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将来を嘱望されながらも、かつて放火の罪で実刑判決も受けた、🇧🇷ブレーノのいま

—— 以下、翻訳 (ドイツ『tz』紙の記事全文)

2008年にFCバイエルンは、ブラジル出身の若手選手ブレーノを獲得したが、のちに彼は、放火で話題を呼ぶこととなる。現在、この元FCバイエルンのプロ選手は無所属となっている。

ミュンヘン - 2007年の夏には、すべての欧州サッカーのスカウトには、ブラジルの若手ディフェンダー、ブレノという名前が知れ渡っていた。当時、すでにユベントス・トリノやレアル・マドリードなど、多くのトップクラブがこの18歳との交渉を行っていたが、FCバイエルンが争奪戦を制し、12百万ユーロという異例の高額でFCサンパウロから獲得したのだった。ブレーノは、ウインターブレイク期間中にミュンヘンへと移籍した。

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ブレーノが再びミュンヘンの地に戻ることはなかった - 放火は彼のキャリアに暗雲をもたらした

ブラジルでは10代の頃からレギュラーとして活躍し、自身のデビューシーズンとなる2007年にブラジル選手権を制したブレーノだが、FCバイエルンでは、まずは序列を学ぶことになった。とはいえ、カール=ハインツ・ルンメニゲ社長は彼を「未来への投資」と語った。バイエルンでの一年目は、わずか17分しかプレーしていない。その後、バイエルンで7試合に出場した後、移籍からちょうど2年が経ったタイミングで、ニュルンベルクに期限付き移籍することになる。加入後、最初の6試合に出場したが、7試合目で十字靭帯断裂の大怪我を負った。

8ヶ月間の苦難の末、当時バイエルンのファン・ハール監督は、彼をレギュラー選手として起用したが、2011年4月に解任されて以降、彼は6分間の出場にとどまった。半月板損傷と膝の手術の後、この若いブラジル人はキャリアの淵に立たされ、重大なミスを犯してしまった。

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2011年9月19日の夜中、ブレーノは、高級住宅街のグリュンヴァルトにある自宅を消失させた。血中アルコール濃度は0.25%の泥酔状態だったという。妻と2人の子供も消防隊が着いた後に到着し、このブラジル人自身は軽傷を負い入院。その後まもなく、2011年9月24日に放火の疑いで拘留され、2週間後に保釈される。しかし、2012年7月に敗訴し、3年9ヶ月の実刑判決を受けることになった。また、ジオバネ・エウベル氏は、当時の問題の引き金は、彼がうまく馴染めていないことにあると非難している。

ブラジルで彼は復帰を果たす

2014年12月にブレーノは釈放され、再び自由の身となった。復帰後はFCサンパウロで歓迎して迎えれ、再びプロ選手たちとトレーニングすることが許された。ブレーノは久しぶりに自信を取り戻し、プロ生活への道に向かって戦った。その2年半後、まずはバスコ・ダ・ガマ・リオデジャネイロに期限付きで移籍したのち、完全移籍となり、2021年1月までの契約を結んでいた。

31歳になった今、しっかりとした生活を送っているように見えるブレーノは、インスタグラムで家族思いの姿を見せており、それを見る限り、人生の喜びを取り戻しているようだ。プロフィールには、子供や奥さんとの写真やブラジルでのスポーツ写真が満載だ。彼のドイツでの時間を思い出させるのは、大晦日にアップされた最近の投稿に寄せられたコメントだけだ。元バイエルンのチームメイトで、数々のクラブを渡り歩くアレクサンダー・バウムヨハンが、2つのハートを書いたコメントを残しているのだ。

▼元記事
https://www.tz.de/sport/fc-bayern/fc-bayern-muenchen-breno-brasilien-instagram-90213860.html


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