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Remember my name!

「ニューヨークが好き」と無邪気に言えるのは、特別な才能のひとつだと思う。

ニューヨークは、スケールが大きいようで、実際のところ驚くほどミニマムな世界。だから、この街を楽しむためには、限られた時間の中とスペースの中で、全力で自分を解放できる才能が必要なんだ。

「あんたたちは才能を夢見てる。でも名声への道は、苦痛と汗との長く厳しい道よ、いいわね?」

80年代のテレビドラマ「Fame」の冒頭のナレーション。ニューヨークのアートスクールを舞台に、表現者としての成功を夢見る若者たちを書いた群像劇だ。それがニューヨークの印象すべてだった。成功と名声を求める人と挫折する人。そんなステレオタイプなニューヨークのイメージを特にデフォルメしたストーリー。常に展開はせかせかと急ぎ足だった。そのドラマは大好きだったのに、なぜか僕はニューヨークを嫌いになった。

それでも、たくさんの個性的なキャラクターの中で、ブルーノのことはとても好きだった。シンセサイザー付きのブルーノが奏でるメロディーは、エレクトリックなのに、どこか牧歌的で優しかった。

「君はこの街に何しにきたの?」

20年後、初めてのニューヨークで最初に聞いた言葉。ああ、これがニューヨークなんだなと、想像通りの展開に驚いた。名前は聞かれないのに、何をやっているかはしつこく聞かれる。その圧力は本当に驚異的で、この街にいる間は、誰もがその問いかけに答える義務がある。この街に憧れて、見切り発車でこの街を訪れた人々は、そんな不安定な感じに翻弄されつつも、常にチューニングを繰り返し、街のどこかの隙間にきっと居場所があると信じて、前に進もうと焦るように毎日を過ごすのだ。苦手だったのは、多分そんなでたらめなスピード感。

でも、ブルーノはいつも優しかった。ピアノがうまくて、あたたかくて。嫉妬し、挫折し、悩み続ける仲間たちに、いつだって優しく、正しい解決策を教えてくれる。前に進み続けたいけど、居場所が欲しい。不安定で変わりゆくものが大好きでこの街にいるはずなのに、安心できる変わらないものを求めたくなる。ブルーノはその変わらない何かの象徴だったのだ。

あらゆる現実や、未来のこと。自分の目の前を過ぎていくいろいろなことを軽やかに無視し続けながら、夢に向かって一歩を踏み出すニットキャップの女の子。成功したかどうかじゃなくて、成功したいと願ったかどうか、なによりそれが大事。すれ違う女の子たちのそんな潔い感じを見ていたら、ニューヨークを少しだけ好きになれた。

「ところで、君って誰だっけ?」

きっとブルーノだって、本当は「誰かの名前」なんて覚えてないに違いないけど。

Remember my name!

anna magazine特別号より

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