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(7)非営利組織の内部で起こりうる特有のコンプライアンス問題を解説

こんにちは、非営利組織とコンプライアンス研究会の代表世話人の塙 創平(はなわ そうへい)です。りのは綜合法律事務所という事務所で弁護士をしております。

前回の記事では、非営利組織だからこそ起きる「コンプライアンスの難しさ」の中でも、非営利組織外部との間で起こる問題に焦点を当てて説明しました。

今回はその続きとして、非営利組織内部で起こりうるコンプライアンスの問題について解説します。


職員とコンプライアンス

使用者責任については、以前の記事でもご紹介しています。

ここでは改めて、「非営利組織ならではの難しさ」という観点から説明します。

非営利組織は、職員を使用(雇用)しています。
つまり、非営利組織と職員の間には、雇用契約に基づく関係が成立します。
これを指揮命令関係といい、非営利組織内部の秩序を守るために必要な法律に基づく関係です。

非営利組織は、職員の業務執行について使用者責任を負います。
ですから、職員の起こした問題は『非営利組織の中の人が起こした問題』として、非営利組織も責任を負います

だからこそ組織は、指揮命令関係に基づき、組織内部の人が問題を起こさないように取り組まなくてはなりません。
これは、営利・非営利問わず組織のコンプライアンスの基本です。

しかし、ここに非営利組織ならではの難しさがあります。
非営利組織の職員になろうという方は、その組織が解決しようとする社会課題に積極的に関わりたい人、だからです。
したがって、非営利組織の職員は、営利企業の社員と比べると組織への帰属意識が(相対的に)低いことが多く、指揮命令関係よりも自分のやりたいことを優先する場面がしばしばあります。
これは、営利企業の社員では、通常考えにくいことです。

営利企業の場合は、「会社の利益になるか」が行動を起こす上での大きな判断基準なので、社員間で認識のズレがあまり生じません。しかし、非営利組織の場合、「組織の利益」ではなく「社会課題の解決」が職員自身の目指すところですから、必ずしも「組織の利益になる課題解決に近づく」ではない場合があります。未解決の課題に立ち向かうため、困難も多く、道のりが長いからです。そのため、職員間の知識や熱量、行動力によって、判断基準が変わりやすく、認識にズレが生じやすくなります。

ですから、非営利組織は、職員に対しても、指揮命令以外の方法でも、非営利組織のルールに従って行動してもらうように動機付ける必要があります。

例えば、指揮命令系統のみで人を動かそうとした結果、組織の歯車のように扱われた従業員が「言われたことだけやればいいんだ」という体になってしまうことも多いです(ダメですよ)。
そうではなく、その組織のルールに則って、その組織の戦略を実践することが、社会課題解決への最も近道であると具体的にイメージできる機会を提供することで、各職員が主体的に組織のルールを守って組織の戦略を実践したら、どうでしょうか。
組織の利益=社会課題の解決になりますね!

ここまで読んで、お気づきの方もいるかもしれません。
あれ? 営利企業でもそうなのでは? 営利企業だからといって、指揮命令関係で人を動かすより、指揮命令関係以外の方法で人を動かす方がいいのでは?、と。
そうなんです。実は、非営利組織において直面しやすい課題というだけで、実は営利企業でも同様の課題に直面しているのです。

また、職員に対するコンプライアンス研修において、ビジョン・ミッションを達成するためには、組織のルールも含めたコンプライアンスが不可欠であることを必ず伝えましょう。これも、非営利組織のルールに従って行動する動機づけになります。
ビジョン・ミッションとコンプライアンスの関係は、以下の記事で詳細にお話しています。

ボランティアとコンプライアンス

非営利組織の内部には、営利企業にはあまり見慣れない「人」が登場します。
ボランティアさんです。
日本語で「ボランティア」と言うと、「無償で役務を提供する人」というイメージがありますよね。しかし、一方で、若干の対価をもらう「有償ボランティア」もあります。

それこそ10年以上前の私は、有償ボランティアって何? 結局、無償なの?有償なの?アルバイトとは違うの? 意味がわからないよ!と思っていました。
ただ、英単語での”Volunteer”とは、「自らの意思で進んですること」を意味する名詞だそうです。つまりボランティアとは「自らの意思で進んでする」人という意味。こちらの意味がボランティアの本来的な意味というべきでしょう。

職員は、雇用関係=指揮命令関係にありますから、内心は「自らの意思で進んでする」人であっても、最終的には非営利組織の指揮命令に従うことになります(従わなければなりません。それが指揮命令関係です。)。

一方、ボランティアは、雇用関係ではない=指揮命令関係にない、という意味で、形式的にも実質的にも「自らの意思で進んでする」人ということになります。
 例えば職員さんは、所定労働日…あらかじめ決まっている働く日には出勤することを迫られますが、ボランティアは、法的拘束力のある出勤日のようなものは観念できないわけです。
このように、職員とボランティアは、指揮命令関係の有無で区別できます。

