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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その38 名前にまつわるetc(エトセトラ)ー登場人物の名前から見えてくる関係性ー前編

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 前回、「海きこ2」における「美香さんとのお食事会」を考察しました。

 今回、「小説版」の登場人物たちの「名前にまつわるアレコレ」について、2回に分けて考察していきたいと思います。


「武藤」から「里伽子」へ・「杜崎くん」から「拓」へー相手への呼び方から関係性を考えるー


「ぼくは八月にはいったら、クラス会に合わせて高知に帰るけどさ。里伽子も来ないか。ヒマなら」
 ぼくはなるべく優しい気持ちでいった。(略)
「海きこ」第六章 249ページより引用

 「小説版」、里伽子のアパートを訪れて、(ようやく)「好き」だと気持ちを告白した拓(「海きこ」第五章 235ページ)は、東京ドームでの初?デートを境に、里伽子のことを「武藤」から「里伽子」へと「下の名前」で呼び始めます。

 一方、里伽子もまた、この東京ドームでのデートにおいて、「杜崎くんのことが好きかもしれない」といって、拓に自分の気持ちを告白します。(「海きこ」第六章 251ページ)
 ただ、里伽子の場合、拓のことを「杜崎くん」から「拓」と呼び始めるまで「時差」(タイムラグ)があります。
 なぜ、拓と違って「時差」が存在するかと言えば、里伽子には、拓が好きだという気持ちに加えて、「高知」に転校してきたがきっかけで(「世間」から)「ズレ」て(性格が「変質」して)しまった自分自身を受け入れる心の変化が必要であったからです。
(「小説版」において、「好きかもしれない」という里伽子の曖昧な告白の背景に何があるかについては、過去の考察をご覧ください。)

 里伽子は夏休みの「高知」への帰省の旅で、「ズレ」るきっかけとなった「高知」の街、松野や清水をはじめとした高校の同級生たちを受け入れることができるようになりました。(「海きこ」第六章 288ページ)

 「高知」を受け入れることができたことで「ズレ」てしまった自分を心から受け入れることができるようになった里伽子は、「ズレ」た自分を好きになってくれた拓のことを心から好きになれるようになったのです。

「……拓?」
 驚いたことに里伽子だった。電話番号を教えてあったけれど、里伽子から電話がくるのは初めてだったし、なんといってもこんな時間だから、ほんとに驚いた。
「海きこ2」第二章 71ページ~72ページより引用

 夏休みの帰省ののち、「東京」に戻ってきた里伽子が休み明けの「泉岳寺」デートを経て、初めて拓に電話をするシーンの里伽子のセリフです。
 このシーンを境に里伽子も拓のことを「杜崎くん」から「拓」と呼び始めるようになります。
 ただ、筆者は(拓の述懐に存在こそしないものの)2人の打ち解けた会話から、里伽子が拓のことを「杜崎くん」から「拓」と呼ぶようになった最初の場面が「泉岳寺」デート(『海きこ2』第二章 45ページ~46ページ)だったのではないかと思えてならないのです。
(ちなみに、「高知」帰省中の拓・松野・里伽子の3人での「四万十」への小旅行シーンでは、里伽子がまだ拓のことを「杜崎くん」(「海きこ2」第一章 12ページ)と呼んでいます。)

 恋人同士となった拓と里伽子がお互いを「下の名前」で呼び合うー2人の関係性の変化を象徴するシーンであるといえます。

 ただ、里伽子が「特別な存在」になった一方で、「小説版」において、拓が一貫して相手を「氏名」(フルネーム)で述懐(地の文で「氏名」表記される)し続ける人物が「3人」も存在するのです。


なぜ、拓は「3人」を「氏名」(フルネーム)で述懐するのか?ー拓と里伽子との関係から見えてくる「頭のあがらない」と「対立」の関係性ー

 

○「清水 明子」…拓の高校時代のクラスメイト
○「津村 知沙」…拓と同じ大学の先輩
○「緒方 和見」…里伽子と同じ大学の友人

 「小説版」において、拓は一貫して彼女たち「3人」「フルネーム」で述懐しています。もちろん、知沙との会話を読めばわかるように、大学の先輩である知沙に対して、拓はきちんと「津村さん」「"さん"づけ」で知沙を呼んでいます。

