(3)個人の不祥事なのに組織も悪い?コンプライアンスで大事な「使用者責任」とは
こんにちは、非営利組織とコンプライアンス研究会の代表世話人の塙 創平(はなわ そうへい)です。りのは綜合法律事務所という事務所で弁護士をしております。
前回の記事では、何をコンプライアンスというのかについてお話ししました。
今回は、コンプライアンスに反した場合に、「組織」に生じる法的責任についてお話しします。
個人の不祥事でも、組織に責任がある
組織のコンプライアンスが問題になると、「◯◯が悪い」という悪者探しになりがちです。
もちろん、コンプライアンスが問題になるのは、組織で不祥事が起きた場面がほとんどですから、原因究明はとても大事なことであり、「こんなことをする『◯◯が悪い』」という話も、時には必要でしょう。
しかし、悪い人を見つけて叩くだけでは、問題は解決しません。
同じような「悪い人」がまた、その組織に現れかねないからです。
組織は、組織内に「悪い人」を登場させたことについて、責任を負います。その責任について、法律はどのように定めているのか、事例を元にお話します。
職員Aが悪い!
まぁ……いうまでもありませんね。職員Aが悪い。
通所者Vのキャッシュカードと銀行の500万円に関する窃盗罪が成立します(刑法第235条)。
特定非営利活動法人ODAKU(仮名)は、職員Aを懲戒解雇するでしょうし、職員Aは、重大な刑事責任も負うことでしょう。
特定非営利活動法人ODAKU(仮名)も悪い!
ODAKU(仮名)では少なくとも、そこに勤める職員であれば、事務室に保管されていたロッカーのマスターキーを取り出せる状態だったことになります。
財布その他貴重品を預かるロッカーなのですから、ロッカーのマスターキーを取り出す手続き(例えば、マスターキー使用簿を備え置き、マスターキーの持出し時・返却時にダブルチェックをする等)を定めたり、そもそもロッカーのマスターキーを扱える役職を限定したりするなど、「悪用されること」を前提とした予防策が必要であったでしょう。
このような予防策がなかったということは、職員に1人でも「悪い人」がいれば、簡単に、事例に挙げたような事件が起きるということ。
ODAKU(仮名)には、そのような警戒心・想像力が足りていなかった。つまり、事業の監督について相当の注意をしていなかった、ということで、やっぱりこのNPO法人も「悪い」です。
……性善説もほどほどにしましょう。
通所者Vは、どうやって500万円を取り返す?
職員Aは、通所者Vの財布から現金を抜き取るに飽き足らず、キャッシュカードで500万円を引き出しちゃうぐらい「悪い人」です。
このような「悪い人」にお金を盗まれた場合、通所者Vは、職員Aから500万円を取り返すことは、現実的に考えてみても、とても困難です。
この場合、通所者Vは、ODAKU(仮名)に対し、使用者責任(民法第715条第1項)に基づき、500万円を返せ、と請求することができます。
次に説明する「使用者責任」を持ち出された場合、特定非営利活動法人ODAKU(仮名)は「(元)職員Aのやったことだから、道義的責任を感じるものの、賠償はできない」と言える立場ではない、ということを覚えておいて下さい。
使用者責任とは
民法第715条第1項は、使用者責任について、以下のように定めています。
今回の事例で言えば、特定非営利活動法人ODAKU(仮名)は、福祉施設を運営するために職員Aを雇用しました。「使用者」がODAKU(仮名)であり、「被用者」が職員Aにあたります。
被用者である職員Aが施設の利用者である通所者Vに損害を加えた時は、使用者であるODAKU(仮名)が賠償してくださいね、と書いているのが使用者責任(民法第715条第1項)です。
この使用者責任は、次に述べる危険責任・報償責任の各原理に基づきます。あくまで被用者(使用されている人)が不法行為責任(民法第709条)を負う場合に、報償責任・危険責任という考えに基づき、使用者の責任を広げたものなのです。
…広げているから、みんな、すぐにピンとこないんですね。
報償責任とは
報償責任とは、次のような考え方です。
これには、「利益をあげる過程で他人に損害を与えた者はその利益の中から賠償するのが公平」(同・13頁)という前提があります。一言でいうと、「利益の帰するところ損失もまた帰する」(同)という考え方であり「報償責任の原理」と呼ばれます。
今回の事例で言えば、職員Aが福祉施設のスタッフとして勤務することで、ODAKU(仮名)は社会的活動領域を拡張し、利益を収める可能性を享受していました。職員Aを雇うことで組織を運営し、利益を享受していたのだから、職員Aによる損失も受け入れろということです。
常識的にも、受け入れられる話ですよね。
危険責任とは
危険責任とは、次のような考え方です。
報償責任との違いがわかりにくいですが、単純にいうと、報償責任は、利益に注目した考え方、危険責任は危険に注目した考え方です。
危険なことをやるのだから、その過程を支配する人は、結果についても責任を負いなさいよ、という前提があり「危険責任の原理」と呼ばれます。
今回の事例で言えば、福祉施設の運営に関わる人が増えることで、トラブルが起きやすくなるのは当然であり、「利益は受け取るのだから、悪いことの責任もちゃんと負ってくださいね」ということです。
非営利組織ならではの「使用者責任」の難しさ
営利企業では、勝手に社用車を乗り出したあげくに交通事故を起こし、営利企業が損害賠償請求を受けるような場面が、典型的な「使用者責任」の場面になります。
一方、非営利組織では、「使用者責任」を知っているとドキドキする場面によく出会います。
例えば、熱心な職員の方が、「実はこれは法人としてはできないので、私が個人的に支援しています」と胸を張り、勤務先とは別に、個人的に同種の支援をしている話を聞くことがあります。同じような話は、職員に限らず、ボランティアの方からも聞きます。
しかし、使用者責任(民法第715条第1項)として述べられている「事業の執行について」とは、前述したようにとても広い概念です。
具体的にいうと、たとえ実際は個人的にしたことでも、外から見た時に、非営利組織の扱う分野の事業であれば、「事業の執行について」にあたるとされています。
つまり、外から見たときに、非営利組織の扱う事業と重なっていれば、実態は非営利組織の扱う事業とは無関係であっても、非営利組織の「事業の執行について」と扱われ、組織の責任になります。
この点は、特に注意が必要です。
よかれと思って個人的にしたつもりでも、「万が一事故が起きた場合に、組織全体の責任となってしまう」ということは、心に留めておきたいものですね。個人的に責任を取るだけではすまないのです。
まとめ
このように、コンプライアンスの問題は、職員Aのような「悪い人」からだけでなく、職務熱心のあまり発生することもあり、さまざまです。
ただ、どのような場合であっても、「使用者責任」を知らないと、個人的な責任の話に終始してしまう為、頭の片隅に置いておくことが大切です。
特に非営利組織においては、事例のような悪意を持ってではなく、善意による行動からもコンプライアンス違反は起きうるという「難しい点」があるということを知っておいてくださいね。だから今回はまず、使用者責任のお話をしました。
次回は、「なぜ、法令等を遵守するのか」とか、「非営利組織のコンプライアンスの難しさ」を説明しましょう。お楽しみに。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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