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#22 ココロサイエンス

この日記を読み返すと、ああ若かったんだなぁって思います。そして、当時の私は今よりずっとずっと激しい感情を持っていたのだとわかります。そして、文中にさり気なく出てくる「不安」の二文字。私はある考えに行き着いた時から「不安」を感じなくなりました。不安を感じなくなって久しい今、この頃の自分には不安を感じることがあったのかと少し新鮮な気持ちになります。


無機質な造りのバーには、テレビがいくつもあって、野球やアメリカンフットボールの中継が放送されていた。黒い床にブルーと銀色のライトが照り返している。ここはPhoenixフェニックスのとあるスポーツバーだ。

アメリカにはスポーツバーなるものがある。日本にもあるのかな。他の国についてもよくわからないな。とにかく、アメリカと言えば野球かアメフトかバスケットボールを放送するスポーツバーがある。グリーンベイパッカースが有名なウィスコンシン州では、小さな街でもスポーツバーがいくつか点在する。パッカースが出る試合がある夜、バーはパッカースファンで賑わう。誰かがタッチダウンを決める度に、お店からビールやゼリーが無料で振舞われる。店によって振舞うものは違うのだが、パッカースのカラーである、緑と黄色にちなんだものが多い。

しかし、私達が選んだお店は、都会の中のエセスポーツバーだった。客は特に中継されているゲームを観ているわけではない。なにしろ客がいない。まぁ平日だしね。おいおい、隣のテーブルはちびっこまで連れてきてるぞ。大家族の入店もおっけーとなると、さしずめここは、日本の田舎によくある "家族でのお食事可" という居酒屋のようなものなんだろうか。

ミクちゃんは新しいビールの味に挑戦的だ。私はサミュエルアダムスを注文。琥珀色のほろ苦い味が好き。あまりに炭酸が強すぎる、日本の一部のビールはあまり好きじゃない。チーはこう見えてもまったくの下戸なので、ジュースを注文する。お酒を注文するとき、IDを見せろと言われるかと思ったけど何もなかった。なんだかちょっぴり拍子抜け。私達、こんなに若く見えるのに。

スパイシーフライドチキンをつまみにビールを楽しむ。ぷはーっ、おいしーい! 実はこのフライドチキンというのが曲者で、スパイシーなチリパウダーがたっぷりかかっていて、オレンジに色がついている。肉から滲み出る油も全部ラー油色。美味しいんだけど辛いっ。大の辛党のチーにも、ちょっぴり辛く感じるようだ。

チーの辛党ぶりは一本筋が入っている。社食で食事をしている時でも彼女はすごかった。コショウというのは、そもそもほんの一振りで十分ではないか? しかし、彼女はコショウをふる手を休めない。ニコニコ談笑しながら、いつまでたってもその手を休めない。しばらくすると、隣に座るサラリーマンの箸が止まる。それでも彼女はコショウを振りつづける。彼女が注文したラーメンのどんぶりの中で、黒い塊がまんべんなくスープの上に浮かび上がる頃、ようやく彼女はその手を止める。一度、彼女の食べるラーメンを一口もらったことがある。コショウはピリリとした風味がするものだと思っていたが、彼女と出会って初めて、コショウは辛いという事実を知った。

最近、パワー不足なのよ

辛いと言った自分に情けなさを感じたのか、チーは最近はそれほど辛いものが食べられなくなったとため息をついた。

何杯かビールを飲んだ後、私達は店を後にした。うーん、やっぱりなんだか盛り上がらない。何かガツンとこう、彼女達が「アメリカっていい国だねぇ!」って叫びたくなるような、そんな店や場所に連れていきたいのに…。

「まぁさ、私達はおぬきに会いに来たんだから。どこにあんたがいても、そこに行くつもりだだったわけだし」

ミクちゃんに慰められる。あ、ありがとう
それじゃあ、気を取り直して部屋で宴会やりますかー!

私達はそのままスーパーマーケットへ直行した。部屋で飲むビールとつまみを購入するのだ。ビール、カクテル、日本にはない味のポテトチップス、その他いろいろ…よし、これぐらいでいいだろう。彼女達にとっても、アメリカのでかいスーパーマーケットは十分刺激的であったに違いない。宴会の下準備は整った。あとはレジに並ぶだけだ。

話好きな黒人のオヤジがレジに立っていた。私はお酒を購入する時に求められるIDの提示のときのために、国際運転免許証を手にしていた。さー、おじさんがビールを手にしたぞ。あ、私の顔を見たぞ。ええ、持ってます、持ってますとも。身分証明書なら、ほれこのとおり!

