題が完全に解決するわけではありませんが、「少し気分が楽になる」と話していました。


感情調節とコーピング

トラウマによって、損なわれる能力の一つは、感情調節でした。不安・イライラ・落ち込み等の不快な感情をもとの状態に戻す能力は乳幼児期に獲得されます。アタッチメントの問題とは、乳幼児期の感情調節を獲得する時期に適切な養育を受けられなかった状態とも言えます。そして、このアタッチメントの問題は後のトラウマに対する緩衝作用を持ちます。逆にいうと、アタッチメントの問題があると、ストレスフルな出来事がトラウマ化しやすいと言えます。

さて、この感情調節の能力を獲得するために乳児は、最初に外的受容感覚(五感)を用います。例えば、「抱っこされる」「毛布にくるまる」などです。その後に、その五感によって生じる身体的な感覚(内受容感覚)を用います。例えば、「ほっとする感じ」「力が抜ける感じ」などです。トラウマの治療において感情調節にアプローチする際も同じ戦略をとっていきます。

そのため、カウンセリングの中で「ストレスを落ち着ける方法(コーピング)」として、様々な感情調節を行う方法を増やしてもらうのです。このコーピングの方法が増える程、クライエントは感情的に落ち着いていきます。このコーピングの方法は、クライエントによっても、トラウマによっても違うので、試行錯誤をしていくことになります。

また乳幼児の研究から感情調節は、養育者-子供の間で協同で行われることが分かっています。つまり、先に養育者が感情調節を行い、それに追従する形で子供が感情調節を行うのです。そのため、カウンセリングのセッションにおいてもセラピストが先に感情調節を行い、それに追従する形でクライエントの感情調節を起こすように働きかけるのです。このような治療関係を使って感情調節の力をクライエントに身に着けてもらうことも支援の中では、とても大切になってきます。

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今回は、トラウマを抱えているだろうクライエントに対して気をつけたいポイントについて、解説をしてきました。
応用編後半となる次回でも、引き続き、トラウマを抱えるクライエントへの臨床の取り組み方について詳しく見ていきます。



参考資料

Murphy, J., Brewer, R., Catmur, C., Bird, G. "Interoception and psychopathology: A developmental neuroscience perspective". Dev.Cogn. Neurosci. 2017,23, 45–56.
NICABM. (upload: 2019/05/11). "How to Differentiate Bipolar Disorder from a Trauma Response, with Ruth Lanius".
"Anxiety Attacks vs. Panic Attacks". Verywell Mind.(参照日:2021/3/12).
"What’s the Difference Between a Panic Attack and an Anxiety Attack?". healthline.(参照日:2021/03/12).
Afari N, Ahumada SM, Wright LJ, Mostoufi S, Golnari G, Reis V, et al. Psychological trauma and func-tional somatic syndromes: A systematic review and meta-analysis. Psychosom Med. 2014; 76(1):2–11.

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