(4)私たちはなぜ、法令等を遵守するのか?弁護士が個人と組織、両方の視点から解説
前回の記事では、コンプライアンス違反が起きた際の、組織の法的責任についてお話ししました。
今回は「なぜ、法令等を遵守するのか」についてお話しします。
私たちのほとんどは、ルールを守っている
『日本は世界一安全な国』だと言われている影に、私たちのほとんどが法令を遵守しているという事実があります。
なぜ、私たちは法令を守っているのか、一緒に考えてみましょう。
まずはChatGPTに「なぜ、法令を遵守するのか」を尋ねてみました。ChatGPTは8つの理由を挙げた上で、次のようにまとめていました。
……要は、「ルールを守ることがルールだから従うべき」ということだそうです。
私には正直、ピンと来ません。
ルールは何のためにあるのか
中学生向けの法教育教材に、「法やルールって,なぜ必要なんだろう?」(作:法教育推進協議会)という冊子があります。
この教材では、ルールの機能として、次の2点を挙げています(26頁)。
秩序を守らないと安全に暮らしていけないから(秩序維持機能)
紛争を解決しなければ社会が安定しないから(紛争解決機能)
つまり、ルールがあることで、秩序を維持できる。逆に言えば、「ルールがないと、秩序は維持できない」…ということでしょうか。
うーん、もう少し詳しく知りたいですね。
法令を守らないとコミュニティから排除される
以前、「法令」とは、常識の最大公約数を明文化したもの(ルール)であるとお伝えしました。
つまり、法令は「常識の最大公約数だから」守らなくてはいけません。
もともとはあいまいで主観的な常識を、あらかじめ、みんなで(議会等で)議論して、「常識の最大公約数」にまで煮詰め、文字化することで明確に・客観的にしたもの。これが、ルール(成文法)です。
ルールはみんなで決めた「常識の最大公約数」だから、守らなくてはいけません。
→ 言い換えれば、ルールを守らない人はそのコミュニティ・社会から最終的に排除されます。
→ コミュニティに留まりたい人は当然ルールを守りますし、ルールを守らない人は、コミュニティ・社会から最終的に排除されるから、結果的に、そのコミュニティ・社会としての秩序は維持されます。
これがルールの本質なのだと私は思います。
つまり…私たちのほとんどが、なぜ法令を遵守するのかというと「コミュニティ、社会から排除されたくないから」。
常識の最大公約数である以上、これを守らなければ、コミュニティ、社会の一員として一歩を踏み出せない、何も始まらない、ということです。つまり、守らないと自分にも大きなデメリットが生じる….だから守るわけです。
法学の教科書には難しことが色々書いてありますが、私は、このように理解をしています。
なぜ、法令「等」を遵守するのか
ただし法令は、所詮、常識の最大公約数「でしか」ないため、法令さえ守っていれば、コミュニティ、社会から排除されない…というわけではありません。コミュニティ、社会から排除される際の基準となる「常識」は、もう少し広い概念です。
例えば、(旧)ジャニーズ事務所の社名変更問題が良い事例です。2023年9月19日時点で、こんな報道がありました。
組織の創業者が犯罪又はそれに類するコンプライアンスに反する問題を起こした場合、その組織の名称を変更しなければならない、という「法令の定め」はありません。ですから、法令に基づいて、この件に関し、商号(株式会社の名称、社名)を変更する必要はありません。
実際、ジャニーズ事務所は当初、社名の変更に対し、消極的な姿勢を見せました。
しかし、多数の被害者がいて、その社名を見る度に精神的苦痛を与える点に鑑みれば、そして、被害者に対する心からの謝罪と被害回復を目指すのであれば、当然、社名は変更しなければならない、という結論にたどり着くはずです。これが、「常識」です。
つまり、ジャニーズ事務所は、「常識という観点から社名の変更を迫られた」ということです。
このように、法令にとどまらず、常識を含む法令等を遵守しなければ、組織は存続を許されないわけです。
「法令遵守(順守)」なのか、「法令等遵守」なのか。
一文字違うだけで全く意味が違うことも、おわかりいただけたでしょう。
※正確には「ビジネスと人権」の見地から、スポンサー企業が離れたのですから、常識より一歩具体化した、「ビジネスと人権に関する指導原則」を背景に、というべきですが、ここではわかりやすく、常識を根拠としておきました。
組織にとってのコンプライアンス
「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」
この言葉は、三省堂国語辞典の第八版によれば、1980年にツービートが流行らせた流行語だそう。集団心理や同調にもつながる、コンプライアンスの見地からはとても検討しがいのあるメッセージです。
単に一個人が赤信号を渡った場合、事故にさえ遭わなければ、警察官に見つかって叱られるだけで済むかもしれません。
しかし、これが組織だったら本当に、「みんなで渡れば 怖くない」のでしょうか。
もし、とても素敵な活動をしているNPOの職員が、活動中に、そのNPOとよくわかる制服のまま赤信号を渡っているところをスマホで撮られ、動画をSNSにアップロードされたら?
動物愛護団体の職員が赤信号を渡った結果、これを避けた自動車が、猫を轢いてしまったら?
保育園を運営しているNPOの職員(保育士)が、園児と一緒のときに赤信号を渡って、交通事故に遭ったら?
…想像するだけで恐ろしいですね。
しかも、使用者責任があるので、赤信号を渡った個人だけでなく、組織にも責任が発生するわけです。
組織の看板を背負った個人の行動により、組織そのものが、コミュニティや社会から排除されるかもしれない。
要は、個人の一行動により、組織の活動継続にリスクが生じかねないということです。
だからこそ、組織は、組織を構成する人たちに対し、コンプライアンスの重要性を伝えていかなければいけません。
あなた一人の身体じゃないのよ、と。
組織の看板を背負って歩いているのよ、と。
組織のビジョン・ミッションを達成するための道のりの中で、コンプライアンスを確保しないと、組織のゴーイング・コンサーン(継続企業の前提。非営利組織でいえば、継続組織の前提、無期限の存続可能性、とでもいいましょうか。)も確保できないということを、しっかりと理解していきましょう。
まとめ
なぜ、法令等を遵守するのか解説してきました。
個人の視点では、コミュニティ・社会に留まる(排除されない)ため。
組織の視点では、コンプライアンスなくして、活動を継続できないからです。
これらのことを踏まえて、次回は「非営利組織のコンプライアンスの難しさ」についてお話ししようと思います。お楽しみに。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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