書評 | 江本弘著『歴史の建設 アメリカ近代建築論壇とラスキン受容』
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書評 | 江本弘著『歴史の建設 アメリカ近代建築論壇とラスキン受容』

メニカン

「建築における普遍的なもの」:未来の歴史家の幻影

評者 | 楊光耀 (@00ur0b0r0s )

 近年、多くの市庁舎や町役場といった、日本の政治にまつわる公共建築が、「~らしさ」や「みんなの」や「ひらかれた」といった文言の入った設計であることが多い。それは、公開プロポーザルや市民説明会といった、政治的手続きを経て作られる必要があるからだ。そのような民主的な合意形成によって作られた公共建築は、誰にとっても反対意見がなく使い勝手は良い清潔で公正な建築であると思われる。

 一方、かつて日本の国会議事堂を設計する時代においては、公共建築をめぐって様々な論争があった。そこでは公共建築を通して、国家の肖像をどのような建築様式によって表現するか、といった議論があった★1。西洋、東洋の~式、~主義といった様々な建築様式と、各々の様式に付随した言説がそれぞれ鎬を削っていた★2。それは近代以降、「日本らしさ」とは何かを建築を通して探索する初めての試みであった。こうした様式について国家的規模の論争は、日本に限らず、多くの国家の発展期に広く行われていた。その一つが本書『歴史の建設』で描かれる19世紀アメリカの建築論壇である。

様式の後で

 建築の様式を、ギリシャ、ローマ、ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロック、ロココ、新古典主義、モダニズム、(ポストモダニズム)、といった順番で整理する建築史の方法は、18世紀以降に出来た分類形式である。様式は現代の建築の分類や建築史の研究上、必ずしも有効ではない部分もあるが★3、19世期アメリカの建築論壇ではその分類は議論の中心にあった。本書で書かれるように、アメリカの国家的建築様式をゴシック・リヴァイヴァルにするかクラシシシズムにするか、という論争が行われていた。その重要人物がジョン・ラスキン★4であった。当時のアメリカは工業発展期にあり、美術や建築は後発だったことから如何に美術や建築を実用的な工業美学へ統合していくか★5、という当時の問題意識が論争の背景にあり、その理論的支柱にラスキンが呼び出された。

 西欧建築の後追いの国の宿命として、西欧で建築史上の様式の潮流が一通り経た後に、終わった様式を追体験するように受容していくことになる。それは、後追いの国が同時代的な様式の流行を経験していないからである。その際、それらの様式をどのような順序や理論で受容していくかという様式論争は普遍的に起こり得る。西欧建築の受容の歴史の浅い日本やアメリカだけに限られた話ではない。18世期から19世紀にかけて、イギリスでも同様にゴシック・リヴァイヴァルかグリーク・リヴァイヴァルかがといった論争が行われており、どの様式がイギリスの精神を体現するかや、当時の社会的な理想を実現にどちらの様式が相応しいかが議論されていた★6。まるで一世紀後にアメリカでも見られるような議論が行われていたのである★7。歴史は繰り返すのだ。

建築の循環

 繰り返すのは歴史だけではない。同様に建築論争が行われる際に持ち出される、さまざまな論理や主義にも繰り返しが見られるのである。本書で論じられていたラスキンはまさに、その繰り返される建築論争の中心に位置する人物である。しかも、ラスキンは決まった立場で登場するよりも、決まって論争の度に様々な立場に援用される。例えば、ヴィオレ=ル=デュクとラスキンが対比される際には、ゴシック・リヴァイヴァルの理論的支柱がラスキンからデュクへ移行された★8かと思いきや、今度はラスキンvsグリーノウにおいては象徴美vs機能美の対比がなされ、機能主義がラスキンと対比的に浮かび上がる★9、といったように様々な建築の二項対立と組み合わせられる。それほどラスキンの立場が揺れ動くのは、彼の言説が多面性を持っているからだろうか。

