カレー大会
日本のカレールーって最強だと思うんです。っていうか、日本の子供が好きなものは、世界中の人達も好きなことが多いような気がします。偶然にも、カレーネタが続き、カレーを食べてもないのに口の中がカレー味な気がします。リステリンしよう。あ、余談ですが、最強のリステリン(紫)で口をゆすいだ直後、熱いお湯を口の中に入れると口の中が超痛くなって一気に目が冷めます。シャキーン!!ってなります。
ずいぶん長いことホストファミリーと一緒に暮らしていながら、未だにカズは彼らに日本食を料理してあげる機会がなかった。しかも、彼はことあるたびに「白い飯が食いてー」と言っていた。ホストマザーに遠慮して、自分で食事を作ることなど出来なかったらしい。日本から送られたカレールーを片手に、いつか作ってあげたいな、とカズはつぶやいた。
「それなら明日、カレー大会にしようよ。ハンバーグなんかも作って日本食を楽しんでもらおうよ」
Takakaを出る前に、私なりに彼らへ感謝の意を表したかったのだ。材料は揃ってるし、カズも日本食に飢えてるし、一石二鳥じゃん!!名案だーっ。
そうと決まれば話は早かった。夕飯の後、テレビを見ながらのんびりしているホストペアレンツに、私達の計画を伝えることにした。ほら、カズ、早く言ってよ。え?何?言えない?私!?まったくもーっ!どうしてそんなにいくじなしなのー?いいよ、私が言うよ。もうっ。
「あの…明日は私達が夕飯を作ってもいい?日本のカレーを食べてもらおうと思うの」
二人はびっくりした様子だ。しかし、にこやかに「カレーは大好きなんだ」と受け入れてくれる。どんなカレーなの?何が入っているの?と楽しそうだ。私達もそんな彼らに向かって、日本のカレーについて説明をする。しかし、そこでカズと私のレシピには大きな隔たりがあることが判明した。カズの家では、長ねぎをカレーに入れるというのだ。カレーには玉ねぎだろー。しかし、いつもは穏やかなカズもこればっかりは譲ってくれない。すると、ご主人がこう提案した。
「それぞれの家のレシピがあるならさ、カレー大会は2人が別々のカレーを作って、競い合えばいいじゃない」
競い合う!?キラーン!私は勝ち負けって言ったら、とにかくなんでも勝ちが好きなんだよ。いいね、カレー大会。どっちが美味しいか、勝負しようじゃないの。しかし、ここでも私には大きなハンディがあった。カズは、日本のカレールーを持っているのだ。私にはない。…いいさ、カレーをルーから作ればいいんでしょう?簡単じゃん。小さい頃、お母さんが作ってたような気がするよ。あれを思い出せばいいんだよ。任せとけっつうの。
翌日、ホストマザーから材料を与えられ、さっそく調理に取りかかることにした。
今日のメニューは、カレー2種類、ハンバーグ、わかめスープ。実は、日本にいるまぶダチから"増えるわかめちゃん"のようなものが送られてきていたのだった。智ちゃん(カズくんのお父さんの従兄弟の嫁)、ありがとう!カズはシャンタンのような中華スープの元を持っていた。そいつとわかめで即席の韓国スープの出来あがりだよ。へへへん。
炒めた玉ねぎとマッシュルームのみじん切りを加えた牛肉のミンチをハンバーグの形にする。形を整えるとき、ごま油を使うと風味がついて美味しくなることを記しておこう。ハンバーグのソースは、ハンバーグから出た肉汁(マッシュルームが入っているので、かなり水分が出る)に醤油で味付け、赤ワインがあったらそれを加える。仕上げに小麦粉でとろみをつけると、本物のソースみたいに見える。
さー、どでかいハンバーグが何個も出来たよ。
カレーはどうかな。カレー。はっ…なんかカズの鍋では、既にいい匂いのするカレーがぐつぐつしていた。いいな、本物みたい。それに比べて私のカレーは…。
いい加減に作った私のカレー。いつまでたっても半人前のような煮え方だ。
私は肉を炒め、野菜を炒め、小麦粉を入れて、カレー粉も入れた。キッチンはカレーの匂いが充満している。カレー粉というのは、ベストな量というのがイマイチわからない。なんとなくビャッと鍋に入れては様子を見て、なんだかこのまま水を足すと水っぽくなりそうだから、更にカレー粉をビャッと入れる。うーん、カレー粉が目に染みる...。でもまだなんかカズのような感じになるのには、物足りないような気がするなぁ。もう一回。ビャッ。よし、どうだ。そろそろ水を入れよう。ジャーッ。うん、これでグツグツすれば、自動的にカレーになるんだ。よしよし、ビーフストックを加えよう。チキンストックも加えちゃえ。グツグツグツ、うん、いい感じじゃない?なんかカレーって感じがするよ。野菜も柔らかくなってきた。でもまだとろみが足りないな。やっぱりカレールーじゃないからな。本格的インドカレーになっちゃうんだよ。とろみを付けたいな。水溶き小麦粉を加えよう。あれ、まだベシャベシャだ。おかしいな。もう一回。あれ、小麦粉の塊がが浮いてる...。ヘンだな。よし、味見だよ、味見。味が美味しければいいんだ。スプーンにすくって、フーフーしながら飲んでみる。あちっ。やだなー、猫舌。人生の4分の1は損してるよなー。ぱくっ。うん、いいんじゃ…うっ…ううっ!!!か、辛いっ!!!辛すぎるっ!!!うおー、火が出てる、火が出てる、口から火が出てるー。私には見える、見えるよ!!うわー、なんでこんな辛いの作っちゃったんだー?まさに、もじもじしてしまう辛さだ。
