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「詩」小詩集〜かつての場所へ〜

 *

 西の門が風に開かれた
 昔の人に会える気がしたのに
 その風は深く私を揺らし
 東の門を抜け森に駆けた
 南の門は堅く閉ざされていた
 
 *
 
 記憶は全て心の中にある
 産声をあげ生まれたあの日も
 生まれる前の記憶も全て
 一度だけ空白に包まれたことがある
 私を超えた場所に 私はいた
 
 *
 
 泉は歪んでいた
 波紋から雨粒が生まれた
 葉の落ちた冬の森を抜け
 ススキの枯れた冬の野に出た
 そこはかつての場所だった
 
 *
 
 森の中には古びた金堂がある
 壁の隙間から差し込む入り日が
 阿弥陀仏を照らしている
 見知らぬ老人が祭壇に花を添え
 花瓶に注ぐ 美しい山の湧き水を
 
 *
 
 その夜 魔法瓶は間なく降り
 文字通り街を銀世界に変えた
 翌朝はあいにくの晴天で
 一つだけ融け残った魔法瓶が
 マブシカッタ
 
 *
 
 夜明け前の冬の河川敷で
 二人は呆然と佇んでいた
 東の空に光は立ち始めた
 西の空に月は傾いていった
 小さな舟を 昔の人が漕いでいた
 
 *
 
 街角のカフェ
 秋風の通り道
 紫に薫る珈琲マンデリン
 窓の外では美草揺れ
 飽きることない麗しの秋
 
 
 *
 
 西の空へと沈み
 東の空からまた帰ってくる
 かつての場所へ
 人はいつか辿り着くだろう
 かつてない場所へと

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