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Le Manoir 孔雀のいる古民家ホテル

天気雨。
雨の色が見えそうなほど青空が透き通っている。
夕暮れ時、散歩をしていると教会の屋根の上を巡回している鳩たちに出逢う。

 先日、Le Manoirという古民家ホテルを訪問し、撮影させていただく機会を得た。このホテルを撮影させていただくにあたり、遠方から訪ねて来てくれた友人(セルジュ)が、偶然にもここに宿泊していたというご縁があったことは前回の記事で書かせていただいた通り。今回はその続きです。

 
 オーナーのご厚意で、宿泊客でもないのにコーヒーをごちそうになった私は、サロンに留まって話を聞いていた。オーナーはホテルの歴史について語り始めた。その館は十九世紀に絹織物の経営者によって建てられたそうだ。その後時代とともに四世代の家族に引き継がれ、その中にはレジスタンス運動の活動家アルベール・ジロンも含まれていた。第二次世界大戦中、アルベール・ジロンはホテルの中庭の扉を通って敵軍から逃げおおせたという逸話もあるらしい。そうした重厚な歴史が居心地のいいこの館のあちらこちらに織り込まれているなんて、なんだか信じられなかった。


素敵なダイニングサロン


 
 そしていよいよ撮影当日になった。私は薔薇の花束を買って持っていった。当日は小雨が降っており、空はくすんだ灰色だったが、暖かいサロンに通されると撮影への心配が吹き飛んでしまった。 
「じゃあ、後はご自由にどうぞ。私はサロンにおりますので」とオーナーは言い、私は早速撮影準備に取り掛かった。


ピアノのあるホール

 淡い水色で統一されたホールにはセルジュの言った通りピアノが置いてあった。ステンドグラスには孔雀のモチーフが施されている。中庭に出てみると、いきなりにゅっと孔雀がいるものだから驚く。長く美しいエメラルド色の羽根を身にまとい、悠々と歩いているさまはまさに「鳥の王」といった貫禄がある。よく見ると一番大きく立派な雄の他に、もう一羽すこし小柄な雄と、さらに雌が一羽、合計三羽の孔雀がいる。オーナーご夫婦は、孔雀の名前は『マルセル』だと紹介してくださった。てっきり『レオン』という名前かと思っていたのだが、それは街の住民がつけたあだ名なのだろうか。それとも、『マルセル』が大きい方で、『レオン』は小柄な方の孔雀なのだろうか。なんだかよくわからない。真相は結局聞けずじまいだった。

孔雀がひょっこりとホテルの中庭に。


  孔雀の後を追い、中庭に通じる階段を降りてさらに奥へ進むことにする。ギリシャの神々の彫像が設置されたその庭は、古代ローマ帝国の円形劇場を思わせるような造りである。シェイクスピアの『真夏の世の夢』が上演されたらきっと素晴らしいだろうと思う。小学校が近くにあるのか、子どもたちの笑い声が聞こえてくる。いや、もしかしたらそれはいたずらな妖精の声なのかもしれない。外部から隔てられたこの館では、雲の流れでさえ五秒くらい止まっているのではないかと思われた。

古代ローマの円形劇場のような庭園


 客室は五室あり、それぞれにテーマが設定されている。例えば、セルジュが泊まっていたのは中庭に面した部屋で『いたずらな妖精の部屋』と題されている。石壁や白地に青い花の描かれたタイルのせいか、どこかギリシャあたりの古い街に迷い込んだような錯覚を抱かせる。浴室には女神像が設置されている。


いたずらな妖精の部屋


その隣の部屋は『オレンジ園の部屋』と名前がついており、淡い水色の壁に白い鳥が描かれている。まさかと思ったが、やはりここの浴室にも二体の女神像が待ち構えているのであった。

オレンジ園の部屋

階段を上がると、今度は『おばあさんの部屋と狼』と題された部屋に辿り着く。花柄のソファやどっしりとした上質な書き物机などは、どこかなつかしさを感じさせる。

おばあさんの部屋と狼


さらに階段を上ると今度は『おどけた占星学者の部屋』へ。その名の通り、壁中に星がちりばめられ、天井では太陽が優しく微笑んでいる。

おどけた占星学者の部屋

最後の部屋は『アリスの塔の部屋』である。上品な桃色の壁紙に水色のベッドカバー、そして小ぶりの書き物机が設えられており、少女らしい可愛らしい雰囲気に満ちている。おまけに窓からは街の眺めが一望できるようになっている。


アリスの塔の部屋


どの部屋も居心地よくしつらえており、細部に至るまで美しい装飾がなされている。この館をホテルに改築するにあたり、オーナー自らがデザインや装飾に携わったそうだが、それも頷ける。

 撮影時間は思ったよりも短く、一時間ほどで終了した。しかし私は半世紀くらいそこにいたような気がした。帰り際、オーナーにお礼と別れを告げると、可愛らしい仔犬が出迎えてくれた。
 見慣れた道の裏側を通っただけで、こんなにも美しい景色が見られるなんて、なんだか不思議な気分だった。私がこの街に来てからおよそ二年過ぎ、何でも知っているような気になっていた。けれどその実、まだまだ知らないことはたくさんあるのだった。ほんのすこしの勇気と幸運があれば、なんでもできそうな気がしてきた。私は館を後にし、いつもの坂道を下っていった。まだほんのりと明るい空を背にして。

実際のホテルの様子を御覧になりたい方は、こちらからどうぞ↓

HP : Le Manoir (ル・マノワール)(サイトはフランス語です↓)



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