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【邦画】”死を無駄にしない”それがジャーナリストの真の心得だと思う「新聞記者」

凄いの一言に尽きる。

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ストーリー

吉岡エリカ(シム・ウンギョン)の新聞社に匿名で人材育成のため医療系新大学設立に関する極秘資料が届き、上司から差出人を突き詰めるよう命令される。その資料に目を通すと、A4用紙にペンで書かれたサングラスをかけた羊のイラストがあった。

杉原(松坂桃李)は外務省から出向し、内部情報調査室の官僚として働く若手エリート。杉原の役目は政府にとって都合の悪いことを食い止めることだ。いわば内調は政府の都合のいいように報道をコントロールする部署である。杉原は現上司の多田に「事実を捏造するのも国を守る仕事」と言われるが、納得した表情をしなかった。

吉岡は資料の大学設立に関わっている可能性があると白岩との接触に成功。取材時リークした人間がいるとすれば誰かと聞くと「内閣府に出向している人間の可能性がある」とヒントを得る。

杉原の外務省時代の上司の神崎が医療系大学設立に関する件を請け負っていたと現在担当の都築から聞かされるも、杉原はそのことを一切知らなかった。おそらくその案件から杉原は外されざるを得なかったがために出向させられているのかもしれない。

ある日、神崎がビルから飛び降り自殺してしまい官僚が自殺したと世間を騒がせる。杉原は神崎は簡単に死ぬような人では無いと多田に迫るも濁される。神崎が自死を選んだ真相を探ることとなる。

神崎の葬式に参列した後、杉原の周りにメディアが駆け寄るととある女性が阻止した。東都新聞で働く日本人と韓国人のハーフでありアメリカ育ちという異色の半生を送る吉岡という芯の強い女性記者だった。

その後、神崎の自殺と大学資料の真相を探るために吉岡は官僚の杉原と接触。取材を進めるとこの資料をリークしたのは神崎の可能性が高くなった。

彼女は真実を突き詰める仕事に対するクールな熱量が凄まじい。実は彼女の吉岡の父も新聞記者で、誤報がきっかけで自死に追い込まれた過去を持つ。
大学設立に関する極秘資料の解明に力を注ぐのは自死、いやメディアに殺されてしまったジャーナリストだった父のため、自死せざるを得なかった神崎のため、神崎を亡くした杉原のため、そしてジャーナリストとして国民のため。仕事に真摯な姿勢や無駄なく真髄に迫る取材の様子は”ジャーナリスト”としての役割を真っ当しているようだった。

吉岡は神崎宅に伺い、神崎の妻から心当たりがあるととある部屋に案内される。ついに不自然に送られてきた羊の絵の意味が判明する。吉岡は神崎宅に杉原を招いた。

「”ダグウェイ”が死の原因だと思う。”ダグウェイ”はアメリカに有名な生物兵器の実験所があり、ガス漏れが原因で羊の大量死を書いたノンフィクション。政府は日本のタグウェイを作ろうとしていた。神崎さんが作らされていた大学は生物兵器の製造施設を作ろうとしていた。それが許せなかったからリークした。だけどこれだけでは医療ではなく軍事的な目的のためという証拠がないため記事は書けない」

「協力していただけませんか?」と内調の杉原に要請する。だが杉原は「国側の人間だから」と断る。

杉原は葛藤していた。不都合なニュースをコントロール出来る立場でありながら税金で給料をもらっている以上深入りできない。でも本当は神崎さんが死んだ理由を知りたい。吉岡は諦めず「私たちこのままでいいんですか?」と杉原を説得。

そして2人は手を組む。

吉岡は出勤中の都築を再度突撃、その間に打ち合わせの体で杉原が都築の事務室に入り、証拠となる資料を出来る限り回収するという作戦だ。

その後2人で東都新聞の編集長に大学の件で話をするが、誤報だと疑われたら跳ね返す手段がないと言われる。その際に杉原は「僕の実名を出してください」と提案。だが暴挙的な手段に吉岡は「家族に迷惑がかかる」と止める。

「君なら自分の父親にどっちを選択してほしい?」

父親と同じ誤報だとメディアに殺されるか、真実を報道して誰かの人生がめちゃくちゃになるか。杉原のその一言で報道を決定する。

杉原は妻がようやく退院、家族3人で自宅マンションに帰宅するとポストには溢れた郵便物。その中に神崎の手紙、いや遺書が。「すまない」といった内容だった。

家族が揃ったと同時に医療大学設立問題は世の中に出回った。

吉岡は他の情報誌では誤報の可能性を指摘される傍ら、大手新聞社から大学新設の件で続々と連絡が入る。杉原の実名を出すことを決心。

一方で杉原は多田に呼び出される。多田は「お前じゃないよな?」と険悪で恨めしい顔つきで杉原を睨む。杉原はイエスともノーとも答えなかった。だが多田は杉原がリークしたと確信していた。

「外務省に戻らないか?外国にしばらく常駐すればみんなが忘れる。だがしかし条件がある。今持ってる情報は全て忘れろ」

杉原に命令されたのは実質国外追放だった。

国会議事堂付近の横断歩道越しに吉岡は杉原を発見。

杉原の無音の口パクでの「ごめん」と思わしきセリフで終える。もし台詞が「ごめん」であっているとしたら、この絶望し切った虚な表情で言う「ごめん」には2つ意味があると思う。

1つは事件を真髄まで追及して世間に発信してくれたにも関わらず情報を捨てなければならなくなった吉岡の努力に対しての謝罪。もう1つは自分のせいで日本から追放されざるを得なくなってしまった妻と子供への謝罪。

外務省で勤務するほどのエリートがリークしたと分かった途端、内部からジワジワ追い込まれて行く過程が実にリアルだった。真っ当な仕事をしているにも関わらず秩序を乱す人間が気に入らない絶対権力の幹部にこの国で生きられないよう追い詰められるのだ。

遺言など死の覚悟を決めると最期に「ごめん」と書かれたり言い残すことが多い。謝る相手は大抵がこの世に生き残る大切な人だ。

撮られていない部分、神崎が死を選んだ理由に納得してしまったのだろうか、彼も最終的に神崎と同じ死を選んでしまったのだろう。

目を見開いた吉岡の表情が、死を選択した人を止められなかった表情だった。

実際の未解決問題がモデル

この映画で取り上げられている大きく2つが実際の社会問題がモデルだと考察する。

冒頭の報道で、首相との関わりが深い犯人にレイプされた女性が顔出しで会見する事件が報道される。この事件は性暴力問題と戦い続けるジャーナリストの伊藤詩織さんの件が真っ先に連想される。
一緒に呑んだから、仕事だから、それだけで同意なく一緒にいた女性と”合意”でヤッたと思い込んでいる勘違い男はどれだけいるのだろうか。こんなのは氷山の一角で、性暴力に関する報道がされる度に勘違いも甚だしいと怒りを覚える。

もう1つがこのストーリーで最大のテーマである莫大な税金を使った新大学設立の資料。これは資料改竄問題で自殺にまで追い込まれてしまった財務省職員であった赤木さんの森友学園問題だろう。
森友学園は幼稚園だが映画では大学を設立予定、共通するのは全責任を負わされていた官僚の自殺。もはや現在報道されている時点で森友学園以外の実際のモデルに何があるのかというぐらいだ。

この映画のリアリティが極まるのは題材にした社会問題がどちらも解決されていないのだ。未解決問題だからこそのリアリティが相まって、清いほど鋭い皮肉を描いている。

こんなに分かりやすく実際の政治や社会問題をフィクションに出来るのも中々出来ないことだと思う。

吉岡は私たちが求めるジャーナリスト像そのものだと思う

ジャーナリストを含めてマスメディアなどの報道陣は迅速かつ真実のみを報道しなければいけないという絶対的責任がある。

様々な仕事がなくてはならない重要な仕事ではあるが、ジャーナリストも特に重要な存在である。私たちは当事者でない限り、報道陣からのニュースでしか事実を知れないのだ。

真実を追求するためには吉岡のように足を運んで実際に関係者に話を聞く、その次に答え合わせのために確定となる証拠を探す。営業マンが”足で稼ぐ”と言われるように、ジャーナリストも”足で真実を追求する”と言っても過言ではないと思う。

確か二階幹事長の記者会見だったと思うのだが、先日Twitterのトレンドにとある記者の名がトレンドに上がっていた。質疑応答の時間で正々堂々と切り込んでいたことが国民から支持されたようだった。

吉岡のように真実に真摯に切り込むジャーナリストが実在することは褒められるべき事実だ。

税金って何のために納めているんでしたっけ?

映画を見るに比例して日本の政府に失望していった。架空の話と分かっていても税金を無意味なことで使われていること、軍事利用のため学校を設立しようとしていること、ハンコ1つで自死に追い込ませてしまうこと、国の秩序を乱した人間は国外に追放するしかないこと、残念ながら今の日本はこれがリアルなんだ。

税金が無駄なく適切に使われる日が来るまで政府に失望し続けるしか無い、そんな日本の未来の絶望も覚悟してしまった。

秩序を守っても乱しても命の保証はない。国の元で働くスーパーエリートたちをそうせざるを得ないようにしたのは誰だ。何だ。金だ。税金だ。私たちが一生懸命働いて毎月収めている莫大な血税を取り扱う人々だ。

政治の暗部に徹して書かれた脚本は素晴らしかった。目を背けず事実は事実と描く。映画はカルチャーだけではなく、真実を報道すべきと諭す役割も果たすとこの「新聞記者」を見て思った。

社会派映画に余白なく徹した映画。恐れなく映画化に踏み切ったスタッフ、脚本、監督、そして何より主演のシム・ウンギョンさん、松坂桃李さん、出演した全俳優さんに盛大な拍手。


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