「結婚のあいさつ」はイチゴざんまい
朝からそわそわが止まらない。
午後には、長女が彼と一緒に「結婚のあいさつ」に来る。
部屋をいつもよりきれいに片づけ、午前のうちに、街で一番おいしいと評判のケーキ屋さんで、ケーキを6個買ってきた。
普段着から「授業参観に行く日のお母さん」っぽい服に着替えた私は、いつもよりちょっとだけ、きちんとお化粧もした。
夫もめずらしく襟のある服を着て、カーテンを開け閉めしながら、春風が吹く庭を眺めてばかりいる。
*****
先月の娘の誕生日の夜に、娘から私にLINEが来た。
「なんと」
「プロポーズしてくれました」
私はスマホを放り投げ、キャーッと声を出しながらリビングをくるくる小躍りした。
夕食後にうたた寝していた夫も、私の振動に飛び起きる。
「どうしたんや?」という夫の目の前に、拾い上げたスマホを突き出した。
数秒固まった夫は、ようやく意味を理解して、もともと大きい目を、さらにまんまるにした。
長女が生まれたばかりの時は、嫁に行く日を想像してウルウルしていた夫だった。それを思い出した私は、
「あれ?泣かないの?」と夫に聞いてみた。すると夫は、「あほか」と言ったまま、毛布を頭からかぶって、また寝てしまった。あれは寝たふり?ほんとは少し、泣いていたのかもしれない、と思う。
それからしばらくして、長女から「きちんと二人で結婚のあいさつをしたい」という連絡があり、この日を迎えた。
*****
午後2時ぴったりに、2人はわが家にやってきた。
普段ならチャイムを鳴らさずに家に入ってくるのに、今日はわざわざチャイムを鳴らして玄関のドアの前に立っている二人。
彼らの緊張が感じられた。
私の「どうぞ」の声で、玄関の扉が開いて、光を背にした長女が一瞬ためらってから、中に入ってきた。
娘のはにかむ顔がちょっとまぶしい。
娘に続いて彼が入ってくる。間宮祥太郎さん似の彼は、びしっとスーツに身を包み、飛び切りの笑顔を私たちに向けた。
その間宮くん(以後、そう呼ばせていただきます)とは、何度も会っているので初対面ではないのだが、ピカピカの革靴を脱ぎにくそうに脱いでいる間宮くんからも、緊張が伝わる。
「まあ、入ってください」という夫の言葉で、一同リビングへ。
私の隣に夫、私の目の前が長女、私の斜め前が間宮くんという配置で着席した。
全員マスクをしている様子が客観的に笑えたが、このご時世、とりあえずそのままのマスク姿であいさつが始まる。
ちょっと沈黙、、。
「あの、今日はお時間をとってくださり、ありがとうございます。」
間宮くんが口火を切る。
「まあ、一緒に暮らして1年だし、もう、それに向けて、お互いにわかっているってことで、ね。まあ、よかったよ、ほんとに。」
夫が完全に間宮くんの邪魔をした。「こら!黙ってて!大事なところなんだから!」と、視線だけで軽く夫に圧をかけると、察知したのか、一応夫は静かになる。
間宮くんの緊張が伝わる。来る、来る、この瞬間!
「あの、長女さんの誕生日にプロポーズさせていただいたんですが、正式に、結婚させていただきたいと思っています。」
間宮くんが、きちんと姿勢を正して、丁寧に、しっかりと、そう言ってくれた。
どうしたことか、私は涙が溢れてきて、ぽろぽろ泣き出してしまった。
ぽろぽろどころか、せっかくの化粧も台無しになるくらい、涙が止まらない。
娘の幸せが嬉しくて、それでもやっぱりさみしくて。
3人は、そんな私に笑い出し、場も和んだ。
「娘さんをください」ではなく、「娘はやらん!」とか「どこの馬の骨か・・・」みたいなこともなく、厳かに話は進み、
「ふつつかな娘ですが、よろしくお願いします」という私の言葉で、けじめとしての「約束事」のようなシーンが終わった。
買ってきたケーキと珈琲で、お茶の時間にする。
マスクを外すと、さらに間宮くんは「間宮くん」だった。(私くらいの年齢は、髪型が一緒なら全員同じ顔に見える傾向にあるので、ちょっとひいき目に見ているかもしれないけれど)
3種類のケーキを2個ずつ買ってきていて、それぞれが好きなものを選んだ。
私と間宮くんが、同じイチゴのケーキを選んだ。
小さなイチゴが4個、白いスポンジの上に乗っていて、上品でおいしそうなケーキ。
よく見ると、小さなイチゴには、ヘタが付いていた。
「おいしいね」とか、「私の抹茶のケーキはまわりを抹茶のチョコでコーティングしている!」とか、楽しく雑談しながら、私は小さなイチゴをフォークで刺して、口に放り込んだ。
ヘタを感じる。
どうしよう、出そうか、出すのはなんだか汚らしいかなとか、迷っていると、よそいきの私がヘタを出すなと言ってくる。
ゴクリ。。。
ヘタを飲み込んだ。
まあいい、ヘタくらい、毒じゃないし、野菜と思えば栄養!栄養!