 例えば、第三章ゴシック・リヴァイヴァルの「二つの道」において、ラスキンの言説は章題の示すように、二つの方向=「道」に分かれていく。一つは、ゴシック・リヴァイヴァル、もう一つはクラシシズムである。

 一つ目の「道」のゴシック・リヴァイヴァルは、中世の家具の作られ方の正しさや丈夫さといった議論(ラッセル・スタージスによる「家具の流儀」の議論★10)の中で見られ、その中でラスキンを援用する論者の立場が変遷していく様子が分かる。それはアメリカ国内のゴシック史発達の理論的基礎の変遷と同時に見てとれる。まず、当時アメリカのゴシック史においては、ハーバート・ムーアの『ゴシック建築の発展と性質』(1890)が書かれ、続いてスタージスの『欧州建築史研究』(1896)が書かれる。前者では、ゴシック建築の本質が、様式の発展の中で漸進的進化を遂げた固有の建築の構造システムにあると書かれ、後者でも、同様の構造発達史観がとられている。この頃の理論的支柱はラスキンではなく、ヴィオレ=ル=デュク(当初はクラシシズムの理論的支柱だった)に移行していた。「家具の流儀」で主張されているのは、アメリカ国内で売られている家具が「どれ一つとして正しく作られていない」ことから、作り方の正しさ、耐久性や組み立ての合理性を重視したことである★11。これは後の機能主義へと通じる道である。

 そして、もう一つの「道」のクラシシズムは、「クイーン・アン」様式である。実例として、イギリス人建築家トーマス・ハリス設計の建国百年博覧会(1876)で設計したイギリス本部があり、当時のアメリカ人建築家の間で模倣された★12。その様式の特徴としては、規則通り、既知通りに形態を組み合わせて、古典的なディティールを用いることで、及第点となる建築が完成する。同時にこの手法はヨーロッパで長い間主流であったルネサンスの手法でもあった★13。またそれは、長い間フランスのボザールにて主流だった教育手法であり、当時のアメリカ建築界へのボザールへの影響や議論があったことがわかる★14。

 このゴシック・リヴァイヴァルとクラシシズムとの二つの流れはA・J・ブロワーが「クラシックの線、ゴシックの情感」★15と述べるように、当時のアメリカ建築論壇での主要な論争の一つであったが、これは、先述したように当時のイギリスでも類似する論争があった★16。そして、これらの二つの流れは、建築を越えて、その根幹に永劫的な思想の循環をも呼び起こすように思われるのである。

 まず、クラシシズムの手法は当時のアメリカ建築における本質主義として議論されていたが、これはプラトニズムを容易に想起させる。プラトニズムにおいては、あらゆる事象や物象が、イデアとしての決まったいくつかの原型が、さまざまな形で変形したり組み合わさったりすることで、構成されているからである★17。本書中に繰り返し出てくる、アメリカ建築における「超越的」なものとは、まさにこの思想に基づくものであるだろう。

 一方、ゴシック・リヴァイヴァルから繋がる、建築の機能主義においては、自然を観察し自然の事細かな分析から、自然の持つ様々な機能を建築に統合する、と言った近代の自然科学の持つ自然主義的な精神が反映されている。やがてそれらはルイス・サリヴァンによって有機的と名付けられ★18、近代建築思想の有名な「形態は機能に従う」と言った潮流を生み出していく。また、近代建築の精神を説明するのに、グリーノウの建築理論に造船の比喩が用いられていたことや、ル・コルビュジェの有名な「住宅は住む機械である」や、ギーディオンによる速度の概念の建築への導入も、その流れの系譜に位置づけられる★19。

 これらゴシック・リヴァイヴァルとクラシシズムの対比構造の根幹にあるのは、思想的には大陸合理論vsイギリス経験主義、建築的には本質主義vs機能主義、形式的には折衷的vs統合的といった、大枠的な整理が可能であると思われる。さらに、これらの対比構造をさらに建築的に見ていくと、建築を観念論的に捉えるか、実在論的に捉えるか、と言った哲学的な命題にも通じていくだろう。その際に、哲学史の中で半永久的に繰り返されていく観念論―実在論の循環構造★20が、建築の様式の背後にある建築のあり方を通して表出していると考えられる。

