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野生派思考

この日記は7月前半くらいの季節たったのですが、ニュージーランドは南半球なので7月は真冬。しかも、東京と違って湿った空気の冬なんです。洗濯物はだいたい乾きません。


南島の最北端、Farewell Spit へとドライブすることにしていた。Farewell Spitは長い砂浜になっていて、TakakaのGolden Bayからもその姿をうっすらと眺めることが出来る。今日は、そのFarewell Spitを横切るようにハイキングをする計画だ。

Farewell Spitの駐車場までは、砂利道である。ソロソロと運転をする。

空気は冷えるが、幸い今日もいいお天気だ。駐車場で車を停めた。遊歩道を地図で確認する。3時間ほどでFarewell Spitを横切りつつ、駐車場へ戻って来れそうだ。さっそく、私達は長く続く砂浜へと下ることにした。うーん、風が冷たい。

砂浜を歩き始めた。右手に押し寄せる波。左手には、打ち上げられた海草(seagrass)がふかふかの束になって続いている。この海草は、家庭菜園の良い肥料になるとのことで、カズのホストペアレンツも、時々海草を取りに来るらしい。天然のミネラルをたっぷり含んだ海草を肥料にするなんて、きっと美味しい野菜が出来るんだろうな。ずーっと続く白い砂浜を歩きながら、ふと自分の歩いてきた後ろを振り返った。私の後ろに私の足跡が続いている。足跡は薄く、何やら生気がない。ど、どうしたことだろう。その横に、同じようにカズの足跡が続いているけど、深々としていて生気がみなっている。…ちょっと悔しい。

遠い前方に岩が見えてきた。

「時々、あそこにアザラシが来ていることがあるんだよ」

えー!アザラシー!?私、絶対アザラシが見たいよ!野生のアザラシでしょう?動物園のと違うんだよね?

「今日は来ていなさそうだなぁ」

そ、そんなの行ってみなくちゃわからないじゃん!!私は急ぎ足になる。岩まで駆け足で行きたいけれど、砂浜を走ると、せっかくきれいに足跡が続いているのに、それがめちゃめちゃになってしまいそうで心が引ける。急ぎ足になりながらも、自分の足跡のチェックには余念がない。うむ、まっすぐに歩いているぞ。

ようやく岩場に近づくと、岩一面に蜆のような貝がびっしりとひしめき合っていた。マッスル(紫貝)の子供かなぁ?

ムラサキイガイは、イガイ目イガイ科に属する二枚貝の1種である。別名をチレニアイガイという。 ヨーロッパでは同属のヨーロッパイガイ などと共に食用とされ、洋食食材にする場合は近似種とともにムール貝 と呼ばれる。

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残念ながら、アザラシはいなかった。その代わり、岩の下には天然の大きなマッスルがいる!店で売られているのと同じ色、形のマッスルだ!
岩と岩の隙間には、明るい緑色の岩海苔が生えている。私は頭の中で、このビッシリと生息している貝と岩海苔で作った即席の味噌汁を想像した。美味しいだろうなぁ。私、ここでだったら、食べ物を買わないで野宿できるよ。でも、焚き火は禁止かぁ。ちぇっ。

Farewell Spitは自然の宝庫だった。以前、北方領土は海の幸の宝庫化している、というのを聞いたことがあったが、まさにここもそれに近い状態なのではないだろうか。私はちょうど岩の下に一つだけ飛び出していたマッスルをむしり取った。そして、岩にぶつけて貝を割ると、その中身を取り出して海水で洗った。うふふ、ちょっとつまみ食いだよ。口の中に入れようとしたとき、カズと目が合った。カズは嫌なものでも見てしまったかのように顔をしかめている。マッスルは、ぐにゃぐにゃしていて、しょっぱかった。でも、スーパーで買った酢漬けになっているものよりも、ずっと美味しかった。

「美味しいよ!」

カズにも勧める。カズはイヤイヤと首を振った。

「生で食べるなんて…そんなの見たことないよ

さっきまで生きてたんだから、ばい菌もバクテリアもなかろうに。でも、マッスルに毒があったらどうしよう。途中で倒れちゃったら、ごめんね。

カズは何も言わずに、海際の岩まで歩いて行った。びっしりと身を寄せ合っている貝の上を歩くのは忍びない。どうしたものか。

「この貝達は、身を寄せ合うことで踏みつけられても壊れないようになっているんだよ」

とカズが教えてくれる。そうか。それならが、なるべく平均に踏みつけてあげよう。それならば、壊れることもあるまい。不自然な格好で歩きながら、カズのところへ近づこうとする。足元には、岩から吹き出したように、岩海苔が生えている。私はそれをむしって海水で洗って、口の中に放りこんだ。こりこりしていて美味しい。海の匂いがする。お帰りなさいって味だね。