その後、私はこの辛さを消す手段に躍り出た。
リビングでは、ホストファミリーがくつろぎ、我々の料理を心待ちにしている。私はそのリビングに飾られている、バナナと洋ナシを掴み取った。
「サラダを作るのかい?」
優しい微笑を浮かべたホストファザーが聞いてくる。いいえ。カレーにいれるんです。
「り、りんごの方がいいと思うよ。」
その声を背中に聞きながら、私はキッチンへと戻った。事態は深刻だ。こんなものを食べた人は、寿命が5年縮まるどころか、翌日は肛門がいちぢくのようになってしまうことであろう。
バナナ、洋ナシを入れる。バナナは成功だった。トロピカルな風味と甘味が残り、バナナの形は消えてしまう。しかし、洋ナシはダメだ。この果物は使い物にならない。味が出るだけ出ると、あとは出し殻みたいなナシの残骸がいつまでも鍋でプカプカしているのだ。ここはりんごにも手を出すしかなさそうだ。鍋にりんごを加える。まだまだ私のカレーは辛い。砂糖、砂糖だって入れたさ。でも、この辛さの前には、どんな甘さだって、一瞬にして干上がってしまうのさ。そういえば、小さい頃、「味付けを間違えちゃったらどうするの?」と母に聞いたら、「お酢を加えるのよ」と彼女が答えたことがあったな。確かそう言ってたよな。いやいや、きっとお酢を入れろって言ってんだ。きっとそうだよ。もういいよ、入れちゃえ、入れちゃえ。なんでも入れちゃえーーー。
私はお酢を加えた。
カレーはしばらくお酢の匂いがしていた。カズが悲痛な顔をして私を見ている。なんとなく…そう思おうと思えば、私のカレーもなんとなく食べられるような気がしてきた。とろみも出てきたような気がする。それどころか、煮こみ過ぎで他の野菜の姿が見えない。カレーがカレー汁になる前に、カレーを救わなくちゃいけない。もういいじゃないか。よくやったよ、私。もう強引にいくしかないよ。
「ディナーターイム!!!」
有無を言わさず、ディナータイム宣言をしてしまった。
私がぐちゃぐちゃ悪戦苦闘をしている間に、カズは見事な飾りのサラダを作っていた。すごい!男の人でこんなにきれいなサラダが作れるなんて、すごいよ!!皆にサラダを盛りつける。私は、このサラダが今夜の味覚のオアシスになることを確信していた。温め直したスープを出す。海藻など食べたこともないホストペアレンツが目を白黒させて食べている。カズはこのスープの味が気に入ったらしく、美味しい美味しいといって飲んでいた。ホストファザーもさすが海軍上がり。チャレンジャーだね。美味しい美味しいと言っている。
そして、ハンバーグ。これはアウトドア料理でも簡単に作れるし、美味しいから何度も作ってるんだけど、うん、自分で食べても美味しいよ。カレーをつけて食べても美味しいかもね。カズのカレーを、ね。みんなも、こんな形のミンチは食べたことがないといって喜んで食べている。いいじゃない。好評だよ。
さー、今夜のメイン、カレー!!カレーだよ!!!
神様、どうか私のカレーを食べたとしても、誰も死にませんように…。
私は迷わずカズのカレーを食べた。
美味しい…。日本のカレーだよ。美味しいよーーーっ。日本の米(オーストラリア産)も上手に炊けたし、うーん、美味しいよーーーっ!!!しかし、そんな私を尻目に彼らは着々と私のカレーを食べようと皿に盛っている。ああああ、やめたほうがいいよぅ。そんなによそらないほうがいいよぅ。チャレンジャーのホストファザーがスプーンを口に運ぶ。続いてホストマザーが。ああ、あなた方の命もここまでよ。
「美味しいよ、のりこさん。あんなに悩んでたから、どんな味がするのかと思ったけど、辛くて美味しい」
知らない間に、私のカレーを食べていた、辛党のカズが言ってくれる。優しいなぁ。
ホストペアレンツも美味しいといって、汗をかきながら食べてくれている…。う、嬉しい…。でも、私には食べられない。こっそり、カズのカレーと私のカレーを混ぜて食べてしまう。だって、辛いんだもーん。
私以外みんな超辛党だったという、ラッキーな状況のおかげで、勝負は引き分け、ということになった。
でも、私は知っている。カズのカレーのほうがずっとずっとずっとずっと美味しかったことを。そして、今夜はみんなにとって特別な夜になったということも。
日曜日だというのに、ワインが出て来たこと。ワイングラスもいつもより上等なものだったこと。いつもは6時には夕食だったのに、今夜は8時になってしまったこと。
カズにとっても、ホストファミリーにとっても、いい思い出になっているといいな。
私なりの感謝の気持ち、ちゃんと伝わっただろうか。
その後、ホストペアレンツが寝てしまった後、私達は暖炉の前でビールを飲みながら、明け方まで話したのだった。
(つづく)
このホストペアレンツの夫婦像はまさに私の理想でした。仲良しで、二人で思いやって、共に老いていく姿がとても素敵でした。
ところで、カレーにお酢を入れるのはどうなんでしょう。味付けに失敗したらお酢という言葉は、母から一度しか聞いたことがないのにインパクトが強すぎて一生忘れられない教えとなっています。
誰か、真実を教えてください。
次回はTakakaを後にする私が立ち寄った、世界一の透明度かも?と誉れ高い泉の話です。
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