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くしゃみが悪になった日から

マスクの着用が個人の判断に任されるようになる日が近づいている。3月13日以降は、マスクを着けずに人と話す機会が少しは増えるだろうかと期待している。

私は、昨秋以降、ひとりで屋外にいるときはマスクを着けていないことが多い。メガネをかけているとレンズがくもってしまうのに加え、誰とも接触しないなら着ける意味がよくわからないからだ。

そうしたら、すれ違った高齢の男性に「マスクつけろやボケが!」と言われたことがある。

マスク着用をめぐって、世の中が分断されていることを実感した。と同時に、腹立たしくもあった。もし私が身長190cm、筋骨隆々のいかつい男性であったとしてもおなじ台詞を吐けるのかどうか、ぜひあの男性に聞いてみたい。つまり、けっこう根に持っている。悔しいわ。

3年前、この感染症が広まり始めた頃は、マスクを求めてドラッグストアに人々が殺到し、品薄状態が続いた。手づくりマスクで非常事態を乗り切ろうとされた方も多かったと思う。

当時は、くしゃみや咳をするだけで白い目で見られるのではないかと疑心暗鬼になった。実際にそういう反応をする人を見たこともある。一部の生理現象が、憎しみの対象へと変わったことを感じた。

マスクをめぐってはさまざまな議論があり、私はどれを是だとも非だとも決められない。極端な場合や持病のある方の前などを除いては「いろいろあって、いろいろいい」を再認識させられた。

それでも、そろそろ誰かと素顔を突きあわせてコミュニケーションを取れる日が戻ってくるかもしれないと思うと、わくわくする。やはり話をするからには、相手の表情を確認したい。笑顔が出たなら、それも見たい。全部ひっくるめて、やり取りの妙味を噛みしめたい。

気が早いけれど、マスクを外す準備として、久しぶりにチークカラーを買った。もし、記念すべき脱マスクデーになるのなら、そこはやっぱりシャネルでしょ、と浮かれてしまった。

定番中の定番、ジュ・コントゥラストの330番。

3年間、ほとんど紅を施されることのなかった頬が染まる。人々が顔を隠し、くしゃみが悪になったあの日から、3年。新しい景色は見えるだろうか。

私は、顔を見て、話がしたい。

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