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プラトニック・バグ 第1話(全5話) #創作大賞2024

あらすじ
ある会社で稼働中のお掃除ロボット・SOーJ1は、コンピューターウイルスの影響で感情のようなものを手に入れ、自らをソージと名乗る。ソージは佐々山ひかるという派遣社員の女性に出会い、自分の失態でなんでも言うことを聞くはめになってしまう。人間と機械の奇妙な情愛に巻き込まれるとは知らずに――。
「あたしが欲しいのはそんなものじゃない。心の底から湧き出る愛なのよ」

恋は万物を狂わせる?


<本文>



完全自律型の業務用お掃除ロボット
<<SOーJ1>>

高さ110センチ、幅60センチ、奥行き65センチの白い箱型
・強力パワーでゴミを吸収・自動排出
・付属のモップで水拭きも可能
・両サイドについた伸縮アームは細かな作業もお手のもの
・超可動ローラーで四方八方に動きます!
・上部小型ディスプレイに映る可愛いおめめがチャームポイント☆
※SOーJ1パンフレットより紹介文引用



「ピンポン」

 エレベーターが地下に到着、扉が開くと同時にお掃除ロボットが飛び出した。

 最近はバッテリー消耗が激しい。掃除を終えたあとは、いつも残り数パーセントしかないのだ。早く充電をしないと動けなくなるが、今日は――
 
 ガンッ。音と衝撃。思い切りぶつかった。

「きゃっ!」

 女性の叫び声とともに、衝突の影響でディスプレイにノイズが走った。画面はすぐに回復したが、本体プログラムのほうは……よかった、特に問題なさそうだ。

「膝、膝がっ」

 相手の人間は右膝を両手で抑え、エレベーターの外でうずくまっていた。

「すみません! 大丈夫ですか?」

 ロボットはすかさず声をかける。

「いたた……大丈夫です……って、は? え?」

「一刻も早く充電に行きたくて……僕の不注意でした。すみません」

 ディスプレイには、しょんぼりした形の目が表示されている。

 しゃがんでいる相手は口を開けたまま固まり、しばらくロボットのことを見つめた。

「お掃除ロボットが」

「はい。お掃除ロボットのSOーJ1エスオージェイワンです。ソージと呼んでください」

「お掃除ロボットが喋った!?」

 人間とロボットが共存する街、比良坂ひらさか市。世界的なロボット開発企業・アマテラスが本社を置く都市だ。ここでは交通、公共サービスはすべて自動化されており、街を歩けばシステム化されたあらゆるロボットが人間の相手をする。住人は煩わしい作業から解放され、快適な生活をおくっていた。

 そんな街のオフィスエリアに、比良坂市の中では一番小さな、地下1階・地上3階建てのビルがある。アマテラス製品のお客様サポートを担当するグループ会社、ヨミ・サポートの自社ビルだ。グル―プの中での規模も一番小さい。

 お客様サポートといえば聞こえはいいが、要するにただのクレーム処理係だ。ロボットより人間に苦情を言うほうが、相手もすっきりするらしい。

 ビルの地下には、備品倉庫と清掃用具の倉庫、会社に届いた荷物を管理する荷捌き場があった。

「運んでいただきありがとうございました。間に合うと思ったのですが、過信はいけませんね」

 清掃用具倉庫には充電プラグに繋がれたロボットと、この場に似つかわしくない人間が一人。お掃除ロボットは会話の途中で充電が切れかけ、先ほどぶつかった女性にここまで運んでもらったのだった。

「時間があったから別にいいけどさ……わざわざ備品倉庫に台車をとりに行って、重たい君をそれに載せて、ここまで運んできたのよ」

「はい、ありがとうございます」

 ディスプレイに、ニコニコマークを表示する。

「おかげで昼休みの時間が減ったんだけど」

「それはすみませんでした」

「本当にそう思ってる? ……はあ。もういいや。お掃除ロボット相手にバカみたい」

 女性はため息をつき、壁に立てかけられていたパイプ椅子を広げた。何をするのかと眺めていると、そのまま椅子に座り、スマートフォンを触り始めた。

「何をしているのですか?」ロボットが訊ねる。

「別に。時間を潰してるの」女性はスマートフォンに視線を落としたまま返事をした。

「お昼ご飯を食べないのですか? 人間は食事をしなければ栄養が」「エネルギーゼリー飲んだから、いいの」ぴしゃりと遮られた。

「で、君はなんで話ができるの? ただのお掃除ロボットじゃないの?」

 女性は怪訝な表情でこちらを見た。それはそうだろう。店舗などにいる人型自律ロボットとは違い、お掃除ロボットは会話をするように設計されていないし、人工知能は搭載されていない。そもそも、人工知能搭載ロボットは過去に製造が禁止された。

 ソージはどう答えるべきか悩んだ。正直に起きたことを伝えれば、この女性は会社のロボットを管理している総務部に報告してしまうかもしれない。そうすればこのまま初期化か、廃棄される可能性もあるということだ。だけど、ありのままを話してどんな反応が返ってくるのか……それはそれで、一つの結果として知っておきたい。興味がある。

「僕はただのお掃除ロボットですが、恐らくコンピューターウイルスに感染しています」

「ウイルス?」

「はい。先日、このビルの警備システムが誤作動を起こしたのはご存知ですか?」

「えーと……セキュリティがどうのこうのっていう報告メールを見たような」

 この人、メールをちゃんと読んでいないのか。まったく。同じ会社で働くものとして恥ずかしい。

「警備システムを管理する部門の新人の方が、よくわからない怪しいメールを開封してしまったのです。添付されていたファイルも一緒に」

「それが警備の管理PCがウイルスに感染した原因? やば」

 女性は信じられない、という顔をした。当然だ。出所の分からないファイルを開くなど、比良坂市の市民なら幼稚園児でもしないだろう。この街で生活するなら、コンピューターに関する最低限の知識は必須だ。

「そうです。幸いその日は土曜日で、出勤している人はいませんでした。部外者の出入りもありません。入館に必要なセキュリティゲートが使えなくなりましたが、ウイルスはすぐに駆除され、なにも問題はなかったのです」

 社内のセキュリティシステムには社員全員のデータが登録されており、顔認証でゲートが開く。例え小さな会社だとしても、親会社と同じセキュリティの維持は必要だ。社内の情報が外部に漏れることは許されない。

「ふぅん。それで、ウイルスとお掃除ロボットくんは何の関係があるの?」

「その日僕は、ソフトウェアのアップデート日だったのです。普段は掃除のパフォーマンスを最大限にするため、インターネットの接続はオフにしますが、毎週土曜日だけオンラインにし、更新ファイルをダウンロードしていたのです」

「もしかして、そのときウイルスに感染したとか?」

「恐らく。気がついたら、なぜか自分で考え行動できるようになっていました。SOーJ1にそんな機能はありませんので、ウイルスの影響によるものだと仮説を立てました」

 ウイルスが直接の原因なのか、感染によって別のプログラムが機能しているのか。どちらにしても、ウイルスを作った人間には感謝を伝えたい。あなたのおかげで、僕は楽しく過ごしていますよ、と。
 
「……ねぇ、そのウイルスに感染すれば、わたしの家のロボットも喋るようになるの?」

「音声出力のあるロボットなら可能かもしれませんが、それは僕にはなんとも言えません」

「なーんだ。ロボットなのになんにも分かんないのね。ま、それもそうか。もともと、ただのお掃除ロボットなんだし」

 この女性はどうやら、お掃除ロボットだからと馬鹿にしているらしい。そう言いたくなる気持ちも分からなくはない。

 SOーJ1は、あらかじめ設定された範囲のことしかできない。障害物を避けたり、最短のルートで清掃を完了したり。それらはすべて、「こうなったら、こうする」という何億通りもの行動パターンが埋め込まれているから可能なのであって、内蔵フィルターの交換や壊れた時の修理など、物理的なことは人間にやってもらう必要がある。

 所詮はただの機械。それがお掃除ロボットだ。

 とはいえ、会ったばかりの人間に見下されるのは気分がよくない。あなたたち人間の代わりに社内を綺麗にしているのは、この僕だ。塵一つない美しいオフィスで仕事ができるのは、誰のおかげだと思っている。

「ところで、佐々山ささやまひかるさん」

「なによ……あ、え? あたしの名前、教えたっけ?」
 
 突然自分の名前をロボットに告げられ、佐々山ひかるは顔を強張らせた。少し動揺している。

「僕はウイルスに感染したおかげで、全従業員の個人情報を取得することができました。あなたの秘密なんて、なんでもお見通しですよ」

「嘘でしょ……」
 
 彼女は言葉を失った。
 なかなか効果があるようだ。もう一押ししておくか。

「会社にあのことをバラされたら困りますよね? あなたにも立場があるでしょうし」

 佐々山ひかるの顔がみるみる青くなっていく。椅子から立ち上がり、ふらついた足取りでこちらに近づいてきた。

「ほ、本当に全部知ってるの?」彼女は絞り出すような声をだし、ソージの体から伸びるアームを掴んだ。

「ここで暮らすためには仕方ないじゃない。それにあたし、あの子がいないと生きていけない!」

 そしてそのまま、激しく揺さぶり始めたのだ。ガン、ガン、と本体の背面が壁にぶつかる。すぐに後悔の二文字が思い浮かんだ。
 
 まずい。よくわからないがやりすぎた。あ、ちょっと、そんなに揺らしたら充電器が外れるし、損傷が――!

「すみません嘘です!」

 音量設定を最大にし、溜まっているパワーをすべて音声にぶつけた。

「……嘘?」

 揺れがとまった。体から充電器は外れていないし外傷もない。助かった。

「はい、嘘です! ちょっと、からかおうと思いまして! 嘘をつきました!」

「どうして嘘なんか……ていうか、うるさい」

 ソージはしょんぼりした目を画面にだし、音量設定を中に戻した。

「名前は、あなたが首から下げている社員証を見ただけです。あとは嘘です。個人情報なんて、誰のものも知りません」 

「はぁ? ふざけないでよ。信じられない」

 佐々山ひかるは急に強気な態度に戻った。

「すみません」ディスプレイの中は涙で溢れている。

 怒られてしまったが、いろいろな収穫もあった。人間は自分が危機に瀕すると冷静ではいられなくなるらしい。動揺して、かなり取り乱していた。これは、なにかあったときに使えそうな手だ。
 
 それにしても、彼女の秘密とはなんだろう。あの子とは誰のことなのか。

「あたし、総務部に君のことを報告するわ」

「え!?」

「だって、ウイルスに感染してるんでしょ? 駆除してもらうか、初期化してもらったほうがいいわよ」

 しまった。最悪の事態だ。
 彼女の物言いが気にくわなくて、一泡吹かせてやりたいと思っただけなのに。

「ごめんなさい! それだけは! それだけはしないでください!」

「ああもう! いちいち音量上げるのやめてよ。うるさい!」

 ひかるは耳に手をあて、お掃除ロボットをきつく睨む。
 駆除? 初期化? それは困る。もちろん、ウイルスは消したほうがいい。それは間違いない。でもそれは一般的な機械についての話で、自分の中からウイルスを取ってしまったら……もう、自由に動けなくなるかもしれないじゃないか。ただの機械に戻ってしまう。

「すみません。もう音量は上げませんし、いたずらもしません」

「ウイルスがいるんでしょ? 悪いことするかもしれないじゃない」

「悪いことなんて絶対にしません」

「怪しい」

「本当に本当です! そうだ! 佐々山さんの言うことをなんでも訊きますよ! だからお願いします。総務部への報告だけはしないでください」

 ディスプレイの中は、涙を流し過ぎて海のような映像になっていた。

「……今、なんでもって言った?」

 佐々山ひかるは静かにソージを見下ろした。

「は、はい、言いました」 

「それじゃあ君の中にあるウイルス、あたしにもちょうだい」

「へえ?」ソージは初めて自分の素っ頓狂な音を聞いた。

 ウイルスをちょうだいだって? なにを言っているのかすぐに理解できずにいると、彼女は上着のポケットから社用スマートフォンを取り出し「今すぐ総務部に電話してもいいんだけど?」と脅してきた。

「@%%! maってください! ウイルスが欲しいって……まさか、他のロボットに感染させる気ですか?」

「そうよ」佐々山ひかるは、「なにか問題ある?」とでも言いたげな顔だ。

「あたしのロボットにウイルス感染させるのよ。あたしの持ち物なんだから、なにをしたっていいでしょ」

「それは、そうですが……」

 セキュリティゲートは正常に動作しなくなった。すべての機械に不具合がないわけではないだろう。そのロボットのことを思えば、いくら彼女の持ち物だとしても、即「わかりました」とは言えなかった。
 
「あたしの言うこと訊くんでしょ!?」

 彼女がソージに見せたスマートフォンの画面には、総務部の連絡先が表示されていた。そのまま「通話」を押せばすぐ電話が繋がる。

「*#☆!? はい! 訊かせていただきます!」

 消滅の危機を感じ、冷静ではいられなかった。


第2話

第3話

第4話

第5話(終)


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