ふと気がつくと、やはりカズが顔を歪めてこちらを見ていた。

「のりこさんて…なんでも食べちゃうんだね

そ、そんなことはなくってよ。私は落ちたものも食べたりすることはあっても、悪いバクテリアと大腸菌が蔓延はびこっていそうなものは食べないわよ。それと甘くてヘンな色が着いている食べ物も食べなくってよ。

カズはちょっとあきれたように笑って、再び砂浜まで戻り始めた。砂浜に打ち上げられた、カズが昆布(と思われる)の横を通り過ぎ、私を振り返った。ちょうど私はしゃがんで昆布を手にしていたところだった。目が合った。そのまま、手にした昆布を素早く口に運ぶ素振りをすると、「ああああ!!」とカズが制止する声をあげた。冗談だよ。いくら私でも、こんなに砂だらけの昆布は食べないよ。(食べてみたいけど)寸でのところで、私はやめた。

「いやー、のりこさんだったら食べちゃうんじゃないかと思ってさ…」

そんなことないよー。(いつかやってみたいと思ってるけど) 期待してるかなって思ってさ。

私達はゲラゲラと笑いながら、草の上に上がった。今度は、ちょっと高度の高いところを通る。ちょっと急な丘を登り始め、私達は無口になった。5mくらい先で羊たちがこちらを見つめている。羊は臆病なので、私達には近づこうとはしてこない。その代わり、先ほどから、尾が長く小さな姿がかわいらしい、ファンバード(扇鳥?)が私達の後を付いて来ていた。彼らは手を伸ばせば届くくらいの距離まで近づいてきては、離れて行く。そして、今は私達を先導するかのように、こちらの様子を窺いながら飛んでいる。実に頼もしい散歩の共だ。後ろを振り返り、海を眺める。ああ、ずいぶん高くまで来たなぁ。丘の上から、どこまでも続く海を眺めた。あの水平線の向こうのどこかに、日本があるんだよ。水平線にとくっついている空だって、日本の空まで続いてるんだ。不思議だなぁ。ほら、私が体をちょっと右に向けるでしょう?そうすると、その向こうにはアメリカ大陸があって、やっぱりおんなじ空が続いているんだよ。不思議だねぇ。風に吹かれて私の髪の毛がなびいた。この風はどこから来たのかな。もしかしたら、アフリカを旅して、ようやくニュージーランドに到着した風かもしれない。この次に、この風を感じるのは誰なんだろう。その人は私がこの風を感じたことを、ちょっとは考えてくれるかな。

私達は再び歩き始めた。

そろそろ日が傾き始めていた。
ぐっと冷えてきた空気とこの日の傾き方が、私の幼少時代を思い出させる。寺の鐘が鳴るまでに帰っていらっしゃい、と言われていたのに、鐘が鳴る頃はまだ、お家からずいぶん離れたところにいて、ほとんど泣きそうになりながら、走って帰ったっけね。今は寺の鐘もないし、走って帰ることもないんだな。思えば、ずいぶんお家から遠くまで来たもんだ。

Takakaに来てから、4日目。

It's time to go...?

(つづく)


世界は味の保守派の人と革新派の人でだいたい分けられると思うんですけど、私は完全に革新派なんです。幼い頃から食べてきた馴染みの味が「正義」って人が保守派です。保守派の中でも「おふくろの味原理主義」がいますが、私とは完全に相容れぬ人類のタイプです。
岩に生えているムール貝を生でむしり取って食べるのは、保守派には無理なことでしょう。私は食べます。常に新しい味を求めています。岩のりだってむしり取って口にします。あの頃はフジツボが美味しいことを知らなかったことが悔やまれますが、フジツボだって食べます。フライにすると美味しいんです。おふくろの味原理主義の皆さんは一生フジツボは食べられませんよ。おふくろはフジツボなんか料理しませんからね。
※私はおふくろの味原理主義に対してトラウマがあります。

寺の鐘が鳴ると今でも少し焦ります。幼き頃、お寺の鐘が町に響いているのを聞きながら、一生懸命走りました。走りながら「私が巨人だったら、たったの一歩で帰れるのに」とか「この電線に傘を吊るしてビューンってひとっ飛びで帰れるんじゃないか」とかぐるぐるしていたのを思い出します。

#何者でもない #何者でもないということは何にでもなれる #お寺の鐘が鳴る前に帰りましょう

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