 それなのに、なぜ拓は「3人」を地の文(つまり拓の心の中の述懐)において「フルネーム」で呼んでいるのでしょうか。
(ちなみに、他の登場人物は初登場時に「フルネーム」で呼ばれますが、以後、拓に「名字」で呼ばれることがほとんどです。拓の親友である松野や里伽子の高校時代の友人であった小浜ですら、地の文において「名字」で拓に呼ばれています。)

 拓というより、作者である「氷室 冴子」先生がこの「3人」を「意図的」に「フルネーム」で表記していることから、彼女たちには他の登場人物たちと「違う」何かがあると考えるのが自然です。

 それが何かを考えるにあたって、「3人」を拓の視点と里伽子の視点で見てみると、ある「共通項」が彼女たちに浮かび上がってくるのです。

 拓の視点で見た場合、「3人」は拓にとって(色々な意味で)「頭のあがらない存在」であることがわかります。1人ずつ見ていきましょう。

 まず、1人目は清水明子です。過去の考察で書いたとおり、清水は拓から見て「委員長タイプ」の女の子でした。
 高校時代の学園祭での「里伽子つるし上げ事件」において、「私怨私恨」がもとで一触即発の危機に陥りそうになった際、清水の鶴の一声で里伽子を取り囲んでいたクラスの女子たちは、つるし上げをやめています。
 また、大学生の夏休みに「高知」に帰省した拓は、「東京組の初代幹事」にも関わらず寝過ごして、クラス会に遅刻してしまいます。そんな拓に「小言」を言ったのは清水でした。
 拓にクラス会の「裏テーマ」を教えてくれたり、帯屋町でバッタリ再会した里伽子に「クラス会の2次会から参加したらいい」とアドバイスしたりと、面倒見のいい「委員長タイプ」の清水は拓にとって「頭の上らない存在」だったのです。

 つぎに、2人目は津村知沙です。知沙は大学生となった拓が「東京」において里伽子と再会するきっかけをつくった人物です。また、拓が里伽子に「告白」することができたのも知沙の後押しがあったからとっても過言でないほど、知沙は拓にとって「恩人」でもあるのです。
 一方で、大沢氏との「不倫」に傷ついた知沙は、事情を知らない拓を大沢氏の家の前に連れて行ったり、「高知」に帰省して不在の拓のアパートに勝手に上がり込んで爆睡したりと、拓にとって「迷惑」この上ない存在でもあったのです。
 「海きこ2」において、知沙が大沢氏と別れるきっかけとなった「みのりさんの個展」に付き添ったことからもわかるように、(知沙への感謝と迷惑を感じつつも)拓にとって知沙も「頭の上らない存在」だったといえます。

 最後に、3人目は「緒方 和見(おがた かずみ)」(以下、緒方と略す)です。緒方は、里伽子と「趣味のあう」同じ大学の友人です。
 先に触れた拓と里伽子の「泉岳寺」デートでの会話に登場自体しているのですが(『海きこ2』第二章 45ページ~46ページ)、名前を伴って登場するのは「終章」に入ってからなのです。
 緒方は、病院に運ばれた美香さんのマンション(高校時代のGWに里伽子と一緒に拓が行ったことのある里伽子の父親のマンション)のクリーニングのため、拓と里伽子とともにマンションに行きます。(「海きこ2」終章 264ページ~268ページ)
 今だ動揺の残る里伽子や困惑する拓に対して、テキパキと指示をした緒方は、自ら率先して部屋のクリーニングにいそしむのです。

 この世はほんとに、ああいうコがいてくれるから動いていくんだなーとぼくは内心、とても感動した。(略)
(「海きこ2」終章 266ページより引用)

  友人である里伽子を思いやり、(拓が)イヤだと思う掃除もこなす緒方の姿に感動した拓は、女の友達をつくることが苦手な里伽子と仲良ししてほしいことを緒方に伝えます。
 はにかみながらも、(里伽子と仲良くしてほしいという)拓の申し出を受け入れた緒方は、拓にとって「頭のあがらない存在」に思えるのです。

 ここまで、拓の視点から「3人」「共通項」を見てきました。一方で、里伽子の視点で見た場合、「3人」はそれぞれ里伽子と「対立関係にある(もしくは対立関係にあった)存在」なのです。こちらも、1人ずつ見ていきましょう。