ふと、横を見ると、夫は必死でケーキを食べている。よかった!1番ややこしい人に見られずに済んだ、と、ほっと胸を撫で下ろした。
でもそこで、やっぱり気持ちは斜め前へ引っ張られる。同じケーキを食べていた間宮くんのイチゴのヘタが気になって仕方がない。話も入ってこないほど、気になる。珈琲を飲みながらも、目線がそちらへ行ってしまう。
そっと、彼のお皿を見る。
ヘタがない!
ケーキのまわりのフィルムと底の紙以外、緑のものは見当たらない。
食べたのかな、ヘタ。私と一緒で、緊張していたのかな。
そう思うと、笑いが込み上げて、クスクスが止まらなくなってしまった。
頭を切り変えようと、食べ終わったお皿を片付けながら席を立った。代わりに、間宮くんから手土産にいただいた焼き菓子をテーブルに出す。
話題は「籍を入れる日」に変わっていた。
「いつごろ、籍を入れる予定?もう、考えているの?」
若い二人は顔を見合わせてにっこりする。
「5月にしようかと」と間宮くんが言うと、「それは、なにか、理由があるの?」と、さらに夫が質問する。
「二人が付き合い始めたのが3年前の11月で、11月までは待てないので、その半年後ってことで、5月に籍を入れることにしました。」
聞いているほうがキュンキュンして、私の頭の中のヘタはすっかり消えて、お花畑になっていた。
さらに間宮くんが続ける。
「長女が2月生まれで、僕が8月生まれ。それだと、2月、5月、8月、11月と、1年間に4回、3カ月ごとに記念日ができて。だったら、4回もケーキを食べられるなぁって話になって。」
なんて可愛らしい理由!ケーキならばいつでも食べられそうなものだけれど、それを、「3カ月ごとにケーキが食べられる」なんて。
「可愛すぎるわ!ほんとに可愛らしいこと!」と、私はかわいいを連発した。と、ほっこりしていると、またケーキで、イチゴのヘタを連想してしまう私。
イチゴのヘタを、ちょっと忘れかけていたのに。
私は、お茶のおかわりを用意しにキッチンへと一旦出て、頭を冷やした。今、ヘタは忘れなきゃ。
お茶を持ってリビングに入ると、間宮くんの御実家の話になっていた。
間宮くんのお父様と年齢が一緒だとわかると、夫は、
「お父さん、お仕事は何をされているの?」と、何気なく質問した。
「イチゴ農家を、、。」
おいおい、またイチゴだ。
また、私の頭はイチゴのヘタで埋め尽くされる。
農家に憧れている夫は、呑気に
「いいねえ、俺もイチゴ農家に弟子入りしたいくらいだ。」
と、自分の老後の夢を語りはじめた。
耳から入る夫の夢物語は、私の頭には全く入らず、ヘタの妄想が膨らむばかり。
イチゴ農家の息子さんなら、ヘタどころか、イチゴの白いところも、家では食べなかったのではないか?
そう思うと、間宮くんの緊張がさらに愛おしく思える。
和やかに「あいさつの日」が終わり、二人を玄関先で見送った。
玄関の扉が閉まると、夫は私に向かって、ニヤニヤしながら聞いてきた。
「お前、イチゴのヘタを食べたやろ。笑えたわ。それにさあ」
「間宮くんもね!」
2人の声が揃った。
夫は知っていたのか、やっぱり。
侮れない人だ。
ということは、娘も気づいていた?
まさか、間宮くんも?
ならば、私が1番笑われていたのかも、、。やってしまった、、。
恥ずかしいけど、まぁいいか!笑い話は多いほどいい!
「間宮くん、いい人だな。それがよくわかって、よかった。」
夫がしみじみ言う。
「ほんとだね、娘と出会ってくれてよかったね。」
私も応える。
長女、間宮くん、末永くお幸せにね。
次にイチゴを食べるときは、お互いにヘタを出そうね。
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