西部忠編『福祉+α 3 地域通貨』ミネルヴァ書房、2013 西部忠「地域通貨とはなにか――統合型コミュニケーション・メディア」pp.1-21

 地域通貨が関連する学問領域は経済学や社会学をはじめとして、極めて多方面にわたっている。それは、地域通貨が解決しようとする問題が多面的であるだけでなく、地域通貨の性質が多義的であるためである。したがって、地域通貨は学際的な研究対象になりやすい一方で、既成の学問分野の枠組みや方法によって理解することは難しい。本稿では、こうした地域通貨を捉えなおすために、まず経済に対する考え方を見直し、次いで地域通貨の特徴を明らかにする。そして最後に、地域通貨が経済的にどのように位置づけられるのかを述べる。
カール・ポランニーは、経済を統合するパターンとして互酬、交換、再分配の三つを挙げている1。これは、現代の制度にあてはめて考えるならば、それぞれコミュニティ、市場、政府の役割に相当するものである。互酬は、対称的に配置された二者の間では、贈与とその返礼として現れ、三者以上の場合は、贈与が円環をなしている。互酬はコミュニティの慣習や伝統と結びついている場合が多い。交換は、ある価格を持った財やサービスとその価格相当の貨幣の所有者が相互に交換するものとして表現される。再分配は、財やサービスをいったん中央に集め、国民に再分配することを指す。現在流通している国家通貨は、市場における交換を媒介するものであると同時に、再分配の手段としても利用されている。
 このように考えると、経済制度には市場だけでなく、コミュニティや政府の存在も重要であることがわかる。市場や政府、コミュニティの組み合わせによって経済は多様な形態をとる。日本は資本主義市場経済をとっているが、理論的には市場経済という枠組みを残したままでも資本主義ではない市場経済が存在する可能性がある。市場における交換とコミュニティにおける互酬という二つの領域において利用することができる地域通貨は、そのような非資本主義的市場経済を可能にするような制度の一つを示唆するものと思われる。
さて、経済を支える制度として、前述のとおり市場や政府のほかにコミュニティがある。しかし、従来の見方では、コミュニティの役割は経済的なものではなく、社会的・文化的な領域に属するものと見られてきた。事実、コミュニティの活動は貨幣を媒介とした市場経済の活動とは異質なものであり、一般的な意味での経済とは見なされない。しかしながら、歴史的にみて、経済において重要な役割を果たしてきたのは市場における交換ではなく、互酬と再分配である2。こうした観点からもコミュニティの役割を再考する必要がある。
 ところで、西部によれば、地域通貨は言語と貨幣の二つの側面を合わせもっているという3。地域通貨は言語としての社会・文化メディアと貨幣としての経済メディアの両側面を統合するものであり、統合型コミュニケーション・メディアとしてとらえることができる。
 地域通貨は、このふたつの側面を持っていることから、市場とコミュニティの双方に親和性を持っている。したがって、市場とコミュニティという相容れない領域を混合し、両者が共存できるようにすることで、コミュニティの経済的な機能を引き出すことができる。  地域通貨の目的は、いうまでもなく地域活性化である。その内容は大まかにいって、自立した地域経済の構築と地域コミュニティの活性化に区別できる。前者には、経済メディアとしての地域通貨が、後者には、社会・文化メディアとしての地域通貨がそれぞれ対応する。地域通貨によって媒介される地域の資源や労働力を適切に管理、利用することで地域経済の自律性を高めることができる。また、市場では評価されないコミュニティ活動も、地域通貨を利用することで、その価値を評価できるようになる。
 地域通貨が注目されている理由のひとつに、グローバリゼーションの影響があると考えられる。グローバリゼーションは、世界規模で市場領域が拡大する一方で、コミュニティと国家の役割が縮小していく過程としてとらえることができる。グローバリゼーションの進展とともに金融危機や不況がかつてない規模で世界中に波及するようになった。日本においては、2000 年代初頭に地域通貨が注目されるようになったが、その背景のひとつには1997 年のアジア危機がある4。地域通貨の利用によって地域経済を自立させることで、グローバリゼーションの影響を最小限にとどめることも可能であると考えられる。これは経済メディアとしての地域通貨の利用であり、多くの場合、このような効果が期待される。
そして、地域通貨はこうしたグローバリゼーションがもたらす問題に対する解決策としてだけでなく、地域コミュニティの再活性化としての役割も期待されている。市場領域の拡大とともに、互酬や相互扶助に基づいた地域コミュニティが衰退し、崩壊していくという事態が現れている。地域通貨の利用によって、そうした傾向をある程度抑制することができるのではないかと考えられる。これは、社会・文化メディアとしての利用法である。
 また、室田武や丸山真人らをはじめとするエントロピー学派5は、環境保護の観点から地域における物質循環の維持を重視しており、それを媒介する役割を果たすものとしても地域通貨に注目している6。地域のなかで完結する物質循環を維持することで、環境への負荷を軽減できるだけでなく、生物多様性の保全にもつながる。そうした物質循環とともに、地域における経済循環を促すことで、環境への負荷を軽減しつつ、地域コミュニティを活性化することが期待できる。
 以上の議論で明らかになったように、地域通貨を正しくとらえるためには、従来の経済や市場に対する見方を改めなければならない。地域通貨という言葉には、通貨という単語が使われているとはいえ、一般に流通している国家通貨とはその役割も目的も異なるものであることを理解する必要がある。したがって、地域通貨をとらえるための見方とは、単純に市場経済的な観点から地域コミュニティへと接近していくものではない。玉野井芳郎
が提唱した「広義の経済学」の視点、すなわち生命系を根底に据えた非市場的な世界に光を当てながら、地域をとらえることが重要であると考えられる。

1 カール・ポランニー『人間の経済』岩波書店、1980
2 ポランニー前掲書
3 西部忠「地域通貨とはなにか――統合型コミュニケーション・メディア」西部忠編『福祉+α
3 地域通貨』ミネルヴァ書房、2013 p.12
4 泉留維「日本における地域通貨制度」西部前掲書 p.236
5 エントロピー学派は、1970 年代から、環境問題の深刻化を受けて、エントロピー法則を経済
学に応用することを主張している。環境経済学の一分野として扱われる。
6 泉留維「地域通貨の思想」三俣学編著『エコロジーとコモンズ――環境ガバナンスと地域自立
の思想』晃洋書房、2014 p.9

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