「ん? これは何かな。ほう、運転免許証ですか。ふむふむ。そうですね。お嬢さんはお若く見えますからね

はっ…! ももも、もしかして、私、身分証明書なんて見せなくてもよかったんじゃない!? 聞かれもしないうちから自分から提示するなんて、も、もしかして私、バ…バカ?確かにオヤジはろくに見もしないで、にこやかに私の運転免許証を返してくれた。しかし、その笑顔の裏には、

"誰もお前が未成年だなんて思ってねぇよ。そんなに若く見えるはずないだろ?ババァー ババァー ババァーーー…"

という気持ちが隠されているとしか思えなかった。いや、私にはわかる。オヤジのオーラがそれを告げている。免許証を受け取りながら、私は顔から火が出るくらい赤面してしまった。生まれてこの方、赤面などとは無縁の日々を送ってきたというのに、こ、こんな屈辱をアメリカさんから受けるとは。くっ…。

「す、すみません、私。見せなきゃいけないと思って…」

小さな声で言い訳をする私に、オヤジの声はでかかった。

「いやいやいや、あなたは思いのほかお若く見えますからーーー」

やーめーてーーー。私はムンクの『叫び』のように、そのまま泣きながら頭を抱えて店から走り出てしまいたかった。

部屋に戻ると、ポテトチップスの袋を開けて、ビールで乾杯をした。エキストラベッドの上で寝そべりながらの宴会だ。ここは日本の旅館みたいにテレビもないから、テレビに気を取られて会話が途切れるということがない。お菓子を食べながら、ただひたすらにおしゃべりし続ける。

仕事のこと、人間関係のこと、恋愛のこと、結婚のこと、人生のこと。いろんなことを話ながら、時間が過ぎていく。今までの分を取り返すかのように、私達は話し続けた。夜が更けたって、おしゃべりのネタは尽きない。こうやって話すのっていいよねぇ。明日はどこへ行こうか。明日はSEDONAあたりまで足を伸ばしてもいいね。それ賛成! それには早起きしなくちゃいけないけど、だいじょうぶかな。

任せておいて、とチーとミクちゃんが目覚し時計をセットした。これで明日の朝は彼女達が起こしてくれる。彼女達は寝起きがいい。私はひどく寝起きが悪い。とにかく起こしたって、時間が許す限り、ベッドの中でむにゃむにゃしている。

よし、明日のことは心配なし! おしゃべりし続けよう。

夜も更けきった頃、ミクちゃんは寝てしまった。
パワー有り余る私とチーは、朝の6時くらいまでだろうか、お話をし続けた。

いろんな悩みをお互いに相談し合う。これは女の特権なのか。別に頼ってるわけじゃない。ただ話を聞いてもらいたいだけ。話すことって、すごい浄化作用があるんじゃないかな。日々の不満や不安を吐露することで、心の中の膿を全部外に出してしまうんだ。だから、なんでも話を聞くよ。私になんでも話してよ。そして、余裕が出来たら私の話も聞いてくれるかな。

哀しい時とか辛い時、本当に胸が苦しくなることがある。胸が重くなったり、キューッと締め付けられたり。心は脳にあるっていうけれど、私もそう思うけれど、この胸に感じる根本的な感覚は一体なんなんだろう? とっても哀し時には涙が出る。涙は心を洗ってくれる。私はあまり泣かない。泣いてしまったほうが楽なのにとわかっていても泣けない。だから、哀しいときは頭が痛くなる。眉間にしわが入って、頭がどーんと重くなってくる。怒りに心が燃えているときは、そのエネルギーを外へ発散するべく、叫んだり、こぶしでテーブルを叩いたりする。楽しいときには自然と歌を口ずさんでしまうし、嬉しいときには体中を動かしてしまう。それらの感情を人に話すことで、すっきりする時もある。

感情って、ひとつのエネルギーみたい。エネルギー保存の法則ってあるけれど、人の心から涌き出たエネルギーは、涙や言葉に転化されていくのかな。

悪い人と話したとき、私は心が汚れたような気分になる。そんな時、私はひんやりとした新鮮な空気を吸ったり、川のせせらぎや海の音のようなきれいな音を聞いたり、お風呂に入って体を洗って物理的に清潔になろうとする。どうしてそうするのかわからないけれど、そうすることで、心の汚れが流れていくような気がするの。

人の心は不思議だね。

そろそろ眠くなってきた。私達も一眠りしよう。もうこんな時間だから、予定の時間より少し遅めに起きようか。だいじょうぶだいじょうぶ、ちゃんと遊びには行けると思うよ。うん、じゃあね、またね、おやすみ…。

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ああああーーー!!!なんで起こしてくれなかったのよーーーーっ!!!

飛び起きたミクちゃんは激怒した。時計は午後の2時近くを指していた。
SEDONAはあきらめるしかなかった。でも、私とチーは十分な睡眠が取れたのであった。

(つづく)


普段は滅多に怒らないミクちゃんが怒ったので、この時のことは鮮明に覚えています。今でも、あの時のミクちゃんに「ごめん」と思うことがあるくらいです。

そうそう。
私って泣かなかったんですよ。人の前では絶対に泣かなかったのです。親の前でもです。(幼少期は逆に泣き虫でした)ところが、歳を重ねると涙もろくなるというのは本当で、今はnoteで記事を読んで泣き、ドラマを観ては泣き、玉ねぎを刻んでは泣いています。でもやっぱり、人の前ではなかなか泣けないかな。中森明菜じゃありませんが、ただ泣けばいいと思う女と貴方には見られたくないわの精神で生きています。

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