 こういった論争は決して現代にも無縁でなく、むしろ時代を越えて普遍的であり、現代の様々な建築的な議論もこのような循環構造から出発していることが、見て取れるのである。

歴史は世界を旅する

 さて、アメリカの論争について述べたが、同様の西欧建築様式受容の過程は、アメリカに先立つイギリスや、アメリカに続く日本にもあった。イギリスでは産業革命以降の近代精神の建築様式で実証的な表現、日本では明治維新後の国家的建築での様式論争の他にも、戦前の対外政策の「総合技術」による社会統治★21にも工学と美学の統合の意識形態が見られる。

 そして、現代にもここまでに書いたような様式論争はあるかと、世界を見渡すと、近年の中国を例に挙げることができるだろう。中国では1990年の改革開放一気に世界中に近代建築以降の表現様式が流れ込んでいった。その際に様々な思潮や表現が生み出されつつも、どこか西欧や日本とは異なるものであり、それは表現手法にとどまらず、中国現代社会の中での建築のふるまい方すら反映された姿勢であり、それは「批判的プラグマティズム」★22と中国人建築家によって呼ばれていた。

 最後に各国の建築の背景にあった思考の傾向を簡単に考えてみたい。イギリスは経験論、アメリカがプラグマティズム、中国では批判的プラグマティズム(もしくは社会主義リアリズム)、であると捉えれば、それぞれ建築についても同様に傾向を考えられる。観察と検証を元に近代精神の表れる建築様式を決定するイギリス、工業的な実用性から資本主義経済へ建築様式を特化させるアメリカ、政治思想と表象を分離させて便宜的な建築様式を用いる中国、といったような比較も可能だろう。

 では、翻って日本はどうであるか。1990年代以降、表象的な建築様式が忌避されているように思える。そこでは無色透明で民主的な建築が合意形成によって作られている。また、久しぶりに建築の表象性を喚起するはずだった国家の一大祝祭行事も現在のところ五里霧中にある。国家の表象が不在ということは、その国家の行末がどこへ向かっているのか分からなくなる。それが平和で成熟した国家のあり方だろうか、それとも終わってしまった歴史を粛々と生き続けているのか。2020年現在、激動の世界史の転換点に差し掛かっている中で、今後、日本においてどのような『歴史の建設』が行われていくのだろうか。


