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トラウマを抱える人のためのカウンセリング:入門編―「トラウマ」概念を知る―


トラウマ」という言葉は、日常会話でも聞くことができるほど一般的な言葉です。しかし、トラウマの影響や、対応についてはまだまだ知られていないと感じます。
トラウマとはどのようなものなのか。また、トラウマを抱えるクライエントに対してどのようなアプローチをすることができるのか。
全3回に渡って、トラウマを抱える人のためのカウンセリングついて解説していきます。
1回目となる今回は、まず、トラウマという概念がどのようなものなのかについて解説をしていきます。

※この記事は、全3回のシリーズの1本目(入門編)です。



”トラウマ”とはなにか?

トラウマは、簡単に言えば日常の中では滅多に経験しない極度のストレス・恐怖に晒されることです。トラウマの定義は様々なものがあり、統一的なものはありませんが、クライエントの状態を理解するためには、幼少期の逆境的体験(Adverse Childhood Experiences:ACEs)とPTSDの基準が役に立ちます。

ACE Studyは、もともと肥満のリスク因子を調べる疫学研究でした(Felitti ,et al. 1998)。この研究の中でリスク因子としてトラウマが見いだされ、リスク因子としてトラウマの概念が整理されていきました。)。この研究の中でリスク因子としてトラウマが見いだされ、リスク因子としてトラウマの概念が整理されていきました。
その結果、次のような因子がリスク因子として挙げられるようになりました。

①心理的虐待
②身体的虐待
③性的虐待
④ネグレクト
⑤家族のアルコール依存/薬物依存
⑥家族の精神疾患
⑦DVの目撃
⑧家族の犯罪歴がある
⑨親の不在(死亡、離婚など)

ここに挙げられたリスク因子を持っている場合、支援の方向性として、トラウマに関する何らかの介入が必要となってきます。

また、トラウマ体験はときに、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を引き起こすことがあります。PTSDとは、DSM-5による精神疾患の一つで、トラウマとなった出来事に付随する不快な記憶が突然蘇ってきたり、悪夢として反復されるなどの症状を伴います。PTSDの原因となるトラウマとしては、①戦争への参加、②身体的暴行(虐待を含む)、③性暴力、④誘拐・人質などの犯罪被害、⑤地震・火事などの災害、⑥重大な交通事故などがあげられます。

トラウマを持つクライエントが必ずしもトラウマを主訴に来談するわけではありません。抑うつ気分や、身体的な不調など様々な要因で来談します。そして、その相談の中で、トラウマによる影響が疑われる場合は、ACEsやPTSDの基準を思い出してもらうと良いでしょう。



トラウマ下での身体反応

トラウマを理解していくためには、トラウマの生理心理的反応を知る必要があります。人間は、ストレスがかかると、闘争・逃避反応と呼ばれる状態に陥ります。この状態は、動物が脅威に遭遇し、逃げ出すか、闘うかのどちらかを選んでいる状態です。

人間が逃避反応を起こしている時、不安や恐怖の感情が出てきます。また、闘争反応を起こしている時は、怒りを感じ、イライラするのです。闘争・逃避反応が起こっているとき、交感神経が活性化し、いつでも、闘うか・逃げるかの行動を起こす準備状態を作ります。準備状態を作るために、心拍・血圧は上昇し、身体に力が入ります。

では、トラウマと呼ばれるような強いストレスがかかった時は、どのようなことが起こっているのでしょうか?
通常、脅威に遭遇した場合、動物は定位反応と呼ばれる、脅威に注意を向けるという行動を取ります。しかし、トラウマと呼ばれるような状態が起こる際は、この定位反応に代わり、凍結反応と呼ばれる反応を起こします。
この状態では、交感神経が闘争・逃避反応よりも活性化し始め、硬直した状態になります。そしてやがて、持続性不動状態という状態になります。テレビなどので瞳孔が開いて凍りついているような描写がなされることがありますが、あの状態です。その後、虚脱(シャットダウン)と呼ばれる状態に入っていきます。この状態では、心拍・血圧は急速に下降し、意識もぼんやりしたり、痛みの麻痺等が起きます。動物では死んだような仮死状態に近い状態になります。

