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「箔を押したい衝動」

コスモテックの青木です。
今回は、「 箔を押したい衝動 」 のお話です。この衝動は、もしかしたら私だけのことかもしれませんし、他の箔押し会社でもあることなのかもしれません。

「 押したい衝動に駆られる 」 ということは、私がコスモテックに入社してから数年後、ある程度箔押し加工のいろはが分かってきてからムクムクと湧いてきた不思議な衝動でした。

◉ 押したい衝動の自覚

「 これは押したい衝動なのかもしれない 」 とはっきりと自覚したのは、今(2023年)から約10年前の年末です。その一年はとにかく多忙を極めた一年でした。一年間をまるで一気に転がるように進み続け、あっという間に年末になっていたのですが、年内の全ての仕事を終えた直後にそれは突如としてやってきたのでした。

「 押したい! 」

身体も頭もヘトヘトで、もう全ての仕事は終えていたのですが、「 押し足りていない 」 「 身体がまだ箔押しを欲している 」 という衝動でいっぱいになってしまいました。

今は亡き箔押しの匠 佐藤に頼み込んで、今年最後の箔押しをすることになりました。 『 除夜の箔押し 』 と銘打って、コスモテックで保有している版を一枚箔押しの棚から引っ張り出すと、同じ位置に重ねて108発の箔を押し続けていただき、煩悩の数である108層の箔のミルフィーユを作っていただいたのです。

『 除夜の箔押し 』 同じ位置に108回重ねて箔押しした


意外にも匠もノリノリで作っていただいたことで、この突然訪れた衝動はすっきり解消し、目の前にはおそらく仕事には一切役に立たないであろう108層のもこもこに積み上がった箔押しのオブジェができあがったのでした。

「 この気持ちは 『 押したい衝動 』 なのかもしれない 」 と自覚したのは、この出来事がきっかけでした。

◉ 押したい衝動が生まれたきっかけ

入社したばかりの頃にはなかったこの衝動が生まれるきっかけについて色々考えを巡らせてみると、ふと頭に出てきた答えは意外にもシンプルなものでした。

それは、日々のお客さまからいただく 「 お問い合わせ 」 です。
また、お仕事を通して多くのデザイナーの方たちから刺激を受けたことも大きな要因の一つかもしれません。

水に溶ける紙に 「 鬱 」 という文字を箔押し
その後、水に箔を押した紙を浸すと、紙は溶け 『 水に箔押し 』 の完成
( 箔が水面を漂い出し、そのうち部首が分解していく )


「 こんな表現、箔押しでできますか? 」 「 この素材に箔を押すことができますか? 」 など… 今まで私が考えたこともないような飛び抜けたアイデアにたくさん触れることで、驚きや感動と共に己の無知と小ささを知った一年でもあったのです。

それまでは 「 お問い合わせ 」 をもらってから調べたり、「 よし、やってみましょう! 」 と加工実験を行ってきました。しかし、お客さまから刺激を受け続けるうちに、「 お問い合わせ 」 をいただくよりも前に目の前に転がっている素材や箔にやたらと目が行き、気になるようになり…

「 これに押してみたらどうなるんだろう…!? 」
「 試してみたい! 」 と、自発的に箔押し加工に向かう気持ちが芽生えたように思います。

「 私は目の前にある箔押し機を良い意味で遊びつくせていないのだ 」 ということに気づかされたのです。

ビニール緩衝材に黒の箔押し加工をした時
箔押し機で加工をするとブチブチと音がして、空気の入った突起部分が割れる
「 ダンボール箱の全面に金箔押しをしたら金塊みたいにならないかな? 」
という衝動から作成
このままコスモテックの箔押し福袋のパッケージに採用(2020年)


第三者から問いやヒントをいただいてからのアクションなのか?
それとも自分自身が疑問点を見つけ出し、即座にアクションを起こし取り組めるか?… 意外にも後者はなかなか難しいと感じます。

◉ 衝動に付き合ってくれる仲間たち

思いつきや衝動による加工実験、無意味で無駄になる可能性が大きいことに付き合ってくれる現場の存在や、黙って付き合ってくれた箔押しの匠 佐藤には感謝の気持ちでいっぱいです。

加工現場に転がっていた大きな紙を輸送する際に使用する当て板
それに箔押しの匠 佐藤が自身の顔のイラストを使った小さな版で乱れ箔押しをした時


「 そんなことやったって無駄でしょ! 」 「 いやいや、無理無理! 」
なんて一切言わず、「 仕方ないな、押してみるか 」 と付き合ってくれるコスモテックのメンバーに私は助けられてきました。

しかも、この 「 押したい衝動 」 による数々の加工実験が功を奏したのか、日々の仕事での難易度の高い箔押し加工に現場のメンバーは臆することなくさらに挑むようになったのです。

書籍 「 デザインのひきだし 」 の表紙は今日(2023年)まで全9回にわたり加工でお手伝いさせていただきました。そのたびに私たちが考えも及ばない異素材への箔押し加工に出会い、怖いもの見たさの気分と形づくりたい気持ちが同居しながら、さらに一歩前へと挑戦していこうとする気持ちが生まれていったのです。

◉ それから10年後の今

「 箔を押したい衝動 」 は、昔ほどではないですが今も時々、突如として湧いてくることがあります。

10年という歳月の中でさまざまな素材を押し、箔押し機で遊び尽くすことで、少しずつ衝動は制御されたのでしょうか。

箔押し4色の網点を組み合わせての箔の写真表現
そこから生まれたのが下記掲載 「 一枚の名も無きポスター 」


箔押し加工についてたくさんのおもしろい挑戦や刺激的な加工を繰り返してきたことで昔より探究心が薄れてきてしまったのではないかという心配も時々私の中に生まれます。 それでも日常の些細な出来事や仕事・生活の中で何気なく通り過ぎてしまうような出来事を観察し、小さなことも取りこぼさないようにアンテナを張り巡らせていると、今もふと 「 箔を押したい衝動 」 が訪れることがあります。

私にとって、この 「 衝動 」 が得られたことは大きな財産だと思っています。また、この気持ちをもたらしてくれたお客さまと付き合ってくれた現場のメンバーにとても感謝しています。

一見すると、その瞬間やシーンでは無駄かもしれないことが、繰り返すことで自問自答したり、無駄があるからこそ効率良くこなすための知恵について考えさせられたり、年数と経験を積み重ねることで今まで自分には見えていなかった景色を見られたりすることもあるのです。

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