 まず、1人目の清水については、拓の視点でも触れたとおり、高校時代の学園祭での「里伽子つるし上げ事件」において、里伽子と清水は「対立関係」にありました。
 ただ、大学生となってのち、夏休みに「高知」に帰省して再会した2人は、お互い「世界が狭かった」と納得して和解に至っています。

 次に、2人目の知沙については、前回の考察で見てきたとおりです。
 「美香さんとのお食事会」の開催されたレストランに「不倫相手」の大沢氏と食事に来ていた知沙を偶然見かけた里伽子は、知沙と大沢氏の食事を台無しにしてしまいます。
 大沢氏との時間をブチ壊した里伽子に対して、知沙は明確な「殺意」があることを拓に告げる一方で、里伽子も「自分の父親と美香さんとの不倫」のこともあり、「不倫相手」と食事をしていた知沙が「嫌いだ」ということを拓に打ち明けているのです。
 お互い相手に対する嫌悪感を直接口にしていませんが、里伽子と知沙の関係は、お互い相手の気持ちを知らないものの(拓だけが知っていますが)、「対立関係」にあるといえるでしょう。

 最後に3人目の緒方について、拓の視点でも触れたように「海きこ2」の終章に登場しただけです。里伽子と「対立関係」をうかがわせる要素は現時点で見当たりません。
 しかし、筆者は里伽子と緒方の2人には(潜在的な)「対立関係」が推定できると考えます。
 なぜなら、「フルネーム」で拓に呼ばれる人物に緒方も該当しているからであるとともに、「海きこ2」終章で現れた「里伽子・緒方・拓」の3人の関係が、高校時代の「拓・松野・里伽子」の三角関係をちょうど鏡で見たように裏返しした関係であるからです。

「女がまざると友情もダメになる…?!」
「アニメージュ版」連載第5回 アオリ文より

 「アニメージュ版」において、「拓・松野・里伽子」の三角関係をこのように評しているのですが、「里伽子・緒方・拓」の関係にも当てはまる言葉であると筆者は考えます。
 里伽子の視点で別な例を挙げるとするならば、里伽子が高校時代「東京」で暮らしていたときの「里伽子・リョーコ・岡田」の三角関係と一致していると言い換えるとわかりやすいかもしれません。
 「海きこ」「アニメ版」でも触れていたように、この3人の関係は里伽子に「変化」(両親の離婚によって里伽子が「高知」に転校したこと)が生じたことで、(里伽子にとって最悪とも言える形で)終わりを告げました。

 もし、「小説版」の続編が書かれていたならば、「緒方」が拓との関係で里伽子と「対立関係」におちいる展開があったのではと筆者に思えてならないのです。

 今回、「小説版」の登場人物たちの「名前にまつわるアレコレ」前編として、考察してきました。

 次回、「小説版」の登場人物たちの「名前にまつわるアレコレ」後編として、「名字」にまつわる「ある共通項」を見ていきたいと思います。


ー今回のまとめー

「小説版」の登場人物たちの「名前にまつわるアレコレ」について(前編)

 拓は東京ドームでのデートを境に、里伽子のことを「武藤」から「里伽子」へと「下の名前」で呼び始める。
 里伽子は拓のことを「杜崎くん」から「拓」と呼び始めるまでタイムラグ)があった。理由として里伽子には、「高知」への転校がきっかけで「ズレ」てしまった自分自身を受け入れる心の変化が必要だったから。
 里伽子が拓のことを初めて「杜崎くん」から「拓」と呼ぶのは「高知」帰省後に初めて拓に電話をするシーンから。一方で、2人の打ち解けた会話から、里伽子は「泉岳寺」デートを境に拓のことを「杜崎くん」から「拓」と呼ぶようになったと推定できる。
 「小説版」において、拓は一貫して「清水 明子」・「津村 知沙」・「緒方 和見」の3人を「フルネーム」で述懐し続けている。
 3人が「フルネーム」で呼ばれるのは、拓の視点で見た場合、拓にとって「頭のあがらない存在」であることが理由として考えられる。
 里伽子の視点で見た場合、「3人」はそれぞれ里伽子と「対立関係にある(あった)存在」であることが理由として考えられる。
 「里伽子・緒方・拓」の3人の関係は、高校時代の「拓・松野・里伽子」の三角関係をちょうど鏡で見たように裏返しした関係にもみえる。
 「小説版」の続編が書かれていたならば、「緒方」が拓との関係で里伽子と「対立関係」におちいる展開が推定できる。

※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。


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