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おしゃれはガマン。

ビーチサンダルと水着。
スーツケースの中に入っていても、ほとんど使われることがないものだ。

だって「旅先でプール」というのはどんな時でも驚くほど魅力的に見えるのだから、仕方ない。カリフォルニア特有のクリアな光が乱反射するまぶしいプールサイドで、のんびりと本を読む。できればペーパーバッグがいい。どれだけ便利だとしても、kindleじゃ気分は出ない。小難しい本よりも、スティーブン・キングあたりのライトサスペンス系がベストチョイス。幸せな時間に漂うただならぬ秘密の匂い。それだけで、ワクワクする。柔らかな午後のひとときには、スティーブン・キングか片平なぎさ。うんうん、世界で最もクールな組み合わせのひとつだね。やがて日が暮れる。僕はTシャツをはおって、サンセットが美しいビーチを散歩する。

僕の憧れだ。だから旅には、ビーチサンダルと水着を必ず持っていくのだ。

僕たちの旅は、たいていモーテルみたいな安ホテルを泊まり歩く。アメリカでは低価格のモーテルみたいな宿でも、プールが付いていることが多いのだ。レス・ザン・ゼロでアンドリュー・マッカーシーが毎晩のようにパーティしてたようなセレブなプールならいざ知らず、相手がそんな「本格派」なら、パーフェクトな選球眼が必要だ。どんよりとよどんだ水を見て「いったいいつ頃水を変えたのだろう」とか、部屋の入り口でバーボンを飲んでいる先輩たちを前に「謎のアジア人がプールに入ったりして、いぶかしがられないだろうか」とか。だいたい、沼影公園プールにインド人がいた時、びっくりしたのは僕の方だったし。そんな感じであれこれ無駄な妄想を巡らせてるうちに、見逃し三振。
ごめんよ「ビーサンと水着」。今回もまた出番がなかったね。

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いつだったか、サンタモニカのビーチサイドのホテルのプールで、のんびりと背泳ぎを楽しむ初老の男性がいた。このホテルのプールは「あり」だった。だって、サンタモニカだし。迷う僕。まだ肌寒い季節の朝だというのに、彼は赤いビキニパンツ一枚だ。ああ、なんて気持ち良さそうなんだろう。なんておしゃれなんだろう。僕のちっぽけな自意識なんて、大西洋のどこかに捨ててしまいたい。中庭の廊下からしばらく見ていた。おじさんと目があう。笑いかけてくる彼。「はい! 僕もいますぐ、そちらに向かいます」。プールサイドでコンバースを脱いだ僕は、恐る恐るプールの水に足をつけてみる。鳥貴族のハイボールのように、どこまでもキンキンに冷えた水。「ふふふ」という感じで、満足げにうなずく彼。

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ああ、なるほど。そういうことか。やっぱり「おしゃれはガマン」だったんだ。

久しぶりにスーツケースの中を整理する。僕の水着には、あいかわらず「TARGET」のタグがついたままなのだった。

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