闘争・逃避反応、凍結反応が起こっている状態は交感神経が活性化しすぎている状態なので、過覚醒状態と呼びます。そして、虚脱が起こっている状態を低覚醒状態と呼びます。そして、過覚醒状態と低覚醒状態の間にある安定した領域を「耐性の窓」と呼びます。

トラウマに関する問題を抱えるクライエントは、脅威が去った後も、闘争反応、逃避反応、凍結反応、虚脱(シャットダウン)反応が持続的に出現している状態と言えます。
さらに、それぞれの反応が、トラウマがない人に比べ、閾値が下がり、出現しやすい状態になっています。一般に、クライエントが耐性の窓に収まっていると、話すカウンセリングが機能しますが、クライエントが耐性の窓から外れた状態にあると、話すカウンセリングは機能しないと言われています。そのため、トラウマの治療では、クライエントがどの反応に陥っているかをアセスメントし、それぞれの身体反応に適切な介入をしていく必要があります。



トラウマの影響

トラウマの症状・影響は、とても幅広いものがあります。ここでは、代表的なものについて説明します。クライエントの反応として、ここに上げた全ての影響が出るわけではありません。そのため、どの影響が出ているかをアセスメントしながら支援を行う必要があります。

感情調節困難
幼少期のトラウマがある場合は、この感情調節困難の症状が顕著に出てきます。不安・怒り・落ち込み・恥などの感覚が1日のうちでジェットコースターのように入れ替わります。この感情調節困難は、トラウマの身体反応の部分で説明した、闘争・逃避反応などが関わっています。

対人関係の問題
感情調整困難の問題は、対人関係の中で出現することが多いのです。そのため、「人と安定した人間関係が作れない」、「人と一緒にいても人と繋がっている感じがしない」等の問題が出現します。また、良好な対人関係は、ストレスに対する耐性を高めますが、トラウマがあると人間関係をサポートとして使えないため、ストレスに対する脆弱性が高まってしまいます。


侵入症状
PTSDの中心的な症状です。フラッシュバックと呼ばれる、トラウマ場面が突然頭に浮かぶ症状が代表的です。他にも、トラウマ受傷時の身体的な感覚のみが出現する場合もあります。とくに、身体感覚だけが出てくる場合は、苦しい感情だけが突然出てくるように感じることもあります。また、このような状態は睡眠中にも起こるため、侵入症状があるクライエントは、悪夢や現実的すぎる夢に苦しむことになります。


知覚の亢進
闘争・逃避反応を始めとした、トラウマに対する反応が継続的に起こっているため、危険を察知しようとして、ちょっとした物音等にも反応する神経過敏の状態になります。これは、トラウマに関連した刺激に限らないため、単なる大きな音、強い光、ザワザワした音が苦手といった訴えをしている場合もあります。


感情と気分の変化
トラウマを契機に自分や世界に関する価値観が変化してしまうものです。代表的なものとしては、罪悪感、恥、自責感と言ったものです。例えば、「いじめを受けたのは私が弱いからだ」「自分の存在そのものが恥ずかしい」「私が妻として不甲斐ないためにDVを受けたのだ」といった考えです。また、「私には何も問題を解決する力がない」という無力感が続くこともあります。「世界は危険だ」という安心感のなさもみられます。また、慢性的なトラウマの場合は、対人関係についてのネガティブな信念が出現することがあります。「人はどうせ、私を裏切る」などです。
PTSDの治療においては、最も変化しやすい部分がこの感情と気分の変化だと言われています。特にカウンセリングの中でも、このような悲観的な考えを拾い、ケアしていくことがとても求められます。


離人症・解離症
離人症は、「世界が遠くなる」と言ったように、世界と自分との繋がりが薄く感じられる状態です。自分が今・ここにいるという感覚が薄くなるのです。解離症は、記憶が抜けてしまう解離性健忘、人格が交代してしまう解離性同一症などの診断があるように、記憶が断片化されてしまうことです。慢性的なトラウマではよくみられます。トラウマがあるクライエントの中には、人格交代が起きなくても、人が変わったように怒り出す、怯えだすといったクライエントがいます。そのような場合にも解離症を念頭においた支援が必要になります。


身体化
トラウマは、身体に関する問題でもあります。トラウマがあると、身体感覚への気づきが鈍くなってしまいます。それは、恐怖の中で生き延びるための戦略として、身体感覚を拾うスイッチを切ってしまうという癖を身に着けてしまうためです。そのため、身体感覚の麻痺が起こり、自分が苦しんでいることに気が付かなくなります。また、闘争逃避反応を始めとした緊張状態が続くために、様々な身体疾患のリスク要因になります。慢性疲労症候群、慢性疼痛(頭痛なども含む)、顎関節症、過敏性腸症候群などの身体的な症状を抱えることになります。 


再演 / 再被害
トラウマを受けたクライエントは、よくトラウマで体験したことを繰り返す起こしたくなる衝動に駆られたり、ついつい同じことを繰り返してしまいます。例えば、ACEsがみられたクライエントは、後にDVなどの被害を受けるリスクが高いことが分かっています。人間関係でも、自分が加害者にされたことをついついやってしまいたくなる衝動にかられて苦しんでいることが多いです。



単純性トラウマと複雑性トラウマ

トラウマの症状のパターンを把握するためにとても有用な概念が単純性なのか複雑性なのかです。このような表現にはいくつかの言い方があります。明確な対応関係があるわけではありませんが、単純性トラウマ≒ショックトラウマ≒一過性です、複雑性トラウマ≒発達トラウマ≒慢性的になります

単純性トラウマの代表は自然災害や交通事故です。慢性的なトラウマの代表は、幼少期の虐待になります。また、別の表現をすると慢性的なトラウマは幼少期に多く、単純性トラウマは青年期以降に多くなります。

単純性トラウマの代表例がPTSDであるように、単純性トラウマの症状は、フラッシュバックを中心とした侵入症状や知覚の亢進になります。複雑性トラウマは、これに加えて、感情調節困難、解離、身体化、対人関係の問題など出現します。生理心理学としては、単純性トラウマは、闘争・逃避反応、凍結反応などの過覚醒が中心です。
一方、複雑性トラウマは、過覚醒と虚脱が出現する低覚醒との両方が出現します。



トラウマと精神疾患

トラウマに関連した問題を持つクライエントは、精神疾患を持ち、精神科に通院している方から、精神科に受診歴がない方まで幅広くいます。そのため、精神疾患の診断を横断する形でトラウマの全体像について把握する必要があります。

トラウマに関連がある精神疾患として、PTSD、解離症(解離性健忘、解離性同一症)、境界性パーソナリティ障害・自己愛性パーソナリティ障害、アタッチメント関連障害(いわゆる虐待の後遺症)があります。これらの診断は、これまでそれぞれに別の疾患であると考えられていました。しかし、近年の研究では、トラウマに由来する症状の違いであり、その根底にはトラウマが共通の病理があることが分かってきました。

トラウマとの鑑別が重要な精神疾患の代表は、神経発達症です。神経発達症は、不注意や多動・衝動性があるADHD、コミュニケーションの障害、こだわりがある自閉スペクトラム症が代表的なものです。トラウマがあると注意が散漫になり、不安から落ち着かない行動をとりがちです。このような行動がADHDのように見えることがあります。
また、トラウマがあると対人関係が築きにくい、ちょっとした変化に弱い、知覚の亢進といった症状が出ます。このような行動が自閉スペクトラム症のコミュニケーションの障害、こだわり、感覚過敏のようにみえるのです。特に神経発達症があると、トラウマを持っている可能性が高いので、この両者を整理していくことは臨床上、極めて重要です。
そのほかにも依存症、摂食障害(特に食べはきがある神経性過食症)、強迫症、パニック症などもトラウマとの関連が指摘されるようになっています。そのため、これらの病気を理解していく上でもトラウマの病歴の有無を確認することは大切です。



トラウマに対する支援

トラウマの支援は、トラウマ・インフォームド・ケア、ソーシャル・ワーク、など様々なものを統合して行われます。今回は、その中でもトラウマインフォームド・ケアと呼ばれるものを紹介します。

トラウマ・インフォームド・ケアとは、その名前の通り、トラウマに関する情報を提供していくことで支援を行うというものです。トラウマ・インフォームド・ケアは、トラウマに特化した治療者に限らず、一般的な臨床家が持つべき知識とされています。言い換えれば、それほど、トラウマを持つクライエントに出会うことが多いと言えます。


トラウマの知識を与える
トラウマはありふれた現象であるにも関わらず、クライエントがトラウマについて知識を持っていないことも多いのです。トラウマに関する正しい知識を提供することで、クライエントが自分の身に起こっていることを整理することができ、安心できます。また、対人関係の問題や感情に関する問題が自分のせいではないと分かり、自尊心が回復します。


現在と過去を繋ぐ
トラウマとは、過去に起こった出来事が、現在の生活に影響を及ぼしているために支援の対象になります。しかし、トラウマに知識がないクライエントは、現在の問題を過去の出来事と関連付けて考えていないこともよくあります。単に、自分の性格が悪い、身体の痛みがあるなどのように、現在の問題だけで問題を整理しようとすることがあります。そのため、現在の問題の背景にどんな過去(トラウマ)が関係しているのかをカウンセリングの中で明らかにしていく対応が必要です。

再トラウマ化のリスクを抑える
トラウマは、再被害を引き起こすことが多々あります。クライエントとして支援を開始しても、新たなトラウマが増えてしまうこともあります。そのため、クライエントが自分のトラウマを理解することで、再トラウマ化のリスクを減らします。特に、トラウマのことを周囲に分かってもらえない二次被害は深刻な問題です。医療者の中でも、トラウマに関する理解をしていない人はたくさんいます。そのため、二次被害の予防・ケアも必要になってきます。

コントロール感を持たせる、選択肢を提示する、自律性をサポートする
トラウマは、自分の能力を超えたものに圧倒され、コントロール感を失っている状態と言えます。そのため、コントロール感を持ってもらえる関わりが重要になります。そのためには、知識をもって、最終的な意思決定を自分でできる状態が必要になります。

また、コントロール感を持ってもらう関わりとして、選択肢を提示し、その中で、最終的な意思決定をしてもらうということが大切です。クライエントは、トラウマがあると混乱した状態にあり、自分がどうしたいかを明確に話せないことがよくあります。そのため、選択肢を提示することによって、自分の意見を主張しやすいという側面もあります。


安全な環境を作る/安全な関係を作る
トラウマの支援は、カウンセリングの中だけでは完結しないことも多いです。そのため、クライエントの環境を安全な状態におく必要があります。そのために、DVシェルターを紹介するなどの、ソーシャルワークによる介入が必要な場合も少なくありません。そして、このような環境的な要因が安定しないと、話すカウンセリングが有効に行えません。

クライエントが安全な環境に置かれた後は、クライエントが安心できるように支援をすすめていく必要があります。具体的には、気持ちを落ち着けて、安心できるような呼吸法・リラックス法を教えるなどの方法があります。ただし、この方法は、複雑性トラウマを持つクライエントには注意が必要な場合があります。様々な技法を適用するとき、クライエントが安心感を感じているかに注意する必要があります。

また、クライエントが安心感を感じられるようにするためには、支援者の感情が落ち着いている必要があります。支援者が穏やかに話す声のトーンは、クライエントを落ち着けるために、非常に有効な方法です。そして、カウンセリングの中で、クライエントが自分の気持を表現できるような安心感のある関係も重要になります。


無理に過去の話を聞き出さない
クライエントにとって、トラウマの体験を話すことは非常に苦痛になります。そのため、過去の話を無理に聞き出そうとすると、非常に苦痛になります。そのため、クライエントのペースにあわせ、クライエントが話したいときに話してもらうという姿勢が必要になります。

一方で、情報把握として、クライエントのトラウマを把握しなければならない場面もあるでしょう。その際は、「トラウマの見出し」をつけるように情報収集する方法が推奨されます。最低限分かっておいたほうがいい情報として、トラウマの種類、加害者が誰であるか、現在も継続的に被害を受ける状況にあるのかが分かれば良いでしょう。例えば、「再婚相手からDVを受けていた」「幼少期に性的虐待を受けていた」などです。


参考文献

Center for Substance Abuse Treatment (US) ,(2014).Trauma-Informed Care in Behavioral Health Services. Report No.: (SMA) 14-4816.

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