そうはいっても、外から見ると、ボランティアも職員も同じ非営利組織の中の人。
外から見たときに「非営利組織の中の人」がこの非営利組織の事業に関することで問題を起こした場合、非営利組織は迷惑を蒙った人に対し、使用者責任(民法第715条第1項)を負う(可能性がある)ことになります。
以前もお伝えしたように、使用者責任(民法第715条第1項)として述べられている「事業の執行について」とは、とても広い概念だからです。

つまり、非営利組織は、ボランティアとの間に『指揮命令関係がないにもかかわらず使用者責任を負う』という関係が成り立ってしまうわけです。
ですから、非営利組織は、ボランティアに対し、指揮命令以外の方法で、非営利組織のルールに従って行動してもらうように動機付ける必要があります。つまり、事業に対する正しい理解と研修を行うことが重要です。

結局、指揮命令関係にある職員であっても、指揮命令関係にない職員であっても、指揮命令以外の方法で、非営利組織のルールに従って行動する動機づけが必要、ということです。

ただ、ボランティアという、営利企業においては存在しない立場に対しては、指揮命令関係で解決する手段がないのに責任を負う恐れがあることに特に気をつけてほしいのです。非営利組織におけるコンプライアンスの難しさを表す、最も典型的な場面といえるでしょう。

ボランティアさんにこそ、コンプライアンス研修を怠らないように、注意してくださいね。

役員とコンプライアンス

もう一つあまり難しくない例ですが、組織の役員におけるコンプライアンスについてもご紹介します。

非営利組織の役員は、理事監事です。
株式会社の役員に置き換えると、取締役監査役といった人たちです。

組織の役員は、組織に対し、善良な管理者の注意義務を負います。いわゆる善管注意義務です。
民法には、以下のように定められています。

受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

組織の役員は、組織との間の法律関係を、委任契約に基づいて定められています。それによって、組織の役員は、組織に対し、善管注意義務が発生するわけです。

この「善良な管理者の注意」とは、注意のレベルを示しています。
「自己の財産に対するのと同一の注意」(民法第659条)と比べ、より気をつけて注意をしなければなりません。ちょっと具体的にすると、取引上、一般的・客観的に要求される程度の注意義務と言われています。

ここに関しては、『営利企業の役員でも、非営利組織の役員でも、注意義務のレベルは変わらない』と思っていただければ結構です。
 ただし気をつけてほしいのは、無償だから責任は軽いとか、非営利組織の役員だからボランティアなので名前を貸しているようなもの、と誤解している人が多いことです。

繰り返しになりますが、営利企業の役員でも、非営利組織の役員でも、注意義務のレベルは変わりません。むしろ、非営利組織の方が、他人の財産を預かったり(寄付)、難しい社会課題に臨んでいたりする結果、トラブルが起きやすいので、役員はとても重い責任を負っていることを忘れないでください。

非営利組織のリスクは掛け算!

このように、非営利組織では、登場する「人」が営利企業と比べても多いです。ステークホルダー(利害関係者)があまりに多様なのです。

 さらに、営利企業であれば、営利企業の内部の人と外部の人が直接結びつくということは相対的に少ないでしょう。内部関係のトラブルと外部関係のトラブルはそれぞれ別に起こります。

しかし、非営利組織の内部の人は、非営利組織の看板よりも、その人個人の信頼で外部の人と結びつくことが多いという特徴があります。

 つまり、営利企業であれば営利企業1:内部の人1、または営利企業1:外部の人1で、結局1:1の関係になりやすい。一方で、非営利組織は、非営利組織又は内部の人(2):ステークホルダー(多)で、多:多の関係になりやすい。

リスクの発生確率は、当事者の数で決まりますから、1×1より、多×多の方が多くなることをイメージできると思います。さらには内部・外部での両方の問題を一手に解決しないといけないことも多く、より事態が複雑化しやすいのです。

このように、非営利組織のコンプライアンスは難しい、のです。

まとめ

私は非営利組織の弁護士を務めたこの10年間あまり、本当に鍛えられました。

そこで得た経験をもとに、営利企業の相談に乗ると、あまりにシンプルで拍子抜けするほどです。

…レジリエンス(外力による歪みを跳ね返す力、回復力)ですね。
非営利組織の弁護士っぽい。

非営利組織の方は、難しいことに取り組んでいるんだという自覚を。
営利企業の方は、非営利組織はむしろ最先端の課題に取り組んでいて、むしろ自組織の課題を解決する鍵をコンプライアンスの面でも持っているかもしれないという敬意を。
お互い持っていけるとハッピーになるかもしれないな、と私は思っています。

最後までご覧いただきありがとうございました。


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