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わかってあげられるよぉ

もし「赤見かるび」というVtuber目当てでこのnoteを見つけた人がいるなら先に謝っておきます。ごめんなさい🙇
これから書く内容はそのVtuberとは関係ありませんので、ご了承ください。「赤見かるび」というのは私が普段よく利用しているTwitchという配信プラットフォームで活動しているゲーム実況者、Vtuberなのですが今回の話とは関係がないので、割愛させていただいて、また気が向いたら話そうと思います。(恐らくnoteでTwitch界隈のことを知っているユーザーは少ないと思いますが、この「わかってあげられるよぉ」はかるびの持ちネタです。)


さて、本題なのですが私は先日久しく開いていなかったこのnoteというサービスを2年ぶりに開きました。そして、一日かけて片っ端から気になった記事を読み漁りました。いやー本当に楽しませていただきました。日記やエッセイといったジャンルを多く読んだかな。毒親育ちの記事を読んで共感したり、好きなミュージシャンの内面をのぞいてみたり、下ネタの含まれる記事で笑ってみたり、日常をタイムループした人の記事で心があったかくなったり。久しぶりに充実した1日を過ごせた気がします。

私がnoteを好きな点が2つあるのですが、1つは過去の記事を簡単に読むことができて、その人の人生を知ることが出来る点です。

日記って自分の価値観とか思想とか感情が表れるので、その人が生きた証の積み重ねみたいなもの、つまり人生とも捉えることができると思うんです。
自分の過去の日記を読み返したことがある人は共感してもらえると思うんだけど、「お前誰だよw」ってなることありませんか?自分の日記ですら考え方や価値観の変化があるのですから、それが他人の日記となるとそれはもうすごい価値観や感情の変化が見てとれますよ。
この期間はちょっとメンタルが落ち込んでいるなとか、この期間はこの趣味にハマっているなとか、この人最近note更新してないなとか。
noteは2014年4月7日にサービスを開始したらしいので、初期から始めている人は約9年分の人生が記録されていることになり、ライターの数だけ人生の変遷をコンテンツとして楽しむことができる、ということになりますね。

2つ目は他のSNSなどのリンクを載せている人がまあまあいる、という点です。
noteではX(twitter)やinstagram、たまに自分の運営しているwebサイトなどをプロフィール欄に載せている人を見かけます。私含め大多数の消費者側ではなく、フォロワーの多いクリエイターが載せている傾向が強い気がするような。
Xだと文章系、インスタだとイラスト系の投稿が多いような気がします。
2年前とか過去の記事を読んだあと、Xで最近のつぶやきを見ると
「ああ、今も世界のどこかにこの人は存在しているんだな」という気持ちになります。
まあ、当たり前なんですけどね。
記事を読んだ後にinstagramでイラストを見ると普段とちょっと違った視点で絵を見ることができます。普段Xで流れてくるようなイラストに対しては、「綺麗だな」ぐらいの感想ですが、その人の人物像を知った上で絵を見るとこう何とも言えない深みが生まれるんですよね。その人の好きなアニメキャラクターだったり、旅行先のスケッチだったり、趣味とか好みが絵にも表れていてまるでその人が友達かのように身近な存在として感じることができます。
で、その人のリア友らしき人から「今度ご飯いかない?」なんてコメントを見つけて、(どんなお店に行ったんだろう?美味しかったかな?イタリアンかな?フレンチかな?)なんて妄想しちゃったりして。まあ妄想にふけったつもりはなく、ほぼ反射的に考えてしまうんですけどね。


少々話が脱線してしまいました。以上の文章を読んで感じた方もいらっしゃると思いますが、私は共感力がどうやら高いようなのです。なにが共感力だただ思い込みの激しい変態妄想勘違い野郎じゃねぇか。
共感力と言うよりも感受性とかHSPみたいな言葉のほうが近いかな。
映画やアニメ、小説に感情移入して泣くこともしばしば。

感受性が豊かだったら芸術や音楽、読書を楽しめるし、何にでもある程度共感できるから誰とでも仲良くなれそう。もし私がアイツだったらこんな感想を抱くのだろうか?
感受性が豊か、イコール偏桃体がビンビンだと、感情移入しやすく漫画とか映画とか楽しみやすい、みたいなメリットもあるけど、マイナスな感情を受け取りやすいっていうデメリットもある。メトロノームをイメージしてもらえると分かりやすいと思う。

他の人が中心から±2メモリまでのメトロノームだとしたら、感受性が豊かな人は感情の振れ幅が±10メモリあって、くっっそ重たい重りがついてるからめちゃくちゃ感情が揺れ動くし、振り切ったら振り切りっぱなし、みたいなイメージ。あくまでイメージだから実際のメトロノームに横のメモリはないけどね。

結局何が言いたいかというと、感受性が豊かでしんどいこと、苦しいこともたくさんあるけれど、noteを楽しむことができる、この点においては共感力というこの気質をもって生まれたことは良かったなと思う。


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