【註】

★1.「我国将来の建築様式を如何にすべきや」(1910年)建築学会の討論会をはじめ、大阪市公会堂設計競技(1912年開催)、帝国議会議事堂設計競技(1918年)といった設計競技など
★2.例えば、和洋折衷主義(三橋四郎)、新様式創造説(関野貞)、進化主義(伊東忠太)、西洋直写主義(長野宇平治)
★3.加藤耕一、『時がつくる建築 リノベーションの西洋建築史』東京大学出版会、2017年、P.18
★4.ジョン・ラスキン(1819-1900)イギリスの美術評論家、主著『建築の七燈』(The Seven Lamps of Architecture)、初版1849年、七つの燈(犠牲の燈、真実の燈、力の燈、美の燈、生命の燈、記憶の燈、従順の燈)によって、ゴシックやロマネスクにこそ建築の本質があるといった建築思想が書かれている。
★5.第一章 超越的工業 P.22~
★6.「…リヴァイヴァリズムの本質に横たわるものは、生活様式の理想を追う心情であって建築の理想的極限を目指すものではなかった。...」「リヴァイヴァリズムの混迷が、リヴァイヴァリズムを生み育てた市民社会の構造の中から引起こされたものであるという事実は、まことに皮肉といわねばなるまい。社会は個人の生活様式の理想を求めて建築家の職能成立を助けると同時に、職能人たる建築家に〈社会的客観性〉という商品価値を求めたのである。建築家たちは、ひたすら個性的な様式論を追求しなければならなかった。社会構成の上でも宗教的理念の上でもすでに全社会的紐帯を持たない社会は、個人的な夢、個人的な生活様式の理想の集積でありながら、全体としては建築家に客観的存在証明を迫る〈他者〉であった。」(鈴木博之、『建築の世紀末』、晶文社、1977年、pp.84-85)
★7.当時イギリスに興った新古典主義は、理念的立場と実証的立場の二つの理想の立場から、ゴシックリヴァイヴァリズムとグリークリヴァイヴァリズムの二つの運動に分かれた。その論争の中から鈴木は、近代建築に通じる建築的な演繹的思考のはじまりを見出している。
★8.第三章 ゴシック・リヴァイヴァルの「二つの道」P.125~
★9.エピローグ、P.388
★10.第三章 ゴシック・リヴァイヴァルの「二つの道」P.134-136
★11.「中世家具を特徴づけているのは〔……〕〔装飾の〕豊かさではなく、形式の選択、目的の偽りのない通知、無限の多様性、堅固な外観、物性に従った素材本来の利用法に示される、審美眼と理性でこそある。」P.136
★12.第三章 ゴシック・リヴァイヴァルの「二つの道」P.151~
★13.第三章 ゴシック・リヴァイヴァルの「二つの道」P.153
★14.第五章 ゴシックの死か再生 P.254
★15.第四章 異説クイーン・アン P.186~、なお「クラシックの線、ゴシックの情感」の言葉は「第10回AIA年次総会(1876)」にてブロワーが発言。
★16.鈴木博之、『建築の世紀末』、晶文社、1977年、pp.84-85
★17.プラトン、岸見一郎訳『ティマイオス・クリティアス』、2015年、現代書館
★18.終章 ティフォンの玉座 P.363
★19.終章 ティフォンの玉座 P.367~
★20.Many Conference #17  レクチャラー:仲山ひふみ、「イグジットをデザインせよ——実在論的建築への道を探る」2019年8月25日参照
https://confmany.asynk.jp/archive/17-%E3%82%A4%E3%82%B0%E3%82%B8%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%92%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%9B%E3%82%88-%E5%AE%9F%E5%9C%A8%E8%AB%96%E7%9A%84%E5%BB%BA%E7%AF%89%E3%81%B8%E3%81%AE%E9%81%93%E3%82%92%E6%8E%A2%E3%82%8B-%E4%BB%B2%E5%B1%B1%E3%81%B2%E3%81%B5%E3%81%BF
★21.Many Conference 書評 アーロン・S・モーア著 『「大東亜」を建設する 帝国日本の技術とイデオロギー』「総合技術」の失敗とその幻影、評者:楊光耀、2020年4月7日 https://note.com/confmany/n/n7a83c65fde77
★22.日本建築学会WEB建築討論、09「批判的プラグマティズム」──当代中国建筑家的処世術,但是…評者:楊光耀
[201907 特集:これからの建築と社会の関係性を考えるためのキーワード11 |Key Terms and Further Readings for Reexamining the Architects’ Identities Today]2019年7月1日
https://medium.com/kenchikutouron/08-%E6%89%B9%E5%88%A4%E7%9A%84%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0-%E5%BD%93%E4%BB%A3%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%BB%BA%E7%AD%91%E5%AE%B6%E7%9A%84%E5%87%A6%E4%B8%96%E8%A1%93-%E4%BD%86%E6%98%AF-94fb69deaf06

書誌情報

江本弘,『歴史の建設 アメリカ近代建築論壇とラスキン受容』,  東京大学出版会, 2019年.

評者

楊光耀 (@00ur0b0r0s )

やん・こうよう/1993年中国西安出身、1995年より東京在住。2018年東京大学工学部建築学科卒業、2020年東京大学工学系研究科建築学専攻修士課程修了。専門は、建築理論、都市計画。現在、建築設計事務所勤務。2018年-2020年多摩市ニュータウン再生推進会議市民委員、2020年-多摩市都市計画審